軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

19.

執務室にて。

ミシェルは、近衛騎士団と文官たちの勤務データを集計したレポートを睨み、小さく溜息をついた。

「……異常ですね」

「何がだ」

「城内の業務効率が著しく低下しています。近衛騎士の巡回速度が一五パーセント低下、文官の書類作成ミスが二〇パーセント増加。……明らかにたるんでいます」

ギデオンは不機嫌そうにペンを置いた。

「ほう。全員クビにして、総入れ替えするか?」

「いいえ。彼らの視線の動きや動線ログを解析した結果、ある『特定の人物』と接触した直後にパフォーマンスが低下していることが判明しました」

ミシェルは一枚の報告書をデスクに置いた。

そこに記されていた名前は、先日、聖王国から親善大使として送り込まれてきた聖女、アマンダだ。

表向きは両国の友好のための滞在だが、その実態は「歩く精神汚染源」だったようだ。

「……なるほど。俺の庭で害虫が湧いたか」

ギデオンの瞳が冷ややかな光を帯びる。

聖王国は、経済制裁も予言も失敗し、なりふり構わず「ハニートラップ」を仕掛けてきたということだ。

「ミシェル、連れて来い」

「はいはい。すぐに捕獲してまいります」

ミシェルは業務的に返事をし、部屋を出て行った。

数分後。

ミシェルに連行され、聖女アマンダが執務室へと入ってきた。

ふわふわとしたピンクブロンドの髪に、あどけない顔立ち。

彼女はギデオンを見るなり、これを好機と捉えたのか、瞳を潤ませて駆け寄ろうとした。

「ああ、陛下……! お会いしとうございました」

アマンダから、甘ったるい香りと、ピンク色の燐光のようなものが立ち上る。

彼女の固有スキル『聖女の魅了』だ。

これを受けた者は思考能力を奪われ、彼女に好意を抱く操り人形と化す。

「こんな冷たい場所で、地味な女に毒されて、お心が休まりませんわね。さあ、私の瞳を見て……私が癒やして差し上げます」

アマンダは上目遣いでギデオンを見つめ、魔力を解放した。

だが。

「……で? 何をしている」

ギデオンは頬杖をついたまま、ゴミを見るような目でアマンダを見下ろしていた。

微動だにしない。

呼吸も、脈拍も、表情一つ変わらない。

「えっ……? な、なぜ効かないの!?」

アマンダが凍りつく。

今までどんな男も落としてきた絶対の自信が揺らぐ。

狼狽える聖女の横から、ミシェルが淡々と歩み出た。

「無駄ですよ。対策済みですので」

「は……?」

ミシェルはギデオンの胸ポケットから、一枚の紙片を取り出し、アマンダに見せつけた。

それは、真っ黒に変色していた。

「陛下にお持ちいただいていた『対状態異常・検知札』が黒く反応していますね。やはり、貴女のそれは『精神汚染系の毒』と同じ波長です」

「はあ!? 私の神聖な魅了が、毒と一緒だと言うの!?」

アマンダが金切り声を上げた。

愛の奇跡を毒扱いされ、プライドが許さなかったのだろう。

しかしミシェルは、冷静に事実を突きつける。

「思考能力を奪い、判断を鈍らせ、対象を依存させる。症状としては神経毒や麻薬中毒と同じです。……あたしの魅了が毒と一緒だと言うのか、ですか? ええ、一緒ですね」

「なっ……!」

「間抜けは見つかったようですね。……衛兵、捕縛を」

ミシェルが指を鳴らすと、控えていた衛兵たちが雪崩れ込み、アマンダを取り押さえた。

「ち、ちが……放しなさいよ! 私は聖女よ! 愛を振りまいただけよぉぉ!」

「他国の元首に対し、無許可で精神干渉魔法を行使した時点で、それは愛ではなく『テロ行為』です。地下牢で頭を冷やしてください」

泣き叫ぶアマンダが引きずり出されていく。

再び静寂が戻った執務室で、ギデオンがニヤリと口角を上げた。

「……よくやった、ミシェル。期待以上の働きだ」

その笑顔は、実に凶悪で、かつ満足げだった。

彼としては、ミシェルが自分のために完璧な対策を講じ、害虫を排除してくれたことが嬉しくてたまらないのだ。

(……やれやれ。あの悪い笑顔)

しかし、ミシェルは溜息をついた。

(聖王国との交渉で、今回のテロ未遂をネタに、いくら賠償金をふんだくろうかと計算している顔ですね。商魂がたくましいことです)

「では陛下、これより聖王国への請求書の作成に入ります。慰謝料込みで、国家予算の三年分ほど吹っ掛けましょうか」

「……あ、ああ。好きにしろ」

ギデオンは少しだけ肩を落としたが、すぐに気を取り直し、頼もしすぎる「相棒」との残業に戻るのだった。