軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 元誕生日令嬢の独白②

「ばっかじゃないの⁉ あなた、今日の主役が誰だかわかってますの⁉」

えぇ、それはあなた……王妃様ですわ。

どこぞの寓話に出てくる鏡のように返答したいところを、わたくしはグッと堪える。

だって、時間がないのはさすがのわたくしも理解してますもの。ただでさえカンカンに怒っていた王妃様も、わたくしを罵りながらも大慌てでクローゼットを見繕っております。

「も~っ、着ていたドレスを紛失するとはどういうことですか‼」

そんな王妃様に、アンダードレス姿で戻ったわたくしは笑顔で申しました。

「だって王妃様。寒そうなお地蔵様がいらっしゃいましたら、コートを貸してあげるべきでしょう? こうして徳を積んでおけば、きっといつか猫が恩返しに来てくれますわ」

「あなた……たまに意味がわからないことを言うわよね」

「王妃様をお楽しみさせることができる光栄、恐悦至極でござい――あ、それがいいです」

「えぇ⁉」

王妃様が驚きながらも、取り出してくれたのは真っ黒のドレス。

王妃様が昔、趣味で作ったものだというの。黒い羽根をこれでもかとあしらった、まるで魔女のようなドレスは、とても十代の小娘に着こなせるものではないでしょう。

でも、そのドレスを当時二十代半ばだった王妃様が仮面舞踏会で着用し、多くの者がその耽美さに慄いたという話は、わたくしの世代でも有名ですからね(これもお母様に対抗して、というのがまた……)。

そんなドレスを前に「こちらを貸してください」と無邪気に頼めば。

顎を上げた王妃様が、わたくしを見下ろす。

「あなた……本当にいい趣味しているわね」

「お褒めいただき光栄ですわ」

「アクセサリーはどうするの?」

「要りません」

わたくしの即答に、王妃様は口元を扇で隠す。

「よくわかっているじゃない」

「ふふっ、王妃様のご指導の賜物ですわ」

「そんなに褒めても……説教がなくなると思ったら大間違いよ」

「あら?」

結局は着付けの間、真隣で紡がれる王妃様のお小言から逃れられなかったけれど。

だけど、支度が終わる直前。

「お下がりと揶揄されても、あなたなら大丈夫ね?」

「勿論。王妃様のお下がりなんて身に余る光栄。これでもかと自慢してまいります」

「宜しい、いってらっしゃいっ!」

わたくしは王妃様に背中を扇で打たれ、姿勢を正す。

いざ、パーティー開幕。

当然、わたくしのエスコート役は婚約者であるサザンジール=ルキノ=ラピシェンタ王太子殿下ですわ。入場直前、殿下から「事情は聞いていたが」と話を切り出される。白いお衣装の胸元に黒い羽根飾りを差しているから。事情を聞いて、急遽わたくしに合わせてくれたのでしょう。

ふふっ、殿下からも怒られてしまうのかしら?

殿下はわたくしを上から下まで見てから、訊いてくる。

「それが、例の母上のドレスか?」

「えぇ。やはりわたくしにはまだ早いデザインだったでしょうか?」

わたくしはわざとらしく、胸元を押さえた。

こう……情けない話ではありますが……胸部が余ってしまいましたの。身長はだいぶ王妃様に追いついていたので、ヒールの高い靴を履けば問題なかったのですが……十四歳では、色気たっぷりの王妃様にまだまだ追いつかない様子。詰め物と急拵えのアレンジでなんとか露出は間逃れましたが……それでも貧相な出来になったのは否めません。

少しは戸惑う殿下は見れるかと思った軽口でしたが、彼は即座に否定を口にした。

「いや、とても良く似合っている。同じドレスなのに、着る人によってまるで別ものだな。一瞬、母上のお下がりだと気が付かなかった」

「……そうですか」

そう小さく笑った時、扉が開かれた。

差し出された殿下の手に、そっと己の手を乗せる。

連れて行かれた会場真正面の天井には、シャンデリアがまばゆく煌めく。その下で、これでもかとめかし込んだ高貴なる来賓ら全員が、わたくしたちを見上げていた。彼らがどよめく。当然ね。齢十四になった黒髪の小娘が、さらに真っ黒で重厚感のあるドレスに 着られて(・・・・) いるんだもの。

だけど、わたくしは口角を下ろさない。

だって、眼下には誰よりも驚いた顔をしているララァ嬢がいるから。

金色の豪奢なドレスを着た愛らしい海外からのお客様がいるから。

ドン引いた眼差しを向けてくるザフィルド殿下がいるから。

挑発的な笑みを浮かべている王妃様がいるから。

無様など、晒せるわけがなくってよ。

「ルルーシェ」

「えぇ」

階段から下りる前に、本日の主役として挨拶をせねばならない。

わたくしは皆に向かい お辞儀(カーテシー) をする。

そして周囲が静まり返る中、優美を崩さぬ程度に声を張った。

「このたびはわたくしの誕生日にお集まりいただき、ありがとうございます。お気づきの方もいらっしゃいます通り……この濡れ羽色のドレス、尊敬する王妃様から無理を言ってお借りしました」

――はしたない。

――子供が背伸びして。

小さく、せせら笑う声がする。

お父様、わざとらしく咳払いなどしなくても宜しくてよ?

隣のお母様のように何も気にせず、笑顔で娘の勇姿を目に焼き付けてくださいまし。

こっちは予想通りすぎて、笑いすぎないよう堪えるので必死なのですから。

「見ての通り……まだ装飾品で飾る価値のないほど若輩であるわたくしではございますが、どうかこの姿を覚えておいてくださいまし。そう遠くない未来、わたくしが立派な淑女になったあかつきには、今度はお譲りいただいた豪奢な飾りを、王妃様の手づから付けていただくつもりです。その未来を……どうか皆様、これからも見守っていただけると幸いでございます」

最後に重ねて、自分の誕生祝賀会に集まってくれたことへの謝辞を述べて。

再び お辞儀(カーテシー) をすれば、とある兄妹が大きな拍手を贈ってくれる。

苦笑しているザフィルド殿下、嬉しそうな両親、肩を竦めた王妃様……そして会場の全員の拍手に包まれて、「見事な挨拶だった」と賛辞をくれたサザンジール殿下の手を取り、階段を降りる。

その後、殿下と二人でファーストダンスを踊っていると。珍しく彼が話しかけてきた。

「俺も……もっと立派な男にならないとな」

「いきなりどうしたんですの?」

「いや……ルルーシェ、誕生日おめでとう」

「ありがとうございます」

そうして特に何も問題なくダンスを終えれば、何やらサザンジール殿下は大臣に呼ばれた様子。「少々席を外す」と離れていったのち、わたくしが一人で挨拶周りをしようとした時だった。

体格のよい男性が話しかけてくる。

「エルクアージュ殿」

……どの?

珍しい敬称に顔を向ければ、緑色の短髪が凛々しい年上の少年だった。

ツェルド=イスホーク。隣国で代々国王の近衛を務める伯爵家の次男坊。お衣装も軍服のような勇ましいデザインね。そしてその後ろには、同色の丸い頭がひょっこりと顔を出す。金色のドレスのサイズも合っていたようで何よりだわ。モジモジと恥ずかしそうにしながらも……お兄さんに促されて、彼女は慌てて頭を下げていた。

「その節は、ほんとーにあんがとございましたっ!」

「俺からも礼を言わせていただきたい。妹が大変世話になりました。この御恩は、いつか必ず」

そう律儀に頭を下げてくる兄妹に、わたくしは目を細める。

「あら、何のことですの?」

《閑話 元誕生日令嬢の独白 完》