軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

可愛い弟に旅をさせますわ③

そして、他人の家のふかふかベッドで目を閉じる。今日も疲れた。押し売りのような真似は初めての経験でしたわ。正直、自分に向いているとは思えませんでしたわね。

『それでも、明日も続けるつもり?』

『あらやだわ。まるで心を読まれたみたい』

『これでも神様だから』

『ふふっ。そうでしたわね』

今日も夢のふわふわした世界で、わたくしは真白な神様に お辞儀(カーテシー) をする。

『教会で両親も世話になったようで。家族ぐるみでお世話になるなんて、感謝してもしきれないですわ。ありがとうございます』

『……それなら、もうちょっと幸せそうな毎日を過ごしてくれないかな?』

思いがけない返答に顔を上げれば、神様は心底困った顔をしている。先の台詞といい、それにはわたくしも不服だわ。

『あら。先日もお話しましたが、わたくしは毎日楽しいですわよ?』

『押し売り、苦手なんじゃないの?』

『余命あと数十日で初めての経験、新しい発見ができるなんて、幸せ以外なんと言えばいいのかしら?』

『弟の部屋を斧でぶち破るのが?』

『初めての経験に、手が震えっぱなしでしたわ!』

『単純に斧が重かっただけだよねぇ⁉』

神様はそう叫んだ後で「はあ」と肩を下げる。真摯に応じたわたくしにため息なんて、失礼だと思いますの。少しだけムッとして見せますと、神様は横目でわたくしを見やる。

『そんなに弟くんを、あのひとの所で修行させたいの?』

『家のこともどうにかするつもりですが、とりあえず『一人で生きていく』能力をつけさせて損はありません。ましてや、家督が失われる可能性が高い以上、家から自立する目処を立てておくべきかと思います』

しかもわたくしが選んだ修行先は元貴族。貴族のしがらみにも理解はあろう。

ましてや――、

『アルバン家の元嫡男だから、現当主にもこうして顔を合わせておけば、いざという時の保険にもなるだろうって?』

『えぇ、少なくとも身売りされそうになったら、アルバン家の従者として面倒見てもらえるくらいの恩を売っているつもりですが……ふふ、またわたくしの心をお読みになりましたの? 破廉恥ですわ』

わざとらしく身を捻って見せれば、神様は『そんなわけないだろう⁉』とまだ叫んでくる。あらあら、からかい甲斐があって素敵な神様ですわ。

そしてまた、神様はため息を吐いた。

『あーもう。わかった。わかったから……本当にもう、世話がかかるなぁ』

『あら。わたくし、何かご迷惑をおかけしてしまったかしら?』

小首を傾げると、神様はジト目で睨んでくる。

今日のお喋りはここまでにしておいた方が良さそうね。

『それでは、おやすみなさい』

『はいはい。おやすみ』

あらあら。最近神様の態度がずいぶんとおざなりな気がするわ。ま、それが心地よいからいいのですけどね。

そして翌日。改めて押し売りである。

朝早くから(レミーエ嬢は爆睡していたので本の感想は聞けずじまい。どうやら明け方まで読み耽ってくれていたようである。よきよき)例のアトリエにルーファスと赴けば、その師匠(予定)のおじさまは半眼でわたくしたちを見比べた。

「おい、坊主。見せてみろ」

「へ⁉」

「ふぇ⁉ じゃねーだろ。てめぇの描いた絵なんだろうが。いい年して姉ちゃんの後ろに隠れてんじゃねー」

えぇ、それはごもっともだわ。本人も不甲斐ない自覚はあったのだろう。わたくしが絵画を手渡すと、改めて自分の手ずから師匠(予定)に差し出すルーファス。

「お願いしまぁすっ!」

「ふん」

相変わらずの無愛想で、年の割にゴージャスなひげを撫でながら絵を一瞥する師匠(予定)さん。そして「やはりな」と、再びルーファスを見た。

「坊主、いつから入れる?」

「へ?」

「ふぇ? じゃねー。いつまでも貴族のボンボン気分じゃ、こっちの世界で生き残れねーぞ。ボンボンでいたいなら、さっさと姉ちゃんと手を繋いで帰れ。そっちの方がてめぇも幸せだ!」

「あ、へ……いいん、ですか……?」

「その『ふぇ?』て気の抜けた返事する癖は今すぐ直せ! 俺に何か言われたら『はい!』だ。それ以外の返事は聞かねー。わかったか!」

「へ、あ、はいっ!」

「もう一度!」

「はぁいっ!」

ルーファスの裏返った返事に、師匠(決定)さんは「ふん」と鼻から息を吐く。

その様子にわたくしがほっと胸を撫で下ろしていると、その師匠さんはわたくしに訊いてきた。

「でも姉ちゃん。本当にいいのかい? この坊主、姉ちゃんの所の嫡男なんだろう?」

あら。しっかりと エルクアージュ公爵家(うち) だとわかった上で、弟子入りを受けてくれましたのね? それは想像以上に、素敵なお師匠様になってくれそうだわ。

その厚意に、わたくしは当然 最敬礼(カーテシー) で応じます。

「勿論ですわ。その子はもう、あなた様に奉公に差し上げたようなものです。どうぞ今この瞬間から、ご自由に使ってくださいまし」

「ここでそのお辞儀はやめろ。浮く」

「それは失礼しました」

体勢を戻してにっこりと微笑めば、師匠さんはため息を吐いた。

「まぁいい。こいつは俺が預かる。売れっ子になってから返せと言われても知らねーからな」

じゃあな、と師匠さんはルーファスの背を押して。アトリエに入っていく背中に、わたくしは一つの疑問だけを投げかけた。

「あの! どうして今日はすんなり弟の絵を見てくれたんですか⁉」

「あぁん?」

師匠さんは気まずそうに、ボリボリと頭を掻く。それでも投げやりに答えてくれるから、結局はいい人なのでしょう。

「夢でな、見たんだよ。神様らしき男を引き連れたおまえに、無理やり絵をおしつけられて……くそっ。こんな実物見ちまったら、追い払えるわけねーじゃねーか。神すら味方につけるとは、なんたる執念だ……」

夢……? 神様……?

その単語に思い浮かぶのは、昨晩『世話がかかる』とため息吐いた神様の顔。

思わず、わたくしは笑ってしまう。

「ふふっ。お褒めいただき光栄ですわ」

「褒めてねーよ!」

そして、改めて師匠さんは背を向けて。

ちらちらと振り返るルーファスに、わたくしは手を振る。

「頑張ってね!」

「うん! 姉さん、ありがとう!」

夢に向かって踏み出した弟を、わたくしは笑顔で送り出せたかしら?

――わたくしに残されたのは、あと64日。

きっと、これが今生の別れだから。

涙を操作するのも、令嬢の嗜み。

わたくしは微笑を湛えたまま、ひとり踵を返す。