軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

56.幕間 町のその後

「どういうことだ……?」

獣人の町へと前進するシューグリング公国軍。

その軍を預かるリグライト将軍が、馬上にてボソリと驚きにも似た疑問を口にした。

獣人の町は5メートルほどの高さの石垣に囲まれ、その奥には、町を囲う石垣の四倍はあろうかという塔のように巨大な城壁がそびえたっていたはずである。

だが今、リグライト将軍が目にしているものは何か。

既に町を囲う石垣はなくなっている。

そしてさらに、その奥にある20メートルの高さの城壁すら、軍を進めるごとにその姿を小さくしていた。

「何が起きているのだ……」

遠くにあるものが近づくごとにその身を縮めている。

遠近の法則すら覆す事態に、リグライト将軍は唸った。

すると隣に馬を並べた騎士が進言する。

「先程の町の方からきた一団も怪しいですな」

これにリグライト将軍は「ふむ」と顎髭を撫でた。

つい先頃、はるか西を恐るべき速さで駆けていったものがあった。

見えたのは立ち昇る砂煙ばかりで、姿はうかがい知れなかったが、その正体には見当がつく。

新たに陣営に加わったサラーボナー伯爵領の農民兵が、サンドラ王国の兵として町を攻めた際に見たという“鉄の箱”。

馬よりも速く走り、何十人もの数を乗せることができるのだという話だ。

だが、その“鉄の箱”と町の現状とが、どうかかわり合いがあるのかは、とんとわからない。

「まあ、いい。城壁がないのならば攻略も容易だろう。町を制圧したのちに、調べればいいことだ」

結局、なんの結論も出さなかったリグライト将軍。

シューグリング公国軍は町の異常にも止まることなく、ただ前進した。

しばらくして町から駆けてくる者があった。

それは数名の魚族。

内通していた者達である。

軍が止まり、魚族はリグライト将軍の下に通された。

「町の状況は」

「我ら魚族、見事、町の支配者であったフジワラを町から追い出しました。ですが、フジワラがいなくなったせいなのか、町の幾つかのものが消えております」

将軍が馬上より尋ねると、跪きながら答える魚族。

魚族はギョロリとした目を愛想を振り撒くように細めている。

「その消えた幾つかが、町を囲っていた石壁というわけか」

「はっ!」

「では、石壁の消えた原因がフジワラがいなくなったせいというのはどういうことだ」

「町は、フジワラの魔法によってつくられたものだと思われます。

現にフジワラが逃げる際、フジワラに有利となるように町がつくり変わりました。

つくるのも消すのも自在であるのかと」

「むう……」

リグライト将軍が考え込む。

町を創造し、また消し去るなど聞いたこともない話である。

錬金の術による物の創造はあれど、あまりに規模が違いすぎるのだ。

しかし嘘だと断じることもできない。

実際に今、町の城壁が消え行く姿を見ているのだから。

「フジワラはいなくなったのだな?」

「はい、トラックと呼ばれる鉄の箱に乗って、去っていきました」

幾つも疑問はあるが、ことの真実を確かめるのならば、町へ行くしかない。

「フジワラがいなくなったとなれば、町には安心して攻め入ることができよう」

「それが、そうもいきませんで。

かねてより町に住む獣人達と我ら魚族の者達とで、にらみ合いが続いております。

どうも奴ら、フジワラに反逆したのはいいのですが、途中から心変わりしたようで。

我が部族の族長も奴らから攻撃を受けて、手傷を負い、ここには来れませんでした。

奴らは危険です。貴軍にも牙を剥くやも知れません」

魚族の言葉に、リグライト将軍は僅かに眉をひそめた。

そして魚族の心を覗くように、その目を見る。

町に住む旧来の獣人達が、魚族と敵対しているのは確かかもしれないが、ここに至ってシューグリング公国軍にまで矛を向けるとは思えなかったからだ。

考えられるのは、私怨か獣人達の中で実権を握るための謀略か。

リグライト将軍に直視されても、魚族にたじろぐ様子はない。

しかし、将軍は魚族の性質をよく知っている。

「使者をたてよ。ここに各部族の長を連れてくるのだ。来なければ、戦いの意思ありと見なす」

配下に指示を出すリグライト将軍。

魚族の言うことを全て信じるほど、リグライト将軍は愚かではなかった。

「え? 滅ぼさないのですか?」

「馬鹿が。フジワラとやらがいなくなった以上、町のことを最も知る者は、その獣人達であろうが」

魚族の意外そうな言葉に、将軍は吐き捨てるように言った。

むしろ町の反乱が成功した今となっては、魚族の方こそなんの価値もなく不要なのだ。

使者は馬を駆り、町へと向かった。

その間にも軍は動きだし、ゆっくりとした歩みを始める。

しばらくして、町へ向かった使者が部族の長を連れて戻り、軍は再び止まった。

リグライト将軍は眼前に連れてこられた族長らを観察した。

食が豊かであるのか、肉付きはいい。

だというのに族長らは、目に見えて疲れて憔悴している様子であった。

