軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

27.商人 2

その場に集まった者達を解散させ、さらにコボルト族には、13番地区の空き地に馬を繋ぐ簡易物を早急に設置することを指示した。

馬を放牧地に置かないのは、気性の荒いラクダがなにをするかわからないからだ。

馬車をひくエルザ達を連れて、俺はカトリーヌに騎乗したまま、通りをいく。

護衛には三人の狼族をつけている。

「ほえー、いや、町としてはちっさいけども、こりゃあ大したもんやな。まるで別世界やわ」

エルザが町を物珍しげに見回しながら、感嘆するように言った。

彼女だけではなく二人の剣士も同様に、忙しなく顔を動かしている。

すると、エルザがなにかに気づいたようにクンクンと鼻を鳴らした。

「なんや、うちんとこの町よりも、えらいきれいやな」

キョロキョロと地面に視線をやるエルザ。

なにかを探しているようだ。

「あれがないな」

「あれ、とは?」

エルザが発した『あれ』に対する、俺の何気ない質問。

「あ、あれはあれや」

顔をほのかに赤くさせて、言葉を濁すようにエルザは言った。

うん、『あれ』はなにかと聞いて『あれ』と答えられてもわかるわけがない。

「いや、あれと言われましても、わからないんですが……」

「あれはあれや! そんなん可憐で清純な美少女の口から言わせんなや!」

「は?」

突然プリプリと怒り出したエルザ。

本当に訳がわからない。

「あの……汚穢のことです」

見かねたように、男の剣士がボソリと言った。

汚穢(おわい) 、つまり糞尿のことだ。

そういえば中世ヨーロッパでは、排泄物を窓から町に投げ捨てるなんて話を聞いたことがある。

つまりエルザは、大地に落ちているはずの排泄物がないことに疑問を感じたのだ。

ちなみに、この時の俺は知らないことであったが、この世界の人々は過剰ともいえる恥じらいの文化を持っていた。

中でも便、臭に関わることは、特に羞恥の対象にされていたそうだ。

そのためエルザも、汚穢について己の口から発することに、とてつもない抵抗があったのである。

「町が綺麗なのは、各所にトイレがあるからですよ。トイレに溜まった汚穢は、係の者が毎日遠くへと捨てに行くようになってます。

あとは乾燥しているから、すぐにカラカラに干からびて臭わないということもあるでしょうね」

「なんや、うちの町よりもよっぽど立派やな。大変なんやで?」

「まあ、人数が少ないからこそ、統制がとれているともいえますね」

ほーっ、と感心したような顔を見せるエルザ。

だが、女剣士が話を聞いているうちに不機嫌そうに眉をしかめていったのに俺は気がついた。

なにか気に障ることでも言っただろうか?

「せやけど、通りの家はなんやの? 入り口が大きいから店っちゅうことはわかるけど、ほとんど閉まっとるやん」

「人口が少ないですからね」

「なあ、ちょっと店を見てもええか?」

「別に構いませんが、酒や衣類、雑貨品くらいしかありませんよ?」

「なら、またあとでええか」

そして、通りの半ばほどにある使っていない商店に到着した。

旅館にしなかったのは捕虜のローマットと顔を会わせないようにするため。

また、通りの入り口部にある商店にしなかったのは、そこだとどうしても人目につくからだ。

憎まれている人間を、町の者にはあまり晒したくない。

「この町に滞在する間はここを使ってください」

二階建ての土蔵造の店。

そこで馬車から荷物を下ろし、馬は狼族の者が13番地区へと連れていく。

扉を開けて中に入ると、どこに何があるか軽い説明をし、さらに、火の取り扱いに関することや、町を勝手に出歩かないようにと注意事項を述べていく。

そして二階の畳のある部屋に移動した。

「どうぞ、お座りください」

『……』

おや?

