作品タイトル不明
第一話 捜査員
リオたちがロシズ領の領境を跨いだのは昼過ぎの頃だった。
見慣れた植生と馴染んだ気候。
村からあまり出たことのないリオにとってはまだ故郷とも言い難い場所だ。それでも、どことなく安心する空気だった。
「この辺りにラーカンルさんとか、迎えの騎士がいるはずだけど」
きょろきょろと見回してみても、森が広がるばかりで人影一つ見当たらない。
シラハとチュラスに視線で問うも、揃って首を横に振られた。
「気配がない」
「わざわざ気配を隠すとも思えぬ。おらぬのだろうな」
「何かあったのかな」
不安に思うが、ここで過ごしていても仕方がない。
リオ達はそのまま細い街道を歩き、ロシズ領内に入った。
邪獣や邪霊が溢れていることもなく、平和そのものだ。リヘーラン周辺やサンアンクマユがおかしかっただけで、本来はそう簡単に邪獣に出くわすものでもない。
街道沿いの小さな町に入り、リオはシラハに声をかける。
「ちょっと遅いけど、お昼を食べてこうか? 聞き込みをしたいんだ」
領内で何か事件でも起きていれば、その解決に騎士団が派遣されて自分たちが後回しというのも考えられる。
リオの提案にシラハは頷き、チュラスはリオの肩から下りた。
「我は食べ物屋には入れぬ故、方々をぶらついて噂を集めよう。報酬は焼いた魚でよいぞ」
「あぁ、持ち帰れるよう店の人に頼んでみるよ」
チュラスを見送り、リオ達は適当に歩き回る。
街道沿いの小さな町なのもあって、宿は数件しかない。食堂に至っては一つだけだった。
選択肢もないのでリオとシラハは一軒しかないその食堂の入り口を覗き込む。客入りはあまりないようだ。
「いらっしゃい」
店主が目ざとくリオ達を見つけて声をかけてくる。食堂が一軒しかない以上、他所の店に行くという言い訳も使えない。
客入りの悪さに不安になりながらも、昼過ぎだから空いているのだと言い聞かせて中に入る。
「若いのに二人旅かい? 水をサービスしておくよ」
「ありがとうございます」
なかなか気さくな店主らしい。水を受け取りながら、リオはメニュー表を見る。
郷土料理がいくつか並んでいる。王都の方で一昔前に流行ったメニューもちらほら名前を連ねていた。母が昔見よう見まねで作って大失敗した料理だ。
「郷土料理がおすすめだよ。なんたって食材を輸入してないから安いし、適した食材ばかりだから美味いんだ」
「実は、ロシズ領の出身で里帰りするところなんだ」
「あぁ、そうなのか? なら、故郷に帰れば郷土料理は何でも食えるな」
店主は笑いながら、皿を拭く。
ちょうどいいタイミングだと、リオは世間話を仕掛けた。
「しばらく旅に出てたから世情に疎いんだけど、ロシズ領で何か変わったこととかあった?」
「変わったことか? 邪獣が増えてきたな。少し前に辺境の村が邪獣とその群れに襲われて騎士団が出張ったんだ。その事件を皮切りにあちこちで邪獣の発見報告が相次いでいて、領主様も騎士団も大忙しらしい」
この辺りは大丈夫だけど、と店主はリオ達に笑顔を向けて安心させる。
しかし、リオの表情は暗くなっていた。
邪獣と公式に発表されているだけで、おそらくは魔玉由来の邪霊だ。リオたちの迎えがなかったのも、騎士団が相次ぐ邪霊の討伐戦で手が離せないからだろう。
騎士団の迎えが来ないとして、領主の長男であるラスモアの下を直接訪ねるのは難しい。密命を帯びてはいるが、リオは騎士団の人間でもないただの農民の子だ。
一度村に戻って、領主の騎士団指南役になったカリルを訪ね、その伝手でラスモアとの面会を取りつけるべきだろう。
リオが考え込んでいると、シラハが何かに気付いた様子で顔を上げる。
「オッガンが来る」
「オッガンさんが?」
シラハが言うのなら間違いはないだろう。
だが、騎士団が忙しい時期に、凄腕の魔法使いであるオッガンが暇をしているはずがない。ロシズ騎士団の最高戦力のはずだ。
店の入り口をくぐってぞろぞろと人が入ってくる。
「えっ? 騎士様方!?」
面食らった店主が皿を取り落としそうになり慌て始める。
リオは目を細めて店に入ってきた騎士たちを見る。
「……見覚えがない」
人の顔を覚えるのが苦手なシラハにだけ聞こえるように報告する。
何度も訓練に付き合ってくれたため、ロシズ騎士団の顔ぶれはほとんど覚えている。
しかし、店に入ってきた騎士は誰一人見覚えがなかった。新入りかとも思ったがそれにしては立ち居振る舞いに隙がない。
騎士たちの後からオッガンが険しい顔で入ってくると、店主は驚きで固まった。
オッガンは店主に声をかけることなくリオ達を見る。
「お前たちがリオとシラハじゃな?」
まるで初対面のような、妙な言い回しだった。
オッガンが初対面を装うのなら、何かの事情があるのだろう。所属不明の騎士たちといい、何らかの異常が起きているのは間違いない。
リオはオッガンを見つめ、言葉を選ぶ。
「その通りですが、あなた方は? 騎士様みたいですけど」
オッガンは自然な動作で頷いた。リオの対応は正解だったらしい。
「儂はロシズ子爵家の魔法使い、オッガン。こちらは王家から派遣されてきた騎士たちじゃ」
王家所属の騎士と聞いて、店主がぽかんと口を開ける。
リオも状況が許せば同じように呆気にとられただろう。王家とはいえ、自治を許している他領に騎士を派遣するとなれば大ごとだ。オッガンがここにいるのは、この騎士たちが公的にロシズ領に来ていることを保証する役目があるのだろう。
ロシズ子爵家が調査に協力していることになる。しかし、オッガンはリオ達との関係を伏せておきたい様子だ。
貴族社会のことは分からないまでも、リオは嫌な予感がしていた。
オッガンを守るように立つ騎士たちがリオの姿勢を観察している。剣にも目を留めているが、神剣オボフスに気付いている様子はない。
だが、騎士たちに油断は一切ない。
今までの旅で出会ってきた者、特に熟練者であるほどにリオの剣の才能の無さを見抜いて侮る者は多かった。
しかし、この騎士たちは才能を見抜きつつ戦闘態勢を崩していない。高い職業意識があるのだろう。
とてもではないが、出し抜いてこの店を逃げ出せるとは思えなかった。戦闘込みであれば、神剣オボフスを使いつつ斬り抜けることはできるだろうが、ロシズ子爵家はもちろん王家、ひいては国と敵対するのは危険すぎる。
緊張感が高まっていくなか、オッガンが話を進める。
「彼らは魔玉と呼ばれる新種の生物を作り出す魔道具について調べておる。その調査の中で、お前たちの存在が浮かび上がったのじゃ。しばらく拘束させてもらうぞ」
拘束、と聞いてシラハが腰を浮かし掛けたのを、リオがいち早く止める。
シラハの肩を押さえ、無理やり座らせたリオはオッガンに向かって頷いた。
「分かりました。魔玉、というのはよくわかりませんが、調査に協力します」
どんな裏があるにせよ、従う他になかった。