軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十六話 陽炎

如何なる流派にも歴史があり、開祖から連綿と積み上げて研鑽し、共有し、最適化していった技術で成り立っている。

我流には歴史がない。

何者も歩んだことのない歴史を作り出し、技術を生み出す。

付け焼き刃だと、他人は言う。

単なる思い付き。大成しない絵空事。

何者も歩んだことがないのは、歩む意味がなかったからだと。

「……ははっ」

リオは笑って、逃げるのをやめた。

付け焼き刃だと、リオも認める。

思い付きの絵空事だと、リオも認める。

だが、自分には歩む意味があるのだ。

歩んできた短い歴史があるのだ。

その歴史には、圧倒的な格上を相手に一本取った記憶が確かにあるのだ。

曲芸のような魔法斬りは剣士相手に意味がない?

――意味を持った一刀が、リオの記憶にはある。

リオは鞘に入ったままの神剣オボフスを腰に当て、鞘を左手で握る。鞘を透過できる神剣オボフスだからこその抜剣の姿勢で、リオは静かに一歩を踏み出した。

獰猛に距離を詰めてくるミュゼに対して、あまりにも静かな一歩だった。

ミュゼもリオの姿勢や心構えの変化には気付いている。それでも、距離を詰めなければ姿を隠したまま機を窺っているシラハの魔法が飛んでくる。

そもそも、この土壇場での思い付き、付け焼き刃の何かなど、対処できる自信があった。

リオを間合いに捉え、ミュゼは剣を振りぬく動きに合わせて納めたままだった鞘をリオに投げ飛ばした。

確実に斬る。そのつもりでミュゼは抜身の剣を上段に構え、リオを見据えて――その姿を見失った。

消えたのではない。空気が揺らぎ、リオの輪郭をぼかし、溶かし、体勢すら分からないほどに屈折している。

――リオは陽炎に消えていた。

「馬鹿がっ」

ミュゼは悪態吐き、急速離脱を図る。

リオが何をしたのか、ミュゼは理解できていた。

リオは以前、シローズ流の使い手、リヘーラン冒険者ギルド最強の剣士ガルドラットにつけられた奴隷の首輪を破壊した。

圧倒的な格上であるガルドラットの首にその剣を届かせたのは、魔法斬りと同じもの。身体強化魔法の限界突破を腕で行い、立ち昇った余剰魔力で行動の起こりや剣の軌道を読ませない技だった。

その技を、リオはいままさに全身で行ったのだ。

放出された余剰魔力は爆発的に広がり、リオの周囲を陽炎に包んだ。

常人なら、限界突破した身体強化など体を壊すだけだ。そもそも、全身で限界突破など、剣の才能がある者ならば数秒で魔力を使い尽くすだろう。

まして、その状態で動き回り、陽炎を自分の領域としてさらに広げていくなど正気とも思えない。

決死の覚悟でも自滅するだけの、技にもなれないその技術を、リオは才能がない故に技として昇華した。

陽炎の塊が離脱を図るミュゼに直進する。

体勢が見えない。斬撃がどう飛んでくるか分からない――不可視の斬撃。

神剣オボフスは今もなお鞘に入ったままか?

もしも、鞘に納められているならば透過能力を発動できる――不可視にして防御不可の打撃。

リオの身軽さと速さを追及して研鑽された我流剣術は逃げることを許さない――視えず防げず逃がさぬ一撃。

立ち向かうことを強要させている。

あらゆる状況での突発的な戦闘を想定する喧嘩殺法の異伝エンロー流ですら、想像の埒外にある異質な剣術が――陽炎が迫る。

ミュゼも考えなしに離脱を図ったわけではない。陽炎となった余剰魔力がわだかまる空間から誘いだせば、リオの姿がおぼろげにでも見えると思ったのだ。

だが、見えない。

ミュゼが取れる手段は一つだけ。

リオの反応速度よりも早く、陽炎の塊ごとリオを斬り伏せるしかない。

「くそが――っ!」

ミュゼは全身の強化を無理やり引き上げ、身体強化の限界発動を試みる。慣れない強化で骨が軋むような嫌な音を立てた。

才能があるからこそ、ミュゼの限界発動は長く続かない。魔力の消耗が激しすぎる。

だが、消耗に見合った効果はある。ただでさえ格上の身体能力が、限界発動により隔絶した差を生み出した。

放てる最速の一撃を。

ミュゼは陽炎の塊へと踏み込み、渾身の力で剣を真横に振りぬく。

陽炎が揺らぐ。

陽炎に腕が入った瞬間、ミュゼの脳裏に懐かしい感覚が揺らいだ。掴みどころのない懐かしさの夢幻がふわりと訴えた。

――夢中になることの楽しさを。

ミュゼは振りぬいた腕の感覚がなくなったことに気付く。

焼けるような激痛が肘から駆け上り、ミュゼは歯を食いしばって後ろに下がった。

剣を握っていた右腕が肘から切断されている。

限界発動の反動で膝が笑い、ミュゼはその場に崩れ落ちた。

陽炎が静かに晴れてリオの姿が現れる。その手には抜き放たれた神剣オボフスが握られていた。

神剣の名にふさわしい美しい剣だ。

リオの片腕ほどの長さの片刃の直刀。銀灰色の刃は惹き込まれるような神秘的な光を反射し、白い陽炎のような刃紋が浮かんでいる。

まるでリオの手に握られているのがあるべき姿に見えるほど、似合いの剣だった。

リオは肩を開くようにして神剣オボフスを振り抜いた姿勢でミュゼを睨み、残心をそのままに神剣オボフスを鞘に納めた。

ミュゼが繰り出した最速の一撃に対して、リオはコンラッツから教わった旧シュベート国の騎士剣術、後の先で迎え撃ち、ミュゼの剣を上回っていた。

リオは鞘に納めた神剣オボフスを腰に提げ、眉をひそめる。

「もっと速く振りたいな……」

ミュゼは限界発動に慣れていなかった。そのため、部分的に限界を突破してしまい、体を壊して剣の速度が落ちていた。強化し過ぎた体の使い方もまだ歪だった。

リオの陽炎に対しては最適解だったが、適切に行う技術をミュゼが持っていなかった。

ミュゼが限界発動を体得していれば、斬られていたのはリオの方だった。

リオの呟きを聞いたミュゼが地面に座りこみ、痛みに歯を食いしばりつつも言い返した。

「リオ君、限界発動は窮鼠猫を噛むような、本当に追い詰められたときの捨て身技だよ。あんなものを引き出された時点で、私の負けだ。それを、もっと速く振りたいなど……」

「速く振りたいに決まってるだろ。まだ未完成の技の完成を目指して何が悪いんだよ」

リオがもう、自分の先の戦いを見ていることに気付いたミュゼは頬を引きつらせる。

同時に、納得した。

「……あの感情はこれか」