作品タイトル不明
104.
王城の中庭には、初夏の強い日差しが降り注ぎ、乾いた土埃の匂いが立ち込めていた。
グレースによる帝国軍の特訓は、これまでの常識を覆すものであった。
彼女は兵士たちにただ闇雲に木刀を振らせるような、非効率な真似はさせない。
「いいかい。お前たち、ただ汗を流せば強くなれるなんて思うんじゃないよ」
「一人ひとりの骨格や筋肉の付き方を見て、それに適した武器を選び、適性に沿った訓練をするべきだ。それが一番の近道なんだよ」
グレースは腕を組み、岩石のような巨体を揺らして論理的な指導方針を語る。
マルコーが額の汗を拭いながら、不思議そうに首を傾げた。
「しかし、グレース様。兵の隠れた適性を、外見だけで正確に見抜くのは至難の業かと存じますが」
「わかるんだよ。ワタシには『鑑定眼』があるからね」
グレースがあっさりと放った爆弾発言に、その場にいた全員の動きがピタリと止まった。
誰よりも早く反応したのは、視察に訪れていたミシェルであった。
常に氷のように冷たく、感情を表に出さない冷徹妃が、眼鏡の奥の瞳を限界まで見開いて驚愕している。
「そんなに驚くことか」
隣にいたギデオンが呑気に首を傾げた瞬間。
ぺちっ、と丸めた書類の束が覇王の分厚い額にクリーンヒットした。
「痛いっ。なぜ叩くのだ、ミシェル」
「馬鹿ですか、貴方は。鑑定眼は、国家の行く末を左右するほどの神スキルなのですよ」
ミシェルはギデオンを鋭く睨みつけた後、すぐさまグレースのもとへと早足で歩み寄った。
「鑑定眼持ちでしたか。わたしの収集したデータにも、一切記載されていませんでした。それは存じなかった」
「ああ。面倒ごとに巻き込まれるのが嫌で、ずっと隠していたからね。親父以外、誰にも言ってないんだよ」
グレースが頭を掻きながら答えると、ミシェルはふうっと深く息を吐き出した。
そして、かつてないほど熱を帯びた瞳で、グレースの大きな両手をきつく握りしめる。
「素晴らしいです。貴女のその眼があれば、人材の適材適所が完璧に実現し、帝国の生産性は飛躍的に向上します」
「そ、そうかい」
「ええ。わたしのボディガードという枠に収まらない、最高の宝です。本当に、本当にありがとうございます、グレース」
ミシェルは普段の冷徹さを忘れ、珍しく上気した顔で何度も感謝の言葉を繰り返す。
無能な貴族たちを切り捨ててきた彼女にとって、人材の適性を一瞬で見抜くスキルは、まさに喉から手が出るほど欲しかった能力なのである。
その光景を後ろから見ていたギデオンが、面白くなさそうに唇を尖らせた。
「むぅっ。くそ。俺もミシェルから、あんなに感謝されたいぞ」
覇王らしからぬ嫉妬に塗れた呟きが漏れる。
すかさず、飛んできた書類の束が再びギデオンの額を弾いた。
「あいたっ」
「はぁ……。本当に、貴方という人は」
ミシェルが深くため息をつき、呆れたように肩をすくめる。
最強の盾がもたらした予想外の恩恵に、王城の中庭はかつてないほどの活気と、少しの騒がしさに包まれるのであった。