席を勧めたが三人とも座ろうとしない。

座布団はないが、床は畳なのだから、女性であっても胡座をかかずに座れるはずだ。

「あんな? ちょっと化粧直ししたいんやけど……」

化粧直しという隠語。

ははあ、と合点がいった。

そういえば座敷に上がる際、彼女達は靴を脱ぐのに戸惑いがあるようだった。

どう座ろうとも足の裏は表に晒される、つまりはそういうことだ。

「わかりました。飲み物をとってきますので、ごゆっくり」

俺は、一階に待たせていた狼族の者にすぐ戻ることを告げると、外で寝そべっていたカトリーヌと共に自宅に戻った。

――数十分後。

俺は、酒徳利を入れた取手付きの桶を片腕にひっかけながら、両手には三つの蓋つきの器を乗せた盆を持って、再びエルザの下を訪れた。

この三つの蓋つきの器の中身が今日のとっておきだ。

「エルザさん、入ってよろしいですか」

「ええで」

許可をとり、襖を開ける。

すると中からはフローラルな匂いが漂ってきた。

香水の匂いだ。

「えらい気いつかわせて、本当すまんなぁ」

「いえ、構いませんよ」

三人とも立ち上がって、俺を出迎えた。

「どうぞ、座ってください」

エルザがどかりと胡座をかき、二人の剣士は正座をする。

なんだろう。

恥じらいがあるのかないのか、よくわからない人だな。

そんなことを考えながら、俺も胡座をかいた。

「どうぞ、フロスト先生が言っていた珍しいお酒です」

「おっ、これがか」

杯に酒を注いで、エルザ達の前に出す。

無論、変な警戒をされても困るので、自身の杯にも酒を注ぎ、まず俺が先に飲む。

「さあ、どうぞ。飲んでください」

まず、エルザが口をつけて、その後二人の剣士も杯を手に取った。

「確かに、珍しい酒やな」

舐めるように味わうエルザ。

その顔は今までとうって変わって真剣そのもの。

商人の顔とも言うべきだろうか、彼女はこの酒に対し『品定め』を行っているのだろう。

「時にフロスト先生とはどういったご関係で?」

「うん? 別に付き合いなんてないで」

俺の質問に、エルザがあっけらかんとした様子で答える。

付き合いがない?

そんなことがあるのか?

「では、あなたはなぜフロスト先生の手紙を?」

「赤竜騎士団がここに来たやろ?」

「ええ」

「そんで、赤竜騎士団はあんたらに負けて帰った。ここまではええか?」

「その通りです」

「実はな、赤竜騎士団は疫病にかかって仕方なく国に帰ったことになっとんねん。

ま、うちにはそんなホラ話は通用せん。兵隊さんに袖の下を渡して、本当の話を聞いたったわ」

「ほう」

赤竜騎士団は、疫病でやむなく退却ということになってるのか。

面子というやつだろう。

確かにありそうな話だ。

「そんでな。赤竜騎士団が敗北したのを聞いて、うちはピンときた。

あの赤竜騎士団を負かすほどの町や。ただ獣人が寄り集まってできたような張りぼての町やない、思うてな。

こりゃ商路を拓ければでかい稼ぎになるかもしれへん、ちゅうことで、獣人の町を最初に見つけたっていうフロストはんに頼み込んで、手紙を届けることを条件に町のことを聞いたんや」

