軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

14.

その日の執務室は、いつになく華やかで、かつ殺伐としていた。

ギデオンのデスクの上には、色とりどりのリボンで飾られた羊皮紙や、甘ったるい香水の匂いが染み付いた手紙が山のように積まれているからだ。

「……どいつもこいつも。俺を発情した猿か何かだと思っているのか?」

ギデオンは不機嫌そうに、目の前の釣書(お見合い写真)を指先で弾き飛ばした。

ミシェルは主君のために紅茶を淹れながら、淡々と答える。

「周辺諸国からの婚姻の打診ですね。帝国の財政が回復したことを聞きつけ、急に色めき立ったようです」

「ふん。どうせ『操りやすい愚帝』へのスパイだろう」

ギデオンは鼻を鳴らして嘲笑した。

諸外国にとって、加護を持たない「無能な 女(ミシェル) 」を最側近に置くギデオンは、女にうつつを抜かし、真の無能を見抜けぬ愚かな皇帝に見えているらしい。

だからこそ、見た目の良い「加護持ち」の姫君を送り込めば、簡単に篭絡できると踏んでいるのだ。

「見るだけで吐き気がする。……ミシェル、お前が選べ」

「私が? 皇后選びですよ?」

ミシェルは少し驚いたように瞬きをした。

一国の主の伴侶を選ぶ権利を、一介の補佐官に委ねるなど前代未聞である。

「俺の隣に立つ人間に必要な資質を、一番理解しているのはお前だ。……スパイごときに寝首をかかれたくない」

(まあ、加護のない女を世間は正妃と認めないでしょうし、ちゃんとした妃は必要ですね)

ミシェルはその言葉を、愛の告白ではなく「最高レベルのセキュリティ業務」として受理した。

彼女は山積みの釣書を抱え上げ、冷徹な目で告げた。

「承知いたしました。では、候補者の『適性検査』および『身辺調査』を行います。帝国の国益を損なう不純物は、私がすべて排除いたします」

数日後。

ミシェルは候補者たちと優雅にお茶会をする……ことなど一切せず、執務室に籠もって情報収集に没頭していた。

独自のコネクション、商人のネットワーク、そして「影(諜報員)」の報告書を突き合わせ、候補者たちの「裏の顔」を徹底的に洗う。

(……極東ヒノコクの令嬢A。浪費癖あり。本国の宝石商に未払いのツケが山積。帝国の国庫を目当てにしている可能性大)

(……王国の第三王女B。純朴を装っているが、裏で反帝国派の貴族と頻繁に接触。ハニートラップ要員として確定)

ミシェルは感情を挟まず、次々と釣書を「不採用(シュレッダー行き)」の箱へ放り込んでいった。

そんな中、執務室の扉が乱暴に開かれた。

現れたのは、隣国の有力貴族の娘、クロアだ。自信に満ちた美貌を誇る彼女は、ミシェルを見るなり柳眉を逆立てた。

「ちょっと! どういうことなの!」

「……何か御用でしょうか、クロア様。現在は選考期間中ですが」

「陛下にお会いしたいと言っているのよ! なぜ貴女のような地味な女が取次を拒否するの? 嫉妬? 見苦しいわよ!」

クロアは扇子を広げ、勝ち誇ったように笑った。

「陛下も、貴女のような加護のない無能より、美しい私の方が良いに決まっていますわ。さあ、そこを退きなさい!」

喚き散らす令嬢に対し、ミシェルは表情一つ変えずに手元の書類を一枚抜き取って突きつけた。

「嫉妬などしておりません。……クロア様。貴女、本国の裏カジノにて、巨額の負債を抱えておいでですね」

「なっ……!?」

「さらに、その借金の肩代わりを条件に、帝国軍の機密情報を流すよう、本国の宰相と密約を交わしている。……違いますか?」

ミシェルの提示した書類には、クロアが隠していた「不都合な真実」が詳細に記されていた。

クロアの顔から血の気が引いていく。

「な、なぜそれを……」

「当国の皇后の座は、貴女の借金を返済するためのATMではありません。……以上、調査報告でした。衛兵、彼女を国外へ退去させてください」

「ま、待って! 嘘よ! 陛下ぁぁぁ!」

クロアは泣き叫びながら、衛兵たちに引きずられていった。

執務室に再び静寂が戻る。

「……で、結果はどうだ」

騒ぎを聞きつけたのか、奥の部屋からギデオンが顔を出した。

ミシェルは空になった机と、満杯になったゴミ箱を示して報告した。

「全滅です。セキュリティクリアランスを通過できる、潔白で有能な人材は一人もおりませんでした」

「そうか。残念だな」

ギデオンは全く残念そうではなく、むしろ満足げに口元を歪めた。

「まあ、予想通りだ。おまえのおかげで、阿呆を炙り出すこともできた」

(ああ、やっぱりそういう意図もあったのね)

やはり陛下は合理的だ、とミシェルは一人納得する。

ギデオンはそんな彼女に意味深な視線を向けた。

「俺の背中を預けられるのは、今のところ世界で一人だけのようだがな」

その瞳には確かな熱がこもっていたが、ミシェルは書類を整えるのに忙しく、気づくことはなかった。

「ええ。人手不足は深刻ですね。……では陛下、婚活は諦めて残業をしましょう」

「……ああ、そうだな」

こうして、他国からの「お妃選び(スパイ潜入作戦)」は、優秀すぎる採用担当官によって未然に防がれたのだった。