軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十三話 形勢の天秤

ガルドラットが駆け込んだ直後、ブラクルの胴体が横に断ち切られた。

ブラクルの横にいたテロープが両前足を切断されて前のめりに地面を転がり、ガルドラットがさらに踏み込んでいく。

刃を纏う旋風のように、ガルドラットは瞬く間にブラクルとテロープの群れを左右に分かちながら、跳ね橋の防衛隊へと突き進む。

ブラクルやテロープも何もしなかったわけではない。指揮官であるブラクルが白磁の壁を乱立させて仲間に波状攻撃を命じているのが動きで分かる。防衛隊との連携が回復される危険性を誰よりも理解しているのだ。

しかし、波状攻撃を仕掛けようにもガルドラットがあまりにも強すぎた。もともとカウンターを得意とするシローズ流だけあり、四方八方から攻められても技は乱れるどころか冴えを見せる。

押し切れずにいたジャッギ達下位冒険者が歓声を上げた。

「ガルドラットさんの後に続け! 穴をこじ開けろ!」

ジャッギが号令をかけると下位冒険者たちが一丸となってガルドラットが切り開いた道へとなだれ込む。

こちら側の騒ぎが届いたのか、跳ね橋に押し込まれていた防衛隊側も気勢を上げたのが分かる。

駆け寄る足音を聞いて、リオは額の血を拭って両目の視界を確保し、音へと顔を向ける。

「リオ! 怪我、治さないと」

リオを見て顔を青ざめさせるシラハに、リオは軽く手を振って無事をアピールする。

「慌てなくていい。骨も折れてない。額を切って派手に出血しただけだ。傷を押さえたいからハンカチを貸してくれない?」

「動かないで」

肩を押さえられて座らされたリオは額の傷にハンカチを押し当てられる。

ガルドラットを追いかけてきたらしいギルドの若手職員たちが救急箱をもってこちらに向かってくるのが見えた。

ガルドラットの乱入で形勢は完全に人間側に傾いた。防衛隊の様子が分からないものの、退路が確保されれば持ち直すだろう。

一安心だとリオはため息をつきかけて、若手職員たちの表情に違和感を覚える。

何かを焦っているように見えたのだ。

想定以上に怪我人が多くて慌てているのかと思ったが、その視線はガルドラットにばかり向いている。

「あの、どうかしたんですか?」

尋ねると、救急箱をもってリオを治療しようとしていた若手職員が泣きそうな顔で口を開いた。

「ガルドラットさん、首輪をつけたままなんです」

「……え?」

リオは慌ててガルドラットを見る。

ブラクルやテロープを斬り伏せながら走り続けているガルドラットの首には確かに、奴隷の首輪がついていた。乱暴に叩き切ったらしき鎖が揺れている。

すれ違った時は片目だったためよく見えなかったが、奴隷の首輪は発動状態だ。

「あの首輪って、訓練場から離れるほど首が締まるんじゃ……」

「身体強化で無理やり抗ってるんです。私たちが気付いたのもガルドラットさんが訓練場を飛び出してからで」

「なんで外さなかったんですか!?」

「直前まであんなに落ち着いていた人が鐘の音一つで豹変するなんて思いませんよ!」

ガルドラットは防壁上にテロープ達の奇襲が決まった際に町のあちこちで鳴らされた鐘の音で緊急事態を知ったのだろう。

それで居ても立ってもいられなくなって訓練場を飛び出した。

シラハが救急箱から勝手に包帯を取ってリオに巻きながら若手職員に質問する。

「解除の方法は? 鍵とか?」

「魔法がかかってるので解除の儀式が必要です。半刻ほどかかるので待てなかったのかと」

確かに、ガルドラットの到着が半刻遅れていればリオは確実に死んでいただけでなく、跳ね橋上の防衛隊も壊滅していた。

ガルドラットの判断は英断と言っていい。

だが、その場しのぎだ。

リヘーランの冒険者たちにとってガルドラットは精神的な支柱であり、実際に最強の戦力だ。ガルドラットが戦局を左右するほどに。

そんなガルドラットが倒れたら、士気が崩壊する。持ち場を離れることはないとしてもかなり苦しい戦いになるだろう。

リオは改めて戦場へと視線を向ける。

ブラクルやテロープの群れを割って進むガルドラットの向こうに防衛隊が見え隠れしている。ガルドラットを頂点に三角形に広がったジャッギ達が退路を確保しており、防衛隊も跳ね橋の付け根、防壁の下まで追い詰められていたことからガルドラットたちと合流して態勢を立て直すつもりでいるらしい。

