軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

07.

翌朝。

ミシェルは、ギデオンと共に朝食の席についていた。

テーブルには、彼女が昨日の監査で勝ち取った「温かいコンソメスープ」と「焼きたてのクロワッサン」が並んでいる。

湯気の立つスープを一口啜る。

五臓六腑に染み渡る旨味。ミシェルは幸福感に包まれ、ほう、とため息を漏らした。

「美味いか」

「はい。この温かさこそ、文明の味です」

向かいの席でコーヒーを飲んでいたギデオンが、またしても書類の束を取り出した。

ドサリ、とミシェルのクロワッサンの横に置かれる。

「では、代金を払ってもらおうか」

「……朝食の最中なのですが」

「今日の御前会議の資料だ。議題は『北方遠征の補給問題』。食後にこれを持ってついてこい」

「……はい」

ミシェルは素直に頷き、片手でクロワッサンを齧りながら、もう片方の手で資料をめくり始めた。

優雅な朝食は、一瞬にしてパワーブレックファストへと変貌した。

だが、ミシェルに不満はない。タダ飯に対する対価としては妥当な業務量だ。

食後、ミシェルはギデオンに連れられ、帝城の最深部にある大会議室へと足を踏み入れた。

そこには、歴戦の将軍たちや、恰幅のいい大臣たちがずらりと並んでいた。

ミシェルが入室した瞬間、彼らの視線が突き刺さる。

露骨な侮蔑と、嘲笑の色。

「……おい、あれは隣国から来た王女ではないか」

「ああ、例の『加護なし』か。無能な人質を軍議に入れるなど、何を考えておられるのか」

ひそひそと囁かれる悪意。

だが、ミシェルは動じない。むしろ、どこか懐かしさすら感じていた。

(ああ、こっちでもそういう認識ですね。了解です)

前世のブラック企業でも、新人や派遣社員というだけで見下されていた。場所が変わっただけで、やることは変わらない。

ミシェルは無表情のまま、ギデオンが顎で示した末席にちょこんと座った。

会議が始まる。

そして、地獄が始まった。

「兵糧が足りん! 北方の寒さを舐めるな! 兵士に雪でも食わせろと言うのか!」

髭面の将軍がテーブルを叩いて怒鳴る。

「無い袖は振れませんな。軍部は予算を使いすぎです。これ以上の増税は国民の反発を招きますぞ」

財務大臣が冷ややかに返す。

「なんだと! 国を守っているのは我々だぞ!」

「金がなければ剣も振れんでしょうが!」

怒号の応酬。

中身がない。

「足りない」「金がない」を繰り返すだけで、具体的な解決策が一つも出てこない。

開始から二時間が経過しても、議論は平行線を辿っていた。

ミシェルは虚ろな目で天井を見上げた。

前世のトラウマが蘇る。

平社員だったあの頃、偉い人たちが何も決めずに時間を浪費するのを、ただ黙って見ているしか許されなかったあの無力感。

だが、今は違う。

(……眠い。帰りたい。帰って二度寝したい)

ミシェルのイライラが限界に達しようとした、その時だ。

ギデオンがスッと手を挙げた。

「おい」

「……どうなされた、『若君』?」

将軍の一人が、ギデオンをそう呼んだ。

陛下、ではなく、若君。

帝国では先代皇帝が急逝し、ギデオンが若くして即位したばかりだ。古参の幹部たちの中には、彼を「経験不足の若造」と侮っている者も多い。

その空気を察しつつ、ギデオンは不敵に笑い、隣のミシェルを指差した。

「補佐官から何か話があるようだ。聞け」

「は? 補佐官……その小娘がですか?」

全員の視線がミシェルに集中する。

ミシェルはギデオンをジトリと睨んだ。(私に丸投げしましたね?)という視線だ。

だが、ギデオンは「やれ」と目で命じるだけ。

仕方ない。ミシェルはため息をつき、立ち上がった。

「あくびが出そうなので、手短に言いますね」

可憐な声が、会議室に響いた。

将軍たちが色めき立つが、ミシェルは構わずにテーブルの上の地図を指差した。

「食料が足りないのではなく、腐らせているだけです。現在の陸路ルートでは、南の倉庫から北へ運ぶ間に、湿気と振動で三割の小麦粉が廃棄されています。これは無駄です」

「なっ……子供が知ったような口を!」

「運搬ルートを、こちらの運河を使った水路に変えてください。船なら揺れも少なく、大量輸送が可能です。時間は半分、廃棄率はほぼゼロになります。これで増産せずとも食料は足ります」

将軍が口をパクパクさせる。

だが、ミシェルは止まらない。次は財務大臣に向き直る。

「大臣。予算がないと仰いますが、軍部の在庫管理が杜撰すぎます。予備の剣や槍を、必要数の二倍も発注していますね? 整備不良の言い訳に新品を要求するのをやめさせれば、予算は二割浮きます。その分を輸送費に回せば解決です」

ミシェルは朝食の間に読み込んだ資料を叩いた。

「数字は嘘をつきません。感情論で喚く前に、在庫管理システムを導入してください。以上、解決策の提示でした」

シーン、と会議室が静まり返る。

反論しようとした将軍たちだが、具体的な数字と 事実(エビデンス) を突きつけられ、ぐうの音も出ない。

あまりに正論。あまりに合理的。

それを、侮っていた「無能な小娘」に淡々と言い放たれた屈辱と衝撃。

沈黙を破ったのは、ギデオンの笑い声だった。

「……だ、そうだ。反論はあるか?」

誰も口を開かない。

いや、開けないのだ。若君と侮っていた皇帝が連れてきた懐刀に、完全に急所を刺されたのだから。

「よかろう。今の案を採用する。水路の手配と在庫の棚卸しを直ちに行え」

ギデオンが立ち上がり、会議の終了を告げた。

ミシェルは「やっと終わった」と安堵の息を吐き、優雅に一礼した。

「では、解散。お疲れ様でした」

颯爽と退室するミシェルの背中を、おっさんたちは呆然と見送ることしかできなかった。

ギデオンだけが、愉快でたまらないといった顔で、彼女の後を追う。

この日、帝国の意思決定速度は、劇的に加速したのだった。