軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

65.新たな町 1

目の前に浮かぶパネルを操作していく。

現在の【資金】は5358億8735万1930円。

俺は、この地に最適な狼族たちの家を、さらには俺とカトリーヌの住居を【購入】した。

「少し時間がかかるから各人自由にするといい」

皆は、物珍しげに泥がせりあがる様子を眺めている。

俺は【パイプ椅子】と【漫画雑誌】を【購入】。椅子に座って漫画でも読みながら、のんべんだらりと待つことにしよう。

【パイプ椅子】3万円(定価300円)

【漫画雑誌】2万4000円(定価240円)

それにしても、気兼ねなく能力が使えるというのはいいものだ。

おっ、DOKATER×DOKATERは今週号から連載再開か。なんか今日はついてる気がするな。

暫くして【漫画雑誌】の一冊目を読み終わり、次号を【購入】する。

まだ建物はできていない。

漫画を読みふけっていると、ふと視線に気づいた。

多くの者が泥の隆起に目を奪われる中で、読み終わって地に置いた【漫画雑誌】を小さな狼族の子供が興味深げに見つめている。

しかし、それだけだ。

常日頃は「ふじわらさまー、ふじわらさまー」と俺の顔を見るたびに近寄ってくる子どもたちも、こういう何かしらがあった時、場の空気を読んで普段のようには振る舞わない。

親の教育の賜物だろう。

俺はその読み終えた【漫画雑誌】を手に持って、熱い瞳を向けてくる子どもに差し出した。

子どもには躊躇があったが、やがて欲望に負け、【漫画雑誌】を手に取って広げた。

「うわぁ〜」

感激の声。

すると砂糖に集る蟻のように、泥の隆起に飽きた子どもたちが【漫画雑誌】に群がった。

皆、初めて見る漫画に目をキラキラとさせている。

漫画は日本の文化。その技術の高さは世界からも認められているところであり、字は読めなくとも、絵だけで十分に面白さは伝わることだろう。

そして俺は、そのうちに日本語も読めるようになるぞ、と将来の展望を見越して心の中で呟いた。

やがて、家ができあがった。

俺は【漫画雑誌】を読むのをやめると、皆の様子を見回す。

狼族たちには、驚きや戸惑いが見える。

俺の能力に対する驚き。そして、新たにつくられた家が今までの土蔵造りでないことに対する戸惑いだ。

「これらがあなたたちの住む家だ。合掌造りという」

合掌造りとは、日本の寒冷地で建てられてきた民家だ。

世界遺産にも登録されている岐阜県白川郷などが有名だろう。

屋根の素材は茅葺きで、手を合わせたような鋭い屋根の傾斜から、合掌造りといわれている。

通気性・断熱性に優れており、その急勾配な屋根の角度は積雪に対応するためのものだ。

なお、茅葺き屋根の家で最も恐れるべきは火である。

茅葺き屋根とは、謂わずもがな乾燥させたイネ科植物を束ねて屋根としたものであるから、たとえ小さな火の粉であっても、一度屋根に移ってしまえば忽ちにそれは広がって大火となってしまう。

そのため一軒一軒はかなりの距離をとってあった。

それに伴い、出血大サービスで【厠】と【風呂】を一家に一つ付けている。

特にトイレが遠くにあるというのは、色々と不便であるからして。

とはいえ、【井戸】についてはさすがに一家に一つというわけにはいかなかった。

各種メディアがないこの時代、井戸端会議などの連絡網は、多くの情報を知る重要な役割を担っているだろうと考えてのことだ。

それにしても、これじゃあ町じゃなくて村だな、と俺は思った。

合掌造りの家々が点々と建ち並ぶ姿というのは、町というにはあまりに牧歌的な風景である。

まあ、一時のことか。【時代設定】が『現代』になりさえすれば、彼らにはより便利でより住み心地の良い『現代』の家をプレゼントしたい。

「どうぞ中へ」

俺は皆を中に案内した。

玄関を潜ると、広い部屋の真ん中に囲炉裏があり、端には家と一緒に【購入】した生活必需品が置いてある。

「冬はとても寒くなり、雪も降り積もる。だから暖かさが篭り、かつ雪が屋根に積もらないよう、このような家にした。……雪を知っていますか?」

「白く冷たいものだと聞き及んでいますが、実物を見たことはありません」

ジハル族長が皆を代表して答えた。

暖かいサンドラ王国に住んでいた彼らは、雪を見たことがないようだ。

あの砂漠に程近い荒れ地でも、冬の気温が水が凍るほど低くなることはあったが雪は降らなかった。降水がほとんどないせいである。

家の中は特に説明することもなく、内装と囲炉裏について軽く話し、俺たちは外に出た。

「あの建物は……?」

ジハル族長が指を差して恐る恐る聞いた。

ジハル族長の質問に対し、よくぞ聞いてくれましたといった風に、俺は心に浮き立つものを感じた。

指の先に見えるのは、一際巨大で異様な建物。

縦42メートル、横29メートル、368坪の大きさのカマボコ型ドームの倉庫である。

【D型倉庫】137億5000万円(定価1億3750万円)

