軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

みんなで楽しく遊びましょう⑤

その後、追試をさっくりと終えまして。一教科三十分でしたのでね。科目が多い方は授業にもつれ込みますが……そんな方は各学期ひとりいるかどうかですわ。今学期はいらっしゃらなかったようですね。

その中でも早く終えたので、まだ授業開始までに時間がありますわ。今のうちに改めてお礼を――と、サザンジール殿下を探そうとした時でしたの。

「ルルーシェ様っ!」

「……おはようございます。レミーエさん」

あなた、また自分から声をかけたでしょう? しかも挨拶が抜けておりますわ。

そう視線で注意すれば、彼女は慌てて「失礼しました」と お辞儀(カーテシー) をする。……まあ、急用のようですから。今はこのくらいですかね。

「それで? 慌ててどうなさったの?」

「一緒に来てくださいっ‼」

そんな乱暴に腕を引っ張るなんて――と言っても仕方ないのでしょう。連れて行かれるのは、いつもの校門だ。そう、いつもわたくしが登校するとサザンジール殿下が立ち塞がっていた場所。そこに人だかりができている。

その真ん中で、今日もサザンジール殿下は声を張り上げていた。

「貴様らっ! 泥をかぶせるなどの狼藉だけに留まらず……ルルーシェを監禁するとはどういうつもりだ⁉ 首を切られる覚悟はできているんだろうな⁉」

……殿下、憤りすぎですわ。

もう何から指摘したらいいのかわからない。興奮すると相変わらず『貴様』とおっしゃるし、この程度のことで打首で脅すとか……次期国王候補であるからこそ行き過ぎてはなくって?

思わず、わたくしは隣のレミーエ嬢に話しかける。

「もしかして、あれを止めろとおっしゃいたいの?」

「止めた方が……いいですよね?」

「まあ、ねぇ……」

正直、関わりたくないですわ。

えぇ、おそらく――いえ十中八九わたくしのために怒っているのはわかるのですが。

それでも、とても面倒なのが目に見えているんですもの。嫌ですわよ。勉強も別に好きというわけではないのですから。ようやく勉強の日々から解放されて、清々しい気分を満喫したかったのに。その直後に殿下を宥めて、クラスの方々と和解しろって?

せっかくクラスの皆様とはもっと楽しいことを――とため息を吐こうとした時だった。

「ごめんねー! ちょっと空けてー!」

どよめくクラスメイト達の向こうから、聞き馴染みのある声が響いてくる。

クラスメイト達が二つに割れて。「ごめんね」と間を通ってくるのは、荷車がとても似合わない『銀王子』ことザフィルド殿下。しかも荷車から潮の香りがするから尚更異質。……海、もう一回くらい見に行っても良かったかもね。

さすがのサザンジール殿下も意表を突かれたみたい。

「ザフィルド……何をしているんだ?」

「あぁ~、これね。あれだよ。ルルーシェのご褒美……」

「ルルーシェ⁉ 俺からはあれほど拒んでおきながら、ザフィルドからは貰うだと⁉」

あー、着眼点はそこなんですか。もっとその荷車の中身に注目していただきたかったのですが。

しかし、それが届いたのなら話は別です。サザンジール殿下も「ずるいぞ! ルルーシェの婚約者は俺なんだぞ⁉」と騒ぎ出し、その隙にとクラスメイトらも解散しようとし始めてしまったので――ここで始めてしまうと致しましょう。

「レミーエさんは離れていた方が賢明でしてよ?」

「ふぇ?」

腑抜けた彼女の額を軽く小突き、わたくしは殿下方に近づく。お二人から「ルルーシェ」と声を掛けられるものの返事をせず――わたくしは袖を捲った。荷車の中に積まれた幾つものバケツに並々入っている物は泥。黒々としたそれに手を突っ込めば……ふふっ、ひんやりとして気持ちいいですわ。

「え、まさか……ルルーシェ?」

腰の引けているザフィルド殿下に、にっこりと笑顔を返して。

わたくしはその無形の泥をできるだけ掴み、サザンジール殿下のお顔にベトッと押し付けた。

「…………は?」

一瞬。世界から音という存在が消えたように静まり返る。誰もが足を止めていた。顔に泥を塗られた金王子のみが疑問符のみを口から零す。

わたくしは何事もなかったようにはしゃいだ。

「ねぇねぇ、サザンジール殿下。見てくださいまし! これが今流行りの『泥美容』でしてよ?」

「どろ……びよう……」

「えぇ! 泥には多くの美容成分が含まれて、肌にとても良いと教わりまして。西のアサティダ海岸の海はとても綺麗でしょう? だからそこの海の泥ならさらに効果が高いのではと、ザフィルド殿下に取り寄せてもらいましたの! 殿下には日頃お世話になっておりますから、ぜひ一番に体験していただきたかったの!」

たまに怪我はするけれど、基本的に殿下の肌は白くて整っている。きめ細かさは並大抵の令嬢じゃ敵わないだろう。それに造形の美しさも相まっての『金王子』ですから、本来は美容液など不要ですわね。どうせ今話していることなど半分は適当……でも良かったのですが、ちゃんと学術機関でアサティダ海岸の泥は美容効果が高いのではないかと報告書が上がっているようですの。まだ製品化はしていないようなので、本当に知る人ぞ知るお話ですがね。アサティダ海岸付近で暮らしている方々が老若男女問わず肌が綺麗なことから、調査が始まったんですって。

まぁ、そんなうんちくはさておき。

「頭も冷えましたでしょう?」

サザンジール殿下ににっこり微笑めば、彼の顔から黒い泥がボトッと石畳に落ちる。

「そ、そうか……ルルーシェは優しい、な?」

「うふふ。あ、先程『殿下の顔に泥は塗らない』と言いましたが、それは反故にしてしまいましたわね。その点は謝罪させていただきますわ。申し訳ございません。でも、追試が全問正解でしたわよ。先生がすぐさま採点してくださいましたわ」

わたくしは王室で見せても恥ずかしくない お辞儀(カーテシー) を披露しながらも、口角はずっと上げっぱなしだ。だって――これからが本番ですもの。

あぁ、こんなに楽しいことはありませんわ。

今までお世話になったララァ=ファブル公爵嬢に、大きく振りかぶって泥を投げつけるんですから。