軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

78.

帝城の大広間で月に一度開かれる財務会議は、常に重苦しい熱気と、羊皮紙が擦れる乾いた音に支配されていた。

ミシェルは巨大な円卓の末席に立ち、自ら設計した木製の立体パズルや文字合わせの図面を広げていた。

カイウスの脳の発達と論理的思考を促すため、彼女が考案した精巧な知育玩具である。

ミシェルはその開発費および、職人たちへの発注費用としての特別予算を計上するよう求めていた。

「言葉も話せぬ知恵遅れの皇子のために、これほど多額の国費を投じるなど、正気の沙汰とは思えませんな」

口火を切ったのは、恰幅の良い財務卿であった。

保守派の貴族たちがこれに同調し、円卓のあちこちから扇子を叩きつける音や、嘲笑の声が上がる。

「たかが三歳の子供の遊び道具であろう」

「そのようなものに血税を割くくらいなら、我が領地の騎士団の装備を新調した方がよほど有益だ」

彼らはこれを機に、憎き冷徹妃の権力を削ぎ、失脚させようと目論んでいたのだ。

ミシェルは反論することなく、彼らの愚痴が収まるのを静かに待っていた。

議場が静まったのを見計らい、ミシェルは中指で眼鏡のブリッジをクイッと押し上げた。

そして、手元にあった分厚い資料の束を、大理石のテーブルにドサリと叩きつける。

「貴方がたの視座の低さには、毎度のことながら感服いたします」

氷のように冷たく、透き通った声が広間に響き渡る。

貴族たちが眉をひそめる中、ミシェルは淡々と事実を並べ立てた。

「これはカイウス殿下個人のためだけの遊び道具ではありません。現在、帝国全土の孤児院や貧困層において、適切な教育の機会を奪われ、発達の遅れを指摘されている子供たちのための『初期教育支援事業』のテストケースです」

ミシェルは資料をめくり、帝国全土の児童の識字率や、将来的な労働力不足の予測データを次々と開示していく。

「幼少期に適切な知育環境を与えることで、彼らは将来、国を支える優秀な官僚や技術者になり得ます。これは浪費ではなく、十年後の帝国の国益を見据えた不可欠な投資です」

ミシェルは銀色の髪を揺らし、貴族たちをゴミを見るような目で見下ろした。

「未来の貴重な労働力となる人材への育成投資を『無駄』と切り捨てる貴方がたの頭脳こそ、早急にスクラップ処理をして、新しい部品と交換する必要があるのではないですか」

圧倒的なデータと、国全体を見据えた大義名分。

ぐうの音も出ないほどの正論を叩きつけられ、財務卿をはじめとする保守派の貴族たちは、顔を真っ赤にして沈黙するしかなかった。

その痛快なやり取りを、少し離れた上座から見学している者たちがいた。

玉座にふんぞり返る巨大な皇帝ギデオンと、彼の膝の上にちょこんと座っている三歳のカイウスである。

カイウスは、堂々と大人たちを論破するミシェルの凛々しい姿に目を輝かせていた。

言葉の難しい意味は分からずとも、彼女が自分や、自分と同じような子供たちのために戦ってくれていることは伝わっている。

小さな両手をぎゅっと握りしめ、こくこくと深く感心するように何度も頷いていた。

その様子を見たギデオンは、得意げに鼻を鳴らし、分厚い胸板を張った。

「どうだ、美しいだろう」

ギデオンが低く囁くと、カイウスは弾かれたように振り返り、嬉しそうにこくりと頷いた。

自分のことのように自慢げな皇帝に対し、カイウスは純粋な尊敬の眼差しを向ける。

しかし、ギデオンは突然真剣な顔つきになり、眉間に深いシワを寄せた。

「だがいいか。アレは俺の女だ」

ギデオンは太い指でカイウスの小さな鼻先をツンと突き、容赦のない低い声で牽制を入れる。

「俺が世界で一番愛している女だからな。お前がどれだけ懐こうと、絶対に譲ってやらんからな」

カイウスはきょとんと目を丸くし、不思議そうに首を傾げた。

「……三歳児と張り合っているですぅ」

玉座の後ろで控えていた副官のティルが、顔を引きつらせて深い深いため息をつく。

国境を越えた壮大な愛と予算を語る冷徹妃と、三歳児相手に本気で嫉妬心を燃やす巨大な皇帝。

帝国の未来は、今日も騒がしくも盤石であった。