軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

最後のダンスを踊りましょう③

……ねぇ、神様。

わたくし、ダンスパーティー開始のギリギリまで調べ物をしていましたの。ナナシが守りたかったと話された『魔女』についてですわ。

当時、魔女は不気味な存在とされておりましたのね。黒髪、黒目の色彩は勿論のこと、創世記前に世界を滅ぼしたと謂われた者の特徴が黒髪だったとか。そのため生きているだけで、魔女狩りと呼ばれる刑に処されたとのこと。……まったく、そんな理不尽な話あります? 今の世の中じゃ鼻で笑ってしまうお話ですが――常識なんて時代によって変わるもの。もしも、わたくしがそんな時代に生きていたのなら。わたくしもとうに自分の命など諦めていたかも知れません。

だけど、そんな己にがむしゃらになって手を差し伸べてくれるひとがいたのなら?

きっと彼女にとっては、神様に他ならなかったのでしょうね。そんな殿方を好きにならないわけがありませんし、彼女も何に換えてもそのお相手を守りたいと願ったのでしょう。

……あくまで、その歴史の答えをあなたに聞くつもりはございません。

だって、わたくしは魔女ではないもの。わたくしはルルーシェ=エルクアージュ。公爵家の長女にして、次期王太子妃になる予定だった者。それ以上でも、それ以外でもない。勿論、魔法なんて奇跡は使えませんわ。

でも――だからこそ、あなたに、サザンジール殿下に、ザフィルド殿下や他の未来を歩んでいく方々に見せてやりたかったんですの。

わたくしは平凡で、これといった才覚もなく、性格だって決してよくありませんが――確かに、今ここに生きていたということを。

それなのに……。ようやく見えてきたロビーには、ほとんどのひとがいなかった。そこにいるのは、サザンジール=ルキノ=ラピシェンタ王太子殿下とレミーエ=アルバン男爵令嬢。

サザンジール殿下が衛兵に命じている。

「俺らは大丈夫だ! ただちに急病人の所へ向かってくれ!」

「はっ!」

その命令により、本当に護衛の衛兵すらもいなくなってしまった。会堂の中からはざわめきが漏れ出ており「殿下、申し訳ございません! ただちに扉を開けます故⁉」などと叫んでいる。

もう……こんな状況ありえませんわ。ダンスパーティーの入場中に、急に扉が開かなくなる? そして急病人の搬送などで全員出払ってしまうなんて……いくら奇跡といえど、やりすぎですわ。あとで神様に物申さないといけませんわね。

わたくしは己に喝を入れる。だって、これが最期の舞台。無様な歩きなど見せてたまるもんですか! そう、わたくしが姿勢を正した時だった。

「あっ、ルルーシェ様っ!」

わたくしに気がついたレミーエ嬢は、ほっとした顔をしていた。何よ、まだ殿下と入場する責務から逃れるつもりですの? せっかく紺と金糸のドレスがとても良く似合っているというのに……まだまだね。

わたくしが何も申さず お辞儀(カーテシー) をすると、その隣の殿下も小さく息を吐いていた。

「ルルーシェも無事なようで何よりだ。今、あちこちでトラブルが発生していてな。どれもこれも小さいなことではあるのだが、しばらくパーティは開始できそうにない」

「左様でございますか。それなら殿下――」

少々わたくしの話を――と遺言的なものを話そうとした時だった。

「ルルーシェ様……僭越ながら、どこか具合悪いですか?」

「……わたくしはいつも通りですわよ」

にっこりと微笑んでみせるものの、レミーエ嬢の目は細まるのみ。

「嘘つき。ルルーシェ様にしては、 お辞儀(カーテシー) の足の引きが足りません。今まで姿を見せなかったのも、どこかで休んでいたから……」

駆け寄ってくれたレミーエ嬢がわたくしの背に手を添えてくれる。その時小さく声を漏らしてしまったから……「ルルーシェ様?」とますます観察されてしまった。「失礼します」と彼女の手がお腹に触れて――彼女の手に、べったりとした赤い血が付いてしまった。

「ルルーシェ様⁉」

「レミーエ、どうしたんだ⁉」

その悲鳴に、殿下まで駆け寄ってきてしまい。そして、気付かれる。わたくしの歩いてきた廊下に、赤い軌跡を残してしまっていることに。あーあ。もう少し隠し通すつもりだったのだけど。

「……あなたに気付かれてしまうとは思わなかったわ。レミーエさん」

「す、すぐに医師を――」

すぐさま駆け出してしまいそうなレミーエ嬢の腕を掴むと――あら。その華奢な腕には、白い貝が連なったブレスレットが着いていた。あまりに嬉しくて、わたくしもお揃いのブレスレットが着いた腕を掲げてみせる。

「嬉しいわ……着けてくれたのね……」

「ルルーシェ様、今はそれどころじゃ――」

「おやめください……わたくしがもうすぐ死ぬことくらい、わたくしが一番わかっております。だから……最後に二人に会えて良かっ――」

言葉の途中で、いよいよ腰に力が入らなくなってしまう。崩れそうなわたくしを慌てて抱きとめてくれたのはサザンジール殿下だった。もうっ、そんな泣きそうな顔をして。次期国王陛下が人前で泣くなんて、言語道断ですわよ?