「あれはカトリーヌの家です」

「……え?」

俺が自慢気に答えると、驚いた様子を見せるジハル族長。

そりゃそうだ。俺がいかにカトリーヌを愛しているかを知ってはいても、あそこまで巨大な家を建てるほどだとは思っていなかっただろう。

しかし、理由があるのだ。

「カトリーヌは……ラクダは乾燥した地でしか生きられません。

つまりあの限られた空間で、空気を調節しないとすぐに病気になってしまうのです」

ラクダは気温の変化には強いが湿気には弱い。

そのため、カマボコ型ドームの中は砂を敷き詰めて、エアコンで除湿をしていた。

電力供給は外一面に並べた【ソーラーパネル】を利用する。

もちろん積雪のことも考えて、【ソーラーパネル】は勾配をつけての設置だ。

こうしてカトリーヌの住居が出来上がったのである。

「なんと……そうでしたか……」

ジハル族長は恥じいるようだった。

なぜなのか。

カトリーヌの住居が何故あんなに巨大なのかという疑問を、口に出さずとも考えたこと自体に後悔しているのだろう。

そう、カトリーヌはあのドーム型の倉庫から出ることはできない。

それはとても悲しいことだ。

しかし、あのかつての荒れ地に残しておくべきだったという後悔は、俺には一切ない。

【時代設定】を『現代』にしたら、カトリーヌのためのどでかい屋内公園を建ててやるのだ。

そうしたら、また他のラクダを連れてきたっていいだろう。

カトリーヌのための楽園をつくる。カトリーヌを絶対に幸せにしてやる、という信念にも似た思いが俺にはあった。

一通り狼族たちに話は済んだ。

長い旅路で皆も疲れているだろう。

今日のところは、皆にはそれぞれの家で休んでもらうことにした。

夕飯の弁当と明日の朝のパンを渡すと、狼族たちは楽しげに家を選んで、新たな住みかへと帰っていく。

その横で俺は「ジハル族長は俺と一緒に来てもらえますか?」とジハル族長だけを呼んだ。

ジハル族長を供にして、倉庫の中にカトリーヌを入れる。

入り口のスイッチを押すと、日の光が十分に入っていなかった薄暗い倉庫内は、一転して明るくなった。

ジハル族長はギョッとした。

しかし、天井のライトを点けただけであるとわかると、胸を撫で下ろすように落ち着きを取り戻す。

車両の存在によって、ライトという文明の利器に狼族たちが慣れきっている証拠だ。

ただ、中から見た倉庫の広さにはジハル族長も目を丸くしているようではあった。

特に天井。

天井の高さがどうも気になるらしく、ライトに目を細めながら上ばかり眺めていた。

「こちらへ」

ジハル族長をそのまま倉庫内にある四角い家に案内した。

2LDKの平屋。

前回はあまりにも家が大きくて使いきれなかった。その反省を踏まえた上での、俺の新しい住みかである。

家に入るとリビングの椅子に座ってもらい、【ティーカップ】と【お皿】、さらにペットボトルの【紅茶】と【クッキー】を【購入】。

テーブルの上の空の【ティーカップ】に、ペットボトルから【紅茶】を注いだ。

「どうぞ」

「い、いただきます」

しかしジハル族長は、いただきますとはいったものの、口をつけようとはしない。

どうも緊張しているらしい。

まるで初めて会った頃のようだ。

「あ、あの……」

言いにくそうに、口を開くジハル族長。

すると彼はやにわに椅子を降りて、床に跪いた。

何事かと驚いて、俺は体をわずかに後ろへ反らす。

「すみませんでしたっ! ゴビの裏切りは全て私の不手際です!」

そういうことか、と思った。

同族からの裏切り。

族長としてずっと気に病んでいたのだろう。

「終わったことです。確かに一名は裏切りました。ですが、その裏切りに他の者は誰も加担しなかった。命を脅かされると同時に、命も救われました。

俺は気にしていませんよ。むしろ他の全ての獣人たちが裏切った中で、狼族だけが俺の味方であったことに恩すら感じている」

「ああ……もったいない。本当にもったいないお言葉です」

「さあ、椅子に座って、お菓子と紅茶を楽しみましょう」

ジハル族長が椅子に座ると、今度は目の前の紅茶とお菓子に手をつけた。

俺もクッキーを一つ手に取り、口に放り込む。うむ、うまい。

「どうですか?」

「とても美味しいです。お茶も、お菓子も」

ジハル族長も満足がいったようである。憑き物が落ちたように、その顔は晴れやかだった。

さて、ここからが本題だ。

俺は、紅茶のペットボトルのラベルを指差して言う。

「それ、なんて書いてあるかわかりますか?」

「え、……いえ、読めませんが」

「それは日本語と言います」

「ニホンゴ、ですか?」

「ええ、日本という国の言葉です。実をいうとですね、私は日本という国から来ました。この大陸とは歴史も文化も習慣も違う国。

あまりに遠く、たとえるなら異世界とでもいいましょうか」

ジハル族長は反応に困っているようだ。

俺は構わずに話を続けた。

「人間はこれからも発展を続け、世界の至るところを征服するでしょう。

今ですら獣人は滅びの瀬戸際に立たされている。狼族も俺が死ねば果たしてどうなるか」

俺と狼族がこれから歩むべき道の話。

皆には後々、ゆっくりと説明していく予定ではあった。

しかし今日、ジハル族長にだけは全てを話しておこうと思い、ここに呼んだのだ。

「……どうすればよいのでしょうか」

「あなたたちはこれから多くのことを学ばなければなりません。日本の言葉を、日本の知識を。俺が死んでも、狼族が繁栄していけるように。

人間の武器である数は大きな力です。対抗するためには知識という巨大な力を手に入れなければなりません」

それから、今後の予定について話した。

俺がどのようなビジョンを描いているかも。

ジハル族長はまるで夢うつつの中にいるかのように、呆としていた。

知識酔いとも言うべきか、俺の話すことについていけなかったのだろう。

だが、そのうちに理解できるようになる。

俺がそうするのだ。

やがて長い話が終わり、【クッキー】を手土産にジハル族長は帰っていった。