「なるほど。ということは、他の商人もここへ来たりするのですか?」

「いや、それはないと思うで。

ここは獣人の町や。

命が幾らあっても足りんやろ」

「では、なぜそんな危険な場所にあなた達は来たのですか?」

「そりゃあ、もちろん成り上がるためや。

うちはできたてほやほやの、ちっさい商会や。そんなんが這い上がろう思うたら、多少の危険は覚悟して前に前に出んといかん。

冒険せずに得るもの無し、ってな」

話の整合はとれている。

その振る舞いからも、エルザがここまで嘘を言っているようには見えない。

「単刀直入に聞きます。あなた達はサンドラ王国の諜報員ですか?」

「はぁ? いや、待ってえな。変な質問するかと思ったら、なんや疑っとったんかいな」

「ええ、まあ」

「はっきりと言うやっちゃな。うちらはそんなんちゃう、れっきとした商人やで。

ま、証明なんてできへんけどな」

「サンドラ王国は今後どうすると思いますか?」

「だから、うちは商人やで? ま、ええか。

麦相場は安定しとる。ちゅうことは、少なくとも当分は動かんやろな。

麦商人はどいつもこいつも役人と繋がりがある。軍を動かすとなれば、すぐに麦の値の釣り上げに走るはずや。

もっとも、国に相場の限界値が定められとるから、利益は限られとるけどな。それにしたって数が数だから、途方もない儲けが出るのは確かや」

「なるほど」

その話が本当かどうか確かめる術はない。

だが、たとえ彼女らがスパイだったとしてなんのことがあろうか。

こちらが秘匿すべきものは、全て俺の中にある。

町でなにを探ろうとも、バレるものではない。

なればこそ、彼女達を商人として扱うべきだ。

「わかりました。これ以後はあなた達を商人として扱います」

「ほんま正直な人やな」

そう言って、気持ちのいい笑顔を浮かべるエルザ。

それは彼女の赤い髪と合わさって、まるで日の光のような暖かい印象をうけた。

「では、これより本番といきましょう」

俺は後ろに置いていた盆を前に出す。

盆の上には三つの器、その内の真ん中にある器の蓋を開けた。

中にあったのは白い粉だ。

「これがなにかわかりますか?」

「なんや、白い粉……塩か?」

「それはつまり知らないということですね」

エルザが白い粉を塩と断じることに……いや、塩としか断じないことに俺はニヤリと心中で笑った。

「どうぞ、少々下品かもしれませんが、指で掬って舐めてみてください」

エルザは中指の先にちょんと白い粉を付けると、それを口に持っていく。

しょっぱいのを予想してか、その表情は、指先を舐める前からキュッと締まっていた。

だが、その予想は大いに外れることだろう。

そして、彼女はペロリと指先を舐めた。

途端――。

「――っ!? な、な、な、なんやこれっ! あ、甘い! 甘いで!!」

エルザは目を真ん丸にして驚きの声をあげた。

そうだ甘いのだ。

エルザの声があまりにも大きなものだったので、下の階からドタドタと階段を上ってくる音が聞こえてくる。

「フジワラ様!」

襖が開き、狼族の者が俺の名を呼んだ。

「何も問題ありません。引き続き下で待機していてください」

狼族の男は顔を巡らせ、異常がないことを確認すると、わかりましたといって去っていった。

一方、エルザは未だ驚愕の中にいるのか、肩を震わせている。

「それは【砂糖】と言います」

「さとう……」

放心したように小さく呟きながら、エルザは再び【砂糖】を指につけて、口に含んだ。

俺はそれを見ながら、彼女が驚くのも無理のないことだと思った。

元の世界において【砂糖】の起源はアジアにある。

そこに辿り着くには、砂漠を越えるか、海を越えるかしかない。

航海がなされておらず、砂漠を越えた話もないこの世界では、【砂糖】というものは存在しなかったのだろう。

「おめでとうございます。この世界で私を除けば、初めて【砂糖】を食べた人間があなたです、エルザさん」

砂糖を初めて食べた女――エルザ。

うむ、料理学会にならば後世にまで名を残せそうな気がしないでもない。

すると、ふふふと小さく笑い声がエルザの口から聞こえ、それは段々と大きくなった。

「いける、いけるで!」

エルザは立ち上がり、天に吠えるように言った。

と思ったら、今度は正座をして畳に頭をつける。

「フジワラさん! この通りや! どうかウチにこの【砂糖】を売ってくれへんか!

金ならいくらでも出す! これさえあれば天下がとれるんや!」

部屋の外からは、再びドタドタと階段を上ってくる音が聞こえた。