軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

風邪をひいてしまいました…①

――あと27日。

「失敗しましたわ……」

今日もいい天気。今朝も、校門ではサザンジール殿下が待ち構えていたのでしょうね。お昼休みのザフィルド様は気まずい顔で訓練に付き合ってくれたのでしょう。放課後のレミーエ嬢から昨日のその後をお聞きしたかったですわ。

全部、わたくしの妄想です。だって、ベッドの上から動けないんですもの。

不肖ルルーシェ=エルクアージュ。風邪を引いてしまいました。あれね、濡れたままお風呂にも入らず寝たのがいけなかったわね。外も寒かったですし。三日徹夜も身体に良くなかったわ。それ以前に、色々と無理をしすぎたのかも……。

窓の外はもう夕暮れだ。落ちていく赤い陽の光がまぶしいまでに鮮やかで。なのに、どこか物寂しい。

ふと、わたくしは名画『ナナシの落日』を思い出した。今後行われるダンスパーティーは年に一度、この名画を皆で鑑賞しようという目的で開かれるパーティである。この絵画を描いたアンドレ=オスカーの母校が我が学校で、この絵も本来は学校に寄付されたものだったの。でも国家美術品として指定され、普段は王城で保管されているわ。それをアンドレ=オスカーの意志を尊重し、年に一度学生にも見せようという習わしである。

あぁ、ダンスパーティーまでに、この歴史もレミーエ嬢に叩き込まなければ……。

うつらうつらとしながらそんなことを考えていると、扉がノックされる。

「ルルーシェ。お粥というものを作ってみたのだけど、食べられる?」

窺うように部屋に入ってきたお母様の手には、小さな鍋がありました。サイドテーブルにそれを置いて、お椀によそってくれます。優しいチキンの香りのするスープの中には、とろとろの穀物が入っている様子。とても美味しそうではあるのだけど……正直、起き上がる元気もない。

「ごめんなさい……あとで頂戴します……」

「そう? 他にほしいものはある? 何でも良いわよ。アイスでも、プリンでも……お母さんが何でも作ってみせるわ!」

そう張り切って見せるお母様はエプロン姿だ。不格好なうさぎが刺繍されたエプロンは、これまたお母様がメイドたちと一緒に作ったらしい。『異国の美姫』『美魔女』と謳われるお母様が、たった数十日でずいぶんと家庭的になったものだ。その変化が微笑ましくて、わたくしは咳き込みながらも笑ってしまう。

すると、お母様が慌ててわたくしの背中を擦ってくださった。その声は優しい。

「大丈夫ですよ、ルルーシェ。すぐに良くなりますからね。お父様も明日には戻るそうですから。お土産を楽しみにしていましょう。きっといろんなものを買ってきてくれますわ」

今日から二泊三日の視察にでかけたお父様だが、わたくしが風邪を引いたとのことで急遽一日で切り上げてくることになったらしい。もう、過保護なんだから……。お土産といわれても、そんなもったいないことしないでください。どうせ、あと二十日と少しでいなくなるんですから。

それなのに、お母様はあたたかい声で語り続ける。

「元気になったら、みんなでどこか旅行にでも行きましょうか。お父様の視察についていきましょう。アルジャーク男爵の畑をこの目で見てみたいわ。このお米も男爵が贈ってくれたのだけど、稲穂というものが黄金に輝いて綺麗だという話なの。そんな綺麗な光景なら、ルーファスも連れていきたいわね……修行中でも、ちょっとくらいお休みもらえたりしないのかしら? ルルーシェ、どう思う?」

あぁ、お母様。それはとても楽しそうですわね。ルーファスは……どうなのでしょう? 見聞を広めることは美術的にも良いことだと思うのですが、他のお弟子さんたちの目もありますし……。

でも、わたくしは応えることができない。それは眠いから、身体が辛いからではない。

その未来が現実になる頃――わたくしはもうこの世にいないのですから。

だから、どうか優しくしないで。思わず泣いてしまいそうになるわ。

どうせ、あと二十日少々でいなくなるんですから。

眠いふりをして、わたくしは目を閉じる。

神様がしつこくしつこく顔を覗き込んでくる。

『ねぇねぇ。泣いてる? 泣いてるの?』

『泣いていないですわ!』

『嘘だあ。絶対に泣いてるって!』

今宵ばかりは会いたくありませんでしたのに。

神様に例外などなく、今日も夢でお会いします。夢の中では身体の気だるさや咳などはありません。だけど……気持ち的なものはどうにもなりませんのね。

わたくしは鼻を啜って応える。

『……申し訳ございません。昨日の今日でお茶を用意できませんでしたわ』

『ん? そんなことないと思うよ』

……どういうことですの?

仕方なく顔をあげれば、テーブルの上には小鍋とお椀が。あれは、お母様が作ってくださったものだ。

『せっかくだから食べようよ! 夢の世界じゃお腹にはたまらないけどさ』

ちゃんと味や匂いはするよ、と神様は言う。

そうですよね……昨日の紅茶も美味しかったですものね。気を取り直して、鍋からお椀に注ごうとした時だ。神様が手慣れた様子で、お椀に取り分けてくださる。あら、気が利きますわね。

『ありがと――』

ございます、とお礼を言おうとしたら。

『あーん?』

……これはなんでしょう? 神様がスプーンをわたくしに差し出してきますわ。

その小さな匙の上には、チキンの香りがするとろとろの白い穀物が乗せられていて。

わたくしがぱちくりまばたきしていると、神様は「あ、熱かったね」とそれにふーふー息を吹きかける。そして再び、

『はい。あーん』

神様はにこにことスプーンを差し出してきて。

……まさか、それを食べろと言いますの? わたくし、もう子供じゃありませんのよ?

だけど、神様はまるで挑発するように口角をあげるだけで「あーん」を繰り返すだけ。

これは……遊ばれていますのね⁉ そんなにわたくしをからかいたいんですの?

その勝負――買いますわよ!

わたくしは目を閉じて「あーん」と口を開ける。あー、顔が熱いのは風邪のせいよ! 神様が無茶を言うから、熱が上がってしまったんだわ!

だけど、そっと口に入れられたチキンの風味はとても優しくて。その旨味がすとんと喉を、胸を、お腹を温めてくれる。夢の世界なのに、本当に不思議ね。

わたくしは薄っすら目を開けてみた。すると、神様は次の一匙を用意してくれていた。だから、わたくしは再び口を開けて待ってやる。神様は何も言わず、また「あーん」と食べさせてくれた。

『美味しい?』

『えぇ、さすがお母様ですわ』

『自分のおかげではなくて?』

『あなたはスプーンを持っているだけでしょう? ほら、早く次を寄越しなさい』

『はいはい。ルルーシェ様』

……気のせいかしら。わざとらしい敬称付きとはいえ……初めて名前を呼ばれた気がするわ。

きっと気のせい。余計に熱が上がったのは、気のせいよ!

わたくしは黙って、再び口を開ける。