族長達は皆、大人しく地に膝をつけて頭を垂れる。

そして、リグライト将軍が抗戦の意思を尋ねると、「ありません」とだけ力なく答えた。

こうしてシューグリング公国軍は、各族長を人質として再び進発し、やがて町へと入った。

町の中を進み入るシューグリング公国軍。

兵士達は町の建物を目にすると、おおっと驚きの声をあげる。

リグライト将軍や、上級騎士らも同様だ。

並んだ家々は見慣れぬものであったが、色も形も統一性があり、その町並みはシューグリング公国のいずれの者にも美しいと思わせた。

そんなシューグリング公国軍の者らの様子に、族長らはまるで自分のことのように誇らしげになった。

だが、すぐにその顔を鬱屈としたものに変える。

なにもかも、信秀に与えられたものであるからだ。

そして、シューグリング公国軍は町の半分を占拠し、兵達は屋根の下で腰を落ち着けることになった。

「ひゃー、こりゃあすげえ!」

「うちの、すきま風だらけの家とはまるで違うぞ!」

兵士達が、家に入るなり喜びの声をあげた。

家々は外も立派なら、中もまた立派。

都会にある上級の旅籠にも負けておらず、長く厳しい旅路の疲れを癒してくれるようであった。

しかし、家に入る者があれば、出ていく者もいる。

そこに住んでいた獣人達は追い出され、当分の間は炎天の下で暮らすことを余儀なくされた。

やがてリグライト将軍が滞在する屋敷に各族長が集められ、再び情報の聴取が行われることになった。

リグライト将軍が、屋敷の一番奥の部屋の上座に座り、各族長らがその対面に並び座る。

さらに武器をもった者が族長らを取り囲み、族長らにとっては息の詰まる光景となっていた。

情報の聴取は、まず反乱の詳細と顛末について。

そして族長達から語られた内容は、魚族から聞いた話と同じものであった。

「――ふむ。やはりそのフジワラが、魔法によってこの町をつくりだしていたわけか」

信秀が町を創造し、またそれを消し去った。

それはあまりに信じがたきことである。

しかし、信秀が逃げるためにつくりだしたという、町の中を走る歪な石垣を、リグライト将軍は確認している。

さらに、消え去った町の石垣などの結果と、獣人らの反乱から信秀が逃亡するまでの話との整合性もとれていた。

すなわち、リグライト将軍にしてみれば信じられぬことではあったが、信秀の力は本物であるということだった。

「そのフジワラという輩、神か悪魔か。

およそ人の力を超えている」

将軍は、感心したように声を出した。

ここまで突き抜けていると、逆に清々しい気持ちになるのは何故か。

謀略にかけた相手ではあったが、リグライト将軍をして、どのような者か実際に会って話をしてみたいという気にさせた。

そして、将軍の評を聞いた部族の族長らは、思い思いに顔をしかめた。

あらためて、信秀の力を他者から言及された時、その凄さが身に染みたのである。

族長らの中には、なぜ裏切ってしまったのかという、後悔の念が再び湧き上がっていた。

リグライト将軍は言う。

「ならば、この家を残したのはせめてもの慈悲ということか。ははは、敵ながらなんと天晴れな奴よ。

貴様らが裏切ったにもかかわらず、フジワラは貴様らのために住む家を残したというわけか」

将軍は愉快そうに笑った。

裏切られた者達に慈悲をかけるなど、まさに馬鹿。大馬鹿である。

信秀に対し、どこぞの聖人にでもなったつもりか、と将軍は一頻り笑い続けた。

もっとも、信秀はそんな慈悲云々を考えたつもりはない。

つくりだした家々に、なんら契約も交わさず、数年間も獣人達に住まわせていた。

これにより『所有権』が移ったのだと『町をつくる能力』が勝手に判断しただけのことである。

とはいえ、逃げる際の信秀に冷静さがあれば、本当に慈悲の心をもって、獣人達に家を残したかもしれないが。

「とにかくも、だ。俺はフジワラのように甘くはないぞ。知っていることを、全て話してもらう。

フジワラに義理立てなどして話さぬのもいいが、その場合は命を捨ててもらうことになる」

冷徹な目で睨み付ける将軍。

信秀という善人を知るからこそ、一切の情を切り捨てたようなリグライト将軍の瞳に、族長達は心胆をいっそう寒くした。

その後、族長らによって、町の生活や大砲などの武器について、洗いざらいが説明されることになる。

シューグリング公国軍が町を占領して一週間。

軍が得たものは、新種の苗と、新兵器の開発に役立ちそうな情報。

しかし、シューグリング公国軍の目的であった香辛料については、残念ながらわからずじまいであった。

そして、もはや軍に得るものはない。

つまりリグライト将軍が考えるべきは、今後の町の扱いをどうするか、である。

元々シューグリング公国は、この地を植民地にしようと考えていた。

だが、この町は自領からあまりに遠すぎる上に、町を守る壁すらもなくなってしまった。

現在、敵対関係にあるサンドラ王国。

シューグリング公国がこの地に軍をおいたとしても、かの国から守り抜くのはあまりに困難であるといえた。

