軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5 いじめダメ絶対

昨夜の興奮がまだ残る『旅人の食卓』の朝は、いつもより少しだけ明るい希望の光に満ちていた。厨房の片隅には、昨夜の主役である『黄金のポポイモコロッケ』がまだ数個、未来への希望の象徴のように鎮座している。

私、ユーユは十歳。妹のラーラは八歳。

昨夜の出来事がまるで夢だったかのように、私たちはいつも通りの朝を迎える。母リリアが繕ってくれた、継ぎ接ぎだらけのワンピースに着替え、硬い黒パンを水で流し込むだけの朝食を済ませる。

「ユーユ、ラーラ、忘れ物はないかい? 今日は学校の日だからね」

「「はーい」」

母さんの声に、私とラーラは元気よく返事をした。

この世界では、私たちのような平民の子供は、週に二回、町の集会所を借りて行われる学校に通うことになっている。午前中だけの簡単な授業で、読み書きと簡単な計算を教わるだけだが、それでも私たちにとっては外の世界と繋がる貴重な時間のはずだった。

……はず、なのだが。

「お姉ちゃん、行こう」

ラーラが、私の服の裾をきゅっと掴んだ。その顔には、昨夜コロッケを頬張っていた時のような輝きはなく、小さな不安の影が落ちている。

「ええ、行きましょうか」

私も、内心では重たい溜息をつきたい気分だった。中身は五十歳の女。子供同士の些細な諍いなど、本来なら柳に風と受け流せるはず。だが、その対象が、このか弱く心優しい妹に向けられるとなると話は別だ。

私たちの家、『旅人の食卓』は、このアッシュフォードの町でも貧しい家が集まる地区にあり、その中でもひときわ貧しかった。何度も繕って色が褪せた服、底がすり減った靴。それが、裕福な家の子供たちの格好の的になることを、私は嫌というほど知っていた。

「いってきます」

「いってらっしゃい。気をつけるんだよ」

両親の優しい声に見送られ、私とラーラは手をつないで家を出た。コロッケの成功で得たばかりの希望が、学校という現実の前に少しだけ霞んで見える。でも、大丈夫。今日の私は、昨日の私とは違う。心には、黄金色の秘密兵器があるのだから。

町の集会所を兼ねた学校は、様々な子供たちの喧騒で満ちていた。

私とラーラが教室の隅の席に座ると、早速、ねっとりとした視線が突き刺さる。来た。いじめの主犯格、織物商の息子ワリー・ブルゲルとその取り巻きたちだ。

「よぉ、見てみろよ。今日も貧乏姉妹のお出ましだぜ」ワリーが傲慢に笑う。

「そのツギハギだらけの服、うちの店のボロ布よりひどいぜ!」

「まあ、いやだわ! 触ったら病気がうつりそうですわね、ワリー様!」金貸しの娘キララが、王都で流行りだという派手なリボンを揺らしながら甲高い声で言う。

授業が始まる前、ワリーたちはわざと私たちの近くを通りかかり、ラーラが転んだ。ワリーがわざと足を引っかけたのだ。

「きゃっ!」

「わははは! 見ろよ、ドジなやつ!」

ラーラの瞳から、堪えていた涙がぽろりとこぼれ落ちた。その瞬間、私の頭の中で、何かがぷつりと切れる音がした。

「ラーラ!」私は駆け寄り、転んだ妹を抱き起こす。膝を少し擦りむいただけ。だが、彼女の心は、きっと血が滲むほど傷ついている。

「大丈夫?」

「……うん」

涙声で頷く妹を見て、私の怒りは沸点を超えた。私はゆっくりと立ち上がり、ワリーたちの前に立ちはだかった。

「謝りなさい」私の声は、自分でも驚くほど低く、冷たかった。

「はぁ? なんで俺がお前に謝らなきゃなんねーんだよ」

「そうよ! 貧乏人の言うことなんて、誰も信じないわ!」

教壇のノルム先生は、窓の外を眺めて雲の数を数えている。見て見ぬふりだ。

その時だった。ワリーが、つまらなそうに鼻を鳴らし、何の気まぐれか、ラーラの肩を、指先で意地悪く、ぽん、と小突いた。

「おい、泣いてんのか? みっともねえなあ」

その、ほんの小さな暴力。だが、それは、決して越えてはならない一線を越える行為だった。

次の瞬間、私は考えるより先に動いていた。ラーラの前に割り込み、彼女を背後にかばう。

「もうやめなさい!」

いつもと違う私の毅然とした態度に、ワリーの顔が怒りで引きつった。

「なんだと、この貧乏人が……!」

逆上したワリーは、信じられない行動に出た。足元に転がっていた、指の先ほどの大きさの石ころをさっと拾い上げ、何の躊躇もなく、ラーラに向かって投げつけたのだ。

「危ない!」

私はラーラをぐいと突き飛ばし、その身代わりになる。

放たれた石は、放物線を描いて、私の額にまっすぐ飛んできた。

ゴツンッ。

鈍い音が、静まり返った教室に響いた。周りの子供たちが「あっ」と息をのむ。ラーラが悲鳴に近い声を上げる。

しかし、不思議なことに、私には全く痛みがなかった。

衝撃はある。だが、鋭い痛みも、痺れるような感覚もない。まるで、綿でも投げつけられたかのようだ。

(……ああ、そうか。【頑丈】)

