作品タイトル不明
第十六話 発生源
コンラッツの呼びかけに応じてチュラスが宿舎からのんびりと歩いてきた。相変わらず音も重さも感じさせない足運びではあるが、やや警戒した様子でコンラッツに視線を固定している。
コンラッツの衝動は邪獣、邪霊に対する殺戮衝動だ。邪霊化しつつあるチュラスにとって、いつ衝動的に殺しにかかってくるか分からない相手である。
チュラスは何時でも逃げられる距離で足を止めた。
「我に何か用か?」
チュラスが言葉を発してもコンラッツは眉一つ動かさない。
「やはり話せたか。これで役者は揃ったな。小僧、魔法斬りの前には純正魔力を飛ばしているそうだな。今できるか?」
「できるよ」
リオはスムーズに身体強化を限界以上に発動する。
ふっと細く息を吐きだすと、陽炎の塊が空気中に拡散した。
一連の動作を見たコンラッツが呆れたような顔をする。
「動作に全くよどみがないな。限界以上の身体強化なんぞ、体を壊す恐怖心が勝ってできないもんだが」
「どれくらい強化し続けると危ないかは身をもって知ってるし、シローズ流の話とかミロト流の話を聞いて頭でも理解してるから」
「どんな戦場にいたんだ……」
コンラッツはため息をついた後、シラハとチュラスを見る。
「小僧の魔力が見えたか?」
「見えた」
「うむ。見えたな。視界に納めずとも、はっきりと感じ取れる濃度であった」
チュラスの言葉にリオは顔をしかめる。
魔玉から生まれたシラハやチュラスの感覚は似通っている。同時に、邪神カジハも同じ感覚の持ち主だろう。
魔法斬りを行うために魔力を発すれば、死角から襲い掛かっても気付かれる恐れがある。
回避できない距離で行おうと心に決めつつ、リオはコンラッツを見る。
「魔力がどうかした?」
「単なる比較対象だ。小僧達は――これをどう感じる?」
言うや否や、コンラッツの気配が爆発的に膨れ上がる。濃密な憎悪、悪意が質量を錯覚させるほどにコンラッツから放たれた。
思わず武器に手をかけるリオとシラハだったが、コンラッツは一切動く気配がない。コンラッツが言うこれ、とはこの気配を指しているらしい。
邪霊や邪獣が纏う独特の昏い気配だ。落ち着くことはできないが、まじまじと観察するのは初めてで、リオは極力冷静さを取り戻して観察に徹する。
こうして観察してみると、存在感が魔力に似ている。受ける印象がまるで違うだけで、本質的には近いもののように感じられた。
チュラスが嫌そうに数歩下がる。
「なんとも嫌な気配であるな。操れるとは思わなんだが」
「儂も、この気配を操れるようになったのは数年前だ」
コンラッツはそう言って、気配を抑える。
「邪人として覚醒して五年ほど経った頃だ。この気配が強まっていることに気が付いた。衝動に駆られて殺した邪霊や邪獣も、歳を経た個体ほどこの気配が強い。ならば、気配を抑えておけば効率的に他の邪獣などを狩れると考えた」
衝動持ち故に、定期的に邪霊や邪獣を殺さなくてはならないコンラッツにとって、効率を求めるのは自然な流れだったのだろう。
だが、気配を操れるようになったのは数年前と発言している。そこそこ難しい技術らしい。
チュラスが尻尾で鼻を覆った。
「我はそれを邪気と呼んでおる」
「奇遇だな。邪霊や邪獣の気配として、儂も邪気と呼んでいる。邪霊たちが多くいる場所では邪気も多く、邪獣が発生しやすい傾向もみられる。この邪気がおそらく、邪獣化の原因なのだろう」
「うむ。我も同じ結論を導き出している」
チュラスがちらりとリオを見た。
ナイトストーカー討伐後、衛兵宿舎でチュラスから同じような話を聞いている。無関係の両者が同じ結論を導いたのなら、信憑性も増してくる。
「それ、垂れ流していいものじゃない気がするんだけど」
下手に浴び続けると自分まで邪人化しかねないと、リオはそっとコンラッツから距離を取った。シラハもささっと後ろに下がる。
臭いものでも避けるような二人の失礼な態度に、コンラッツが苦笑した。
「そうすぐには邪人化せん。神霊スファンを見たことがあるか?」