ブラクルやテロープも挟み撃ちを中止して防壁上へと戻り始めている。リオの推測とは少々異なり、ブラクルの黒い蝋を壁に吹き付けて即席の足場を築き、そこをテロープが昇っていく。

防壁の上にいた魔法使いや狩人はほぼ壊滅状態だ。ヨムバンの姿が見えなくなっており、僅かな前衛の先頭に仕込み杖を振るう老人の姿がある。

リオは眉をひそめて白いテロープの姿を探す。

指揮官のブラクルをリオが仕留める直前に現れたほどに戦局把握に余念がないあの白いテロープの出方が気になったのだ。

「……待ってやがる」

防壁上からガルドラットを見下ろす白いテロープの姿があった。戦場の風にふわふわな白い体毛をなびかせ、殺意を宿した瞳で戦場を冷徹に俯瞰している。

白いテロープの後ろには指揮官のブラクルや体格が他よりも優れているテロープ達とそれにまたがる無駄な動きをしないブラクルたちが控えていた。

ガルドラットがもう長くないことを理解し、決定的な戦力を温存しているのだ。

ついにガルドラットが防衛隊と合流する。

歓声を上げる防衛隊を無視して一気に跳ね橋を走り抜け、跳ね橋の向こう側へと到着したガルドラットが剣を水平に構えて仁王立ちする。

訓練場で見た、ガルドラットの主ナック・シュワーカーが最期に振るった技の構え。

跳ね橋を背に不退転の覚悟を示すガルドラットを見て、防衛隊とそれに合流したジャッギ達が急いで態勢を整え始め、余裕のある者たちが防壁上との合流を図って階段を駆け上っていく。

白いテロープは人間側の動きを見下ろして、一鳴きした後身をひるがえし、防壁の外へ消えた。ブラクルの指揮官たちが後に続き、防壁から撤退していく。

勢いづく冒険者たちに対して、テロープ側は極めて冷静な動きをしている。

今ぶつかり合うよりもガルドラットが力尽きるのを待てば勝てると白いテロープは判断したのだろう。防壁の上の魔法使いや狩人を壊滅させた以上、防壁を死守する意味も薄い。

防壁に上った冒険者たちが外を見下ろしてすぐに防壁の上を走り始める。テロープが再度、各方面から防壁上へ奇襲を駆けてくる可能性があるため、戦力を分散するしかない。

なにより、戦闘中で余裕がない冒険者たちは圧倒的な実力者であるガルドラットを心配しておらず、その首についている奴隷の首輪が起動していることにも気付いていない様子だった。

もっとも、気付いたところで手の打ちようがない。ガルドラットが抜ければ戦線は崩壊する。

それを理解しているからこそ、ギルドから追いかけてきたらしい若手職員たちも声をかけることすらできないのだから。

防衛隊から続々と怪我人が運ばれてくる。重傷者が多く、若手職員がそちらの救助に駆けて行った。

シラハが包帯を巻く手を止めてリオを見る。

「……何考えてるの?」

――最期の時間が迫っている。

「リオ、剣を放して」

――体は激痛を訴えている。

ガルドラットが長くないと悟ったのか、白いテロープたち精鋭が防壁の外に集結し、突撃を始めた。

ガルドラットは構えをそのままに態勢を立て直しつつある防衛隊の生き残りを振り返り、満足そうに笑った。

その笑顔を遠目に見て――リオの頭に血が上る。

「――リオ!?」

シラハの手を払いのけ、リオは剣を片手に駆けだした。