そんなわたくしの想いが伝わったのか……しばし見つめ合ってから、殿下は奥歯をグッと噛み締め。震えた声でゆっくりと聞いてくださいます。

「ご両親など……誰か呼んできた方がいい人はいるか?」

「いいえ……お二人で充分ですわ」

昨日、お父様やお母様には散々甘えさせてもらいましたから。ありがとう……サザンジール殿下。

わたくしは歪んでいく視界の中で、レミーエ嬢を見上げる。

「レミーエさん……この百日間、よくわたくしの厳しい指導に耐えてきてくれましたね」

「ルルーシェ様……」

ふふっ。そんなにボロボロと泣いて……目が溶けてしまいますわよ? やっぱり百日程度じゃ、泣き虫は治らなかったわね。

「あなたがこの先選ぶ道を……わたくしが指図することはできません。だけど……できることなら、わたくしの代わりに殿下を支えてくれると嬉しいですわ」

ご存知の通り、殿下は少々抜けている所がございますので。そう申せば、彼女は「無理です……ルルーシェ様じゃないと無理です!」と何度も何度も首を横に振って。それでも――ごめんなさいね。もうあなたしか頼めるひとがいないの。

それに……無茶だとわかっていても、わたくしはやっぱりあなたがいい。妃教育などとかこつけて、わたくしが学んできたことを、想ってきたことを、全部知ってくれているのは、あなたしかいないんだもの。

「その道を選んだ暁には、あなたはさらに厳しい道を歩くことになるでしょう――それは、男爵家という肩書では背負いきれないくらい。なので……少々お耳を貸してくださる?」

ヒクヒクと鼻を鳴らしながら、そっと寄せてくれた小さな耳にわたくしは囁いた。

「お父上に伝えなさい――ナナシが魔女を守ったのではない。『ナナシ』は魔女に守られたために生き延びることができたのだと。ナナシと魔女は正真正銘の恋人でしたのよ?」

神様、ごめんなさい。あなたから聞いたお話を漏らしてしまいましたわ。でも……そのくらいでしか、男爵家の彼女を助ける手立てが思いつかなかったんですもの。たとえアルバン家がエルクアージュ家と縁続きになっても……さすがに男爵位だけでは心もとないですから。

博識な男爵なら、この発想からさらに歴史を紐解いてくれるかもしれません。そして歴史学者であるアルバン男爵の功績が増えたなら……もしかしたら、新たに爵位を賜る可能性だってあるでしょう? そこまで上手くいかなくても、男爵の知名度があがれば、場合によってはレミーエ嬢をエルクアージュの養女にして、王家に召し上げることも不可能ではないはず。そこは大人同士の話し合いになるけれど……これが、わたくしがあなたに贈れる精一杯だから。

あと……最後に言っておくことは――。

「そのブレスレット。邪魔になったら、すぐに捨てて頂戴ね」

「嫌です! ずっと……ずっと、絶対に大切にしますから! 二度と腕から離しません!」

もうっ……正直、今日のドレスにだって合ってないのに……馬鹿な子ね。

そう微笑んでから、わたくしは顔の向きを変える。

「サザンジール殿下……」

「あぁ……なんだ?」

なぜでしょう……ここの所、ずっと殿下には「なんだ?」「悩みはないのか?」そんなことばかり聞かれていた気がしますわ。最後まで、あなたには心配ばかり掛けていましたわね。やっぱり……わたくしはあなたの『妹』でちょうど良かった気がしますわ。だから、そんなお兄様に……お説教はお任せしましょう。

「ザフィルド殿下が、グラウンドで途方に暮れてますの。わたくしの代わりに……ぶん殴っておいてもらえますか?」

「ぶん……?」

「命を大事にしない悪い子に“メッ”しといてくださいまし……」

「……あぁ。必ずや“メッ”しといてやろう」

「あと、殿下……」

「あぁ、なんだ? なんだ、ルルーシェ?」

あぁ……殿下の腕の中がひどく温かいものだから……どんどん眠くなってきましたわ。もう手足に力が入りそうにない。でも、目が閉じるまでに――王妃候補だった者として、最後にこれだけは言っておかなくちゃ。

「どうか、あなたの治める御世が幸多からんことを」

そして、扉が開く。わたくしの目に飛び込んできたのは――息を呑むほど美しい絵画。会場の真ん前に大きく飾られたそれは、やはり書物に描かれたものとは比べ物にならなかった。寄ってくる人混みなんて目に入らない。

ただわたくしの目に映るのは、鮮やかな夕日に照らされて、艶やかな赤い花が生い茂る。その中で立ち尽くす白い男性。彼はこちらを振り返ろうとしている。

ねぇ、あなたが振り返った先に――誰がいたのかしら? 教えてくださる?

『絶対に教えてあげないよ。この悪い子め』

そして、いつもの真白な姿のまま舞い降りた神様は、わたくしのおでこをピンッと指先で弾いた。