「あるよ。邪気とは別の気配だけど、いま思うと魔力に近い気配はあったかな」
「スファンの町の周辺には邪獣が出ない。あれも古い神霊だからな。邪気とは逆の性質の神気とでも呼べるモノが満ちているのだろう」
「その割には神獣もいなかったけど?」
邪気の影響で邪獣化するのなら、神気の影響で神獣化しそうなものだ。
リヘーランに住むガルドラットは聖人化しているが、スファンとはかなり距離がある。しかも、リヘーランの周辺は多数の邪獣がひしめく危険地帯だ。
コンラッツの話には素直に頷けなかった。
だが、そんなリオの反論も想定していたらしい。
「神気と邪気は打ち消し合うのだろう。そして、その発生源は主に人や動物だと思われる」
「どういうことだ?」
チュラスがコンラッツの言葉に興味を示す。
チュラスは以前、神気も邪気も空気中に存在していると話していた。その発生源にはまだ考えがいたっていなかったのだろう。
コンラッツはリオを指さした。
「人も動物も、あらゆるものは魔力を持つ。だが、通常は余剰に作り出した魔力を自然と外部に流している。そこの小娘が隠れた魔法使いを的確に見つけ出したのも同じ理屈だ」
言われてみれば、シラハは魔法使いであるオッガンの接近を感じ取ったり、隠れている魔法使いを見つけ出す。
魔力への感受性が高い分、無意識に放出している魔力にも反応できるのだろう。
「小僧は魔力を外部に出していない。極端に魔力が少ないのかと初めて会った時には思ったものだ。身体強化すら満足にできないような魔力量だろうとな。まるで違ったが、儂は小僧のような魔力を断った者を見たことがない」
「そういえば、邪神カジハも似たようなことを言ってたな。気配に気付かなかったって」
魔力を感じ取れるからこそ、魔力を外に出さないリオは存在感が薄く感じるのだろう。
コンラッツは頷いて続ける。
「神獣や邪獣の生息地域は治安がいいか悪いかがはっきり分かれている。このサンアンクマユは極端に治安が悪く、人心も荒む。そうなれば、無意識に垂れ流す魔力にはある種の方向性が出来上がる――何かを害する悪意だ」
「つまり、呪いみたいなもの?」
「呪いでも怨嗟でも変わらん。邪気は悪意で変質した魔力というのが儂の仮説だ。故に、歳を経た邪獣や邪霊は衝動が強まり、邪気を多く発生させる」
仮説と言いながらも、コンラッツは確信しているように見えた。
実証はできずとも、自らの経験に照らし合わせて確信に至ったのだろう。
リオとしても、コンラッツの仮説には頷けた。
通常、魔法は魔力を変質させてから発動する。そこには変質させようとする具体的な意識があるものだ。無意識的に悪意が魔力を変質させることもあるだろう。
聖人となったガルドラットはギルドの訓練場で強く敬愛されていた。邪気が悪意ならば、神気へは善意、好意で魔力が変じるとすればガルドラットは長い間、神気が充満する訓練場で寝泊まりしていたことになる。
リオはシラハを横目に見る。
魔玉から生まれ、魔力との親和性が高く、邪霊や神霊になりやすいとはチュラスの言葉だ。
「リヘーランの道場にシラハが住んでいれば神霊化するかもしれない?」
「町を守る使命感なんて持ちたくない」
「そう? まぁ、リヘーランに縛り付けられるのは確かに嫌かな。村にも帰りたくなるだろうし」
リヘーランはサンアンクマユとは違ってまだまともだが、治安の悪い町だ。時々ガルドラットを訪ねる程度ならともかく長居はしたくない。
リオはコンラッツを見る。
「なんでこの話を俺達にしたんだ?」
「ミュゼが儂を汚泥と呼び、イオナの話では研究施設に汚泥の世界との表現もあり、救世種などと小娘を呼んでいる。邪気の発生源、それが蔓延する今の世界を終わらせようとでもいうのだろう。ならば、この話は小僧達こそが知っておくべきだ。ミュゼ共に一泡吹かせるためにもな」
「結局ミュゼへの意趣返しなんだね……」
技のことといい、よほど嫌っているらしい。
それでも、リオ達にとっては有用な情報だ。
「ありがとう。覚えておくよ」