軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

終章の後 01

緑色の何かはヨイショとイグナシオを引き起こした。

そのまま言葉もなく立ち尽くすイグナシオを余所に、視線を落として彼の捻った足をためつすがめつ確認する。

そして、大丈夫そうだと見て取ったのか、緑色の何かはひとつ頷くと「じゃっ!」と手をあげ、再び木の上に戻って行こうとした。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

その背中にイグナシオは慌てて声をかける。

「………ハイ?」

両手と片足をイチイの枝に引っ掛けたまま、緑色の何かは振り返った。

「君は、ミカエラ……だろう?」

「違います」

「エッ」

「ここんとこの陽気の加減で庭木に湧いたイチイの精です」

「………」

「イチイの精です」

「………成る程」

「ハイ」

呼び止められてトコトコ戻ってきたイチイの精?を前に、イグナシオは声の震えを抑えようと大きく息をつく。

「で、ではイチイの精よ……君にひとつ頼みがある。

……もし君が今後、ミカエラに会うようなことがあれば、私からの言葉を伝えてくれるだろうか………『済まなかった』、と………」

「………?何が済まないんですか?」

首を傾げるイチイの精に、イグナシオは愕然とした。

彼女は………イグナシオの仕打ちに腹を立てていないというのだろうか。

「………何もかもだ。

彼女が父と結託して伯爵家を狙っていると勝手に思い込み、酷い言葉を浴びせ、冷遇したこと……

彼女のことを知ろうともせず、可哀想なのは自分の方だとこれ見よがしに振る舞っていたこと……

執務を彼女に押しつけ、そのことに気づきもしなかったこと……

……そして、3年経ったら持参金も返さず追い出してやろう、平民ごときが名門レイエスに逆らえるはずもないとタカを括っていたこと……

……ハハ、こうして並べると本当にどうしようもないな。

許してほしいわけじゃない。ただ………本当に悪かったと思っていることを………自己満足に過ぎないとしても、一度ちゃんと伝えたかったんだ………」

深く項垂れるイグナシオの前で、イチイの精は困ったようにモサモサする。

「………そういうことなら、あんまり気にしなくて大丈夫だと思います。

平民を人間扱いしないお貴族様なんていっぱいいますし、ずっとそれが当たり前だと思ってましたから。あ、私じゃなくてミカエラ、さんが、ですけど。

むしろ、ソフィア様や婦人会の方々との交流を通して、全部が全部平民を虐げる貴族の方ばかりじゃないってことを知って、そっちの方が驚きだったというか……

あっ、でもイグナシオ様が平民を人間扱いしない方のお貴族様なのはちゃんと承知しています!ですからご心配なく。

どちらにしても、離縁の期限まであと少しですし!」

イグナシオはイチイの精の言葉を聞きながらガクガクする膝を必死で支えていた。

今膝をついてはならない。イグナシオが崩れ落ちれば、ミカ……イチイの精はまた彼を助け起こそうとするだろう。

これ以上彼女に助けてもらうわけにはいかなかった。

そもそもショックを受けて崩れ落ちる権利など、イグナシオには無いのだ。

許してもらえるとは思っていなかった。

それでも、「許さない」と言われた方がよっぽどマシだった。

ようやく自分の過ちに気づいたのに、イチイの精はイグナシオのこれまでのろくでもない振る舞いを「当たり前のこと」だと言う。彼女の知る貴族はほとんどがそういう人間なのだから、と。

そして、彼女にそう思わせてしまったのは他でもないイグナシオ自身でもあるのだ。

「た……しかに、私はそっちの方の『お貴族様』だろう……だが今の私は、そんな自分を恥じているんだ……そういう自分を変えたいとも思っている……

そのことも、機会があったらミカエラに伝えてもらえるだろうか……」

「わかりまし、た……?」

不思議そうに、それでいてどこか心配そうにこちらを伺うイチイの精に胸を痛めながら、イグナシオは言葉を継いだ。

「いずれにせよ、あと少しでこんな情けない男から彼女を自由にしてやれるわけだが…………それまでの間に、何か私にできることがあるだろうか」

イチイの精は考え込む。

「そうですね……じゃあ、フロレンシア様を大切にしてあげてください」

「……!」

「わからないけど、私がフロレンシア様だったら、きっと色々不安だと思うんですよね。

フロレンシア様にとって、この3年間はイグナシオ様からの愛情だけが頼りだったでしょうから」

「わ………わかった………」

苦しげなイグナシオの二の腕を、イチイの精はポンポンと叩いた。

「最近お忙しいんですよね?大変だと思いますけど、次期当主として、ソフィア様や使用人の皆さんのことも大切にしてくれたら嬉しいです。

お庭でコケちゃったことは誰にも言いませんから、イグナシオ様のお身体もちゃんと大切にしてくださいね?」

「あ、ああ。ありがとう………」

「離縁の期限までは、私もしっかり伯爵家をお手伝いしますから。良妻として!」

「……………イチイの精ではなかったのか?」

「あっ、いけね」

イチイの精……ミカエラは、舌を出して笑った。

イグナシオが妻の笑顔を見た、それが最初で最後になった。