こうして、シューグリング公国軍は、獣人の町を植民地にすることなく、自国に帰ることとなったのである。

帰り際に、リグライト将軍が族長らに言った言葉がある。

「フジワラに感謝するといい。同じ人間としてその慈悲を蔑ろにするのは、気が引ける。

せめてもの情けに我らはなにもせん。ここで、おとなしく暮らすといい」

リグライト将軍は、別に情にほだされたというわけではない。

獣人に情けをかけた信秀は人間であり、己もまた人間。

人間がいかに慈悲深く偉大であるか。

獣人に裏切られてなお、温情を与えた信秀の行為に、同じ人間としてリグライト将軍の自尊心は満たされていた。

信秀の慈悲を汚すことは、その心に僅かな曇りを残すだろうと考えたのだ。

シューグリング公国軍が去ると、町は主をなくしたまま再び始動した。

古参の獣人達は、まず魚族ら新参の獣人達を、町から追い出した。

その際には、わずかばかりの小競り合いはあったものの、魚族らは比較的あっさりと、北へ逃げていった。

これは、己が町を守るという気概のある者と、ただ巣食うだけしか考えていなかった者の差であるといえよう。

獣人らは思う。

魚族らはいなくなった。

それはまるで、以前の平和で満ち足りた頃のようである、と。

しかし、足りない。

そこには信秀も狼族もいなかったのだ。

町から消えたのは、信秀や狼族だけではない。

井戸や、厠がなくなった。

風呂場もなくなった。駱駝もいなくなった。

多くのものを獣人達は失っていた。

とある家のまだ幼い子供が、様変わりしてしまった町の様子について父親に尋ねる。

「なんでいどやおふろがなくなっちゃったの? フジワラさまはどこにいったの?」

すると父親は困った顔をして答えた。

「いい子にしていたら、いつかフジワラ様が戻ってきてくれるよ。

そうすれば何もかも元通りだ」

父親は、それしか言うことができなかった。

己の罪を子に告白する勇気すらない大人達。

あとは頭を撫でて、ごまかすばかりである。

町の生活は水を得るだけでも、毎日が大変だった。

近くに川はあれど、目の前に手押しポンプつきの井戸がある生活とは雲泥の差だ。

毎日毎日、生活に必要な水を川から運びこむために、一日の時間に余裕がなくなった。

そのため、子供達も仕事に駆り出されるようになっていった。

それ以外にも、厠や火を起こすための燃料など、問題は山積みである。

さらに、部族間での揉め事が起こるようになった。

たとえば食料について。

ゴブリン族とコボルト族が信秀より任されていたのは工作である。

税を納める必要がない畑はもっていたが、それだけではとても部族全員を賄えるものではない。

つまり彼らには、現在食料を得る手段がないのだ。

無論、今後は畑を耕すようになるのだが、それが実るまでの間は各部族から食料を恵んでもらわなければならなかった。

だが、各部族はこれを出し渋った。

先の見えぬ未来に、食物を少しでも貯めておきたかったのだ。

信秀という長がいなくなり、己の部族のことを第一に考え始めた結果である。

しかし月日が経つにつれ、各部族が協力しあい、様々な問題が解消されていく。

多くの苦労を乗り越えて、町は運営されていったのだ。

とはいっても、生活が楽になったというわけではないのだが。

やがて一年が過ぎる頃には、多くの者が、もう信秀は帰ってこないのだと実感する。

あの日々はまさに夢や幻であった、と昔を懐かしむことすら忘れて、獣人達は毎日を忙しく過ごした。

だが、中にはいまだ昔に思いを馳せて、前に進もうとしない者もいた。

鹿族のある青年は、一年前までは族長を務めていた者である。

しかし、いつからか物思いにふけるようになり、族長の仕事を全うすることもなくなって、その任を降ろされた。

青年は時折、日がな一日をペンダントを眺めながら昔を懐かしむ。

その日もまたそうであった。

青年は自宅にて、ぼうっと首から外したペンダントを眺めていた。

すると、働きに出ていた妻が戻って来て言った。

「あんたはまだそんなものを! こんなガラクタには、もうなんの意味もないんだよ!」

妻によって取り上げられたペンダント。

それは放り投げられて、床を転がった。

「ああ……っ!」

床を這いつくばりながら、ペンダントを追いかける青年。

そのペンダントは競技会で優勝した証である。

そこには誇りや栄光、自信など、青年にとって誰よりも何よりも輝かしいものが詰まっていた。

いや、それだけではない。

信秀や狼族達と笑って過ごした日々が。なんの心配も要らず、毎日を幸せに過ごした日々が。

明日に向かって、生きていた日々の思い出が、ペンダントを見るたびに甦るのだ。

今、町の獣人達は、明日を見る余裕もなく、その日その日を生きていくために、毎日を必死に働いている。

それでも、この地に来る以前の生活よりかは、はるかにマシといえるだろう。

しかし、あの満ち足りた生活を知ってしまった以上、今の生活は色褪せたものにしか見えず、鹿族の青年は時折こうして物思いにふけるのである。

――いまだ覚めぬ夢の中にいる者は確かに存在していた。