神様がくれた地味なスキル。病気にならないだけではなく、物理的なダメージにも強い耐性があるのか。

私は、表情一つ変えずに、ワリーを睨み据えた。

「……なっ」

ワリーは、石をぶつけられて平然としている私を見て、言葉を失っている。泣き叫ぶか、うずくまると思っていたのだろう。その顔に恐怖と混乱の色が浮かんだ。

痛くない。

石が当たっても、私自身は無傷だ。

でも、だから、何だというのだ?

痛くないから、許せる?

そんなわけがないだろう。

この石が、もし私ではなく、ラーラに当たっていたら? 想像しただけで、腹の底の怒りが、氷のように冷たく凝縮していくのを感じた。

痛みがないぶん、ワリーの悪意だけが、純粋な形で私の中に流れ込んでくる。そして、私の思考はどこまでもクリアになっていく。怒りで我を忘れるな、佐藤祐子。これは好機だ。

この男は、本気で、私の妹を傷つけようとしたのだ。

その事実が、私を完全に『大人』へと変えた。

「もう一度、私の妹に何かしてみなさい。ただじゃおかないわよ」

私のただならぬ雰囲気に、さすがのワリーも後ずさった。

「な、なんだよ、その目は……化け物……」

「忠告はしたわ。次は、容赦しない」

私は、この一部始終を見ていた他の生徒たちを一瞥する。怯える者、目を逸らす者。その中に一人、唇を噛みしめ、悔しそうな顔をしている、おとなしそうな少女がいることに気づいた。……覚えておこう。

(覚えておきなさい、ワリー・ブルゲル。それから、見て見ぬふりをしたノルム先生)

前世の日本で読み漁った、数々の「ざまぁ」系異世界小説の記憶が、脳裏を駆け巡る。

(暴力は使わない。そんな野蛮な方法は私の流儀じゃない。こいつらが最も誇りに思っているもの……その地位、富、そしてくだらないプライド。それを、私の料理で、この店の成功で、根こそぎひっくり返してやる)

ワリーの家の織物より、キララの家の金貸しより、人々が渇望する価値を、私の料理で生み出してみせる。それが、私の戦い方だ。

幼稚な捨て台詞を残して去っていくワリーたちを見送り、私は静かに決意を固めた。

学校からの帰り道、ラーラは、ずっと俯いたままだ。

家の扉を開けると、父さんと母さんが、心配そうな顔で私たちを出迎えた。

「おかえり、二人とも。学校はどうだった?」

私が口を開くよりも早く、ラーラが顔を上げた。その顔には、無理に作った、痛々しいほどの笑顔が浮かんでいる。

「うん! あのね、楽しかったよ! 先生がね、新しいお歌を教えてくれたの!」

嘘だ。

この子は、八歳のこの子は、両親に心配をかけまいと、たった一人で悲しみを飲み込んで、嘘をついている。私は、ラーラの小さな手のひらが冷たく汗ばんでいるのに気づいた。

私の胸が、ぎゅうっと締め付けられる。泣きそうになるのを、奥歯を噛み締めて必死にこらえた。

(ああ、もう、ダメだ)

この健気な妹の笑顔を見て、私の決意は、鋼のように硬く、揺るぎないものになった。

頑張ろう。

何としてでも、頑張らなければ。

あんなクズガキどもに、二度とラーラを泣かされないために。

ラーラが、心の底から「学校が楽しい」と笑える日を作るために。

そのためなら、私はなんだってする。前世の知識も、五十年の経験も、この【鑑定】スキルも、全てを総動員して、この理不尽な世界で成り上がってやる。

私は、両親に向き直り、はっきりとした声で言った。

「お父さん、お母さん」

「コロッケ、今日から売りましょう。私に、考えがあるの」

その目には、もはや十歳の少女のあどけなさは微塵もなかった。

それは、愛する者を守るため、全てを賭けて戦うことを決意した、一人の女の顔だった。

これは、反撃の狼煙。

私たちの革命の、そして私の復讐の、始まりの合図だ。