軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

17.

その日、ミシェルの元に、古参貴族の筆頭であるバルガス侯爵夫人から、茶会の招待状が届いた。

仰々しい筆致で「親睦を深めたい」とあるが、その実態は「加護なしの成り上がり」への牽制とマウントであることは明白だ。

「……茶会。世界で一番生産性のない時間ですね」

ミシェルは招待状をゴミ箱へ放り込もうとしたが、ギデオンがそれを片手で止めた。

「行け。バルガスには巨額の『使途不明金』がある。茶会はその屋敷で行われるんだろう? ……わかるな?」

ギデオンは懐から、一通の書類を取り出した。

皇帝の署名が入った「特別監査委任状」だ。

「……承知いたしました。では、お茶ではなく『監査』に行ってまいります」

ミシェルは口元だけで薄く笑い、その書類を鞄に収めた。

バルガス侯爵邸のサロンは、見たこともないような豪華な調度品で溢れ返っていた。

集まった貴婦人たちは、入室したミシェルを扇子の陰から嘲笑う。

「あら、なんて地味なドレス。宝石のひとつもお持ちでないの?」

「加護のない平民上がりには、この最高級の紅茶の香りも猫に小判でしょうけれど」

夫人は勝ち誇った顔で、ミシェルにカップを勧めた。

ミシェルは動じず、逆に部屋の中を見回して問いかける。

「素晴らしいお茶ですね。……ところで、この茶葉の購入費は『会議費』として経費計上されていますか? それとも家計ですか?」

「は、はぁ? 何を言って……」

夫人が眉をひそめた瞬間、ミシェルは懐から委任状を取り出し、冷徹に告げた。

「本日これより、特別監査を行います。当家に脱税および公金横領の疑いがあります。……今すぐ帳簿をお出しください」

サロンの空気が凍りついた。

夫人が悲鳴のような声を上げる。

「な、何を言っているの! ここは侯爵家よ! 帳簿なんて……そ、そんなもの、ここにはないわよ!」

「そうですか。では、私が直接探させていただきます」

ミシェルは足音を立てずに部屋の中を歩き始めた。

前世の記憶が蘇る。

かつて勤めていたブラック企業で、経費を横領していた部長も、監査が入った瞬間に同じ反応をしていた。

人間は、後ろめたいものがある時、無意識に「隠し場所」を確認してしまう生き物だ。

(……さて、どこを見ますか?)

ミシェルはあえて、壁にかかった巨大な肖像画に近づく素振りを見せた。

瞬間、夫人の視線が激しく泳ぎ、暖炉の上に置かれた「大きな飾壺」に吸い寄せられるのを、ミシェルは見逃さなかった。

「……なるほど。あちらですか」

ミシェルは肖像画を通り過ぎ、迷わず暖炉の上の壺に手を突っ込んだ。

二重底の手応え。引きずり出したのは、黒い革表紙の分厚い帳簿だった。

「ひっ……!」

「……やはり。二重帳簿ですね。実際の売り上げの四割を隠蔽し、道路整備予算を流用しています」

パラパラとページをめくり、動かぬ証拠を確認する。

その時、扉が乱暴に開かれ、当主であるバルガス侯爵が飛び込んできた。

「貴様! 我が家で何をしている!」

「監査です。……侯爵、これが貴方の『裏の顔』ですね」

ミシェルが黒い帳簿を突きつけると、侯爵の顔から血の気が引いた。

「な、なぜ場所がバレた!? 絶対に見つからないはずの……!」

「そちらの奥様が、視線で丁寧にお教えくださいましたよ」

ミシェルが淡々と告げると、侯爵は怒りで顔を真っ赤にして夫人を怒鳴りつけた。

「ばっ、馬鹿者ォォォ!! 何をやっているんだ貴様はぁ!!」

「あ、あなただって! 私に管理を押し付けたじゃない!」

先ほどまでの優雅さは消え失せ、夫婦による醜い責任のなすりつけ合いが始まった。

やがて、逃げ場がないと悟った二人は、ミシェルの足元に縋り付く。

「か、勘弁してください! 魔が差したんです!」

「先ほどのご無礼をお許しくださいぃぃ!」

「……感情的な謝罪は不要です。法廷で申し開きをしてください」

ミシェルは冷ややかに見下ろした。

サロンを出たミシェルは、通信用魔道具を取り出し、ギデオンへの回線を繋いだ。

『……どうだった』

「黒でした。決定的な証拠(二重帳簿)を確保しましたので、至急、憲兵隊を派遣してください」

『ふっ……やはりお前は役に立つな』

水晶の向こうで、ギデオンが満足げに笑う気配がした。

『……それより、怪我はないか?』

「は? ありませんが」

『そうか。いや、あの夫人はヒステリーで有名だからな。何かされたら、俺が直接……』

「いえ、喚いていただけですので無傷です。……用件はそれだけですか?」

『え? あ、ああ……』

「では、失礼します」

ブツッ。

ミシェルは躊躇なく通信を切った。

無駄話をしている暇はない。今は一刻も早く、この証拠書類を整理し、告発状を作成しなければならないのだ。

主君が通信の切れた水晶を見つめ、深いため息をついていることなど、知る由もなかった。