軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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「ロザリーナ。早く支度なさい。ルピナの晴れ舞台だというのに何をぐずぐずしているの!」

アイヴォン伯爵夫人の苛立ちに満ちた声にびくりと肩が揺れる。

(今日は……ランドリック様と、ルピナお義姉様の婚約式……)

行きたくなどなかった。

けれど、王命で家族全員の出席が決められていた。

結婚式でもないのになぜ、という思いと、たとえ結婚式であっても逃げ出したいという気持ちと。

(ランドリック様……)

ルピナお義姉様と再び入れ替わったあの日以来、わたしは離れの部屋に閉じ込められている。

アイヴォン伯爵夫人も入れ替わることは知っていたようで、馬車で帰宅したわたしは自分の部屋ではなくこの離れの屋敷に連れてこられたのだ。

わたしを修道院へと送り込んだ後、お義姉様はこの離れでロザリーナとして過ごしていたらしい。だから、わたし付きの侍女達もわたしのことをルピナではなくロザリーナと呼んでくれる。

契約魔法を結ばされている二人は、この屋敷でのことを一切他言できないようになっている。お義姉様付きだった侍女達は、当然お義姉様のご性格を知っている。だから、ロザリーナとしてこの離れで過ごすのに、慣れた侍女達は付けられなかったようだ。

手つきが不慣れな二人は、それでも一生懸命わたしを着飾ってくれた。

「ディディリラさん。オーベルさん。ありがとうございます」

鏡の中のわたしは、いままで見たこともないぐらい華やかだ。けれど華やかすぎることもなく、上品にまとめてくれている。

下ろしていただけの白みがかった銀の髪は、複雑に編み込みながらハーフアップにし、髪飾りで留められている。

露出が少ない黒に近い紺色のドレスには、生地よりもほんの少し薄い色味の刺繍糸で、細かな花が描かれている。差し色で白が使われたとても美しいドレスなのだが、お義姉様は地味で嫌だといっていて一度も袖を通していなかった。

わたしは夜会に出る予定がなかったから、こういったドレスを仕立ててもらっていない。

だから、このドレスはルピナお義姉様のものだ。

急ぎで用意するにも時間が無さ過ぎて、一度もお義姉様が来たことのないこのドレスならと、アイヴォン伯爵夫人が用意した。

黒に近い生地と白の差し色は修道服を思い出させる。

(みんな……)

今頃、修道院ではお義姉様はどうされているのだろう。

モナさんは、わたしではないと気づいてしまうだろうか。

気づいても、黙っていてくれるだろうか。

もしも入れ替わりが知られたら、アイヴォン伯爵家は終わりだ。

そして、お義姉様は絶対に、それを許さない。

すぐそばにいるベネットの命を、躊躇いもなく奪うだろう。

この家に戻ってすぐ、ベネットのお母様について調べたかった。本当に無事だと知れたのは、わたしについてくれている侍女の二人が、なんとか調べてくれたからだ。

ベネットのお母様は、いまはこの伯爵家で働いていない。

だから、お義姉様の手を逃れているのだと思う。

わたしやベネットが裏切ったならその限りではないだろうけれど、そうでない限りはわざわざ平民の為に自ら出向いて処すことはないだろう。

「ロザリーナ! 何度も呼ばせないで頂戴」

苛立たし気な夫人の声で、はっとする。

考えたくなくて、どうしても別のことを思ってしまう。

けれど行かなくては。

鏡に映る豪華な姿のわたしは、今にも泣きだしそうな情けない顔をしていた。

◇◇◇◇◇◇

王宮内の大聖堂では、すでに沢山の貴族が集まっているようだ。

ルピナお義姉様の身内であるわたしたちは、王族に近い席を用意されていて、胃がすくむ。それに、いつもよりも視線を多く感じるのは気のせいだろうか。

ちらほらと、ルピナお義姉様とわたしを比較する声が聞こえてくる。

――あちらは、ルピナ様ではないのか?

――義妹がいるという話を聞いたことがございますわ。初めて見ますのよ

――まるで双子のようではなくて?

――似ていても治癒能力がないのであれば、無意味だろう

容姿に注目するもの、治癒能力を重視するもの、わたしをお義姉様と間違えるもの……。

様々な囁き声が聞こえてきて、顔を伏せたくなる。

そんな中、ひときわ強い視線を感じて、はっとする。

(モナさん……!)

大聖堂には、修道女達も招かれている。みな、修道院で過ごすときと同じように顔をヴェールで覆い隠している。背格好から、ベネットもいることがわかる。無事でいてくれたことが何よりも嬉しい。見慣れない水色の髪の修道女は、新しく入ったのだろうか。

わたしを見つめているのは、モナさんだ。

ヴェール越しでも伝わってくる。わたしを心配している眼差しだ。

(どうか、何も言わないで……)

彼女はきっと、気づいているのだ。

けれどそれを口にされたら、どうすればいいかわからない。

ルピナお義姉様と入れ替わって修道女として過ごしていたのだ。王命に逆らうことがどれほど恐ろしいか。お義姉様が、どうされるのか。

そっと胸を手で押さえると、モナさんが頷いた。

伝わったのだろうか。

わからない。

けれど、それを知るすべはなくとも、モナさんがわたしを窮地に陥れたりはしないと信じられた。

ざわつく大聖堂に、司祭様の声が響く。

宮廷楽師達の奏でる曲が響き渡る。

重厚な両開きの扉がゆっくりと左右に開かれた。

輝かしいばかりの美貌を豪華なドレスで着飾り、口の端に笑みをたたえるルピナお義姉様は、まさに聖女と呼ばれるにふさわしい神々しさを放っている。

そしてランドリック様は、そんなルピナお義姉様に手を差し出し、恭しくエスコートする。

(ランドリック様……)

ルピナお義姉様をエスコートするランドリック様から目をそらす。

胸が、苦しい。

入れ替わりが知られてしまったら、すべてが終わるというのに、わたしはどれほど浅ましいのだろう。

この期に及んでまだ未練を持っているのだ。

何度も、何度も。

彼はわたしを助け続けてくれた。

憎い相手であったはずなのに、手を差し伸べ、救ってくれた。

……決して手の届かない遠い世界の人なのに、その手を取れると夢を見てしまった。

お義姉様がわたしを一瞬見つめ、フッと嗤った。

何もかもがお義姉様に劣り、ここから今すぐにでも逃げ出したくなる。

司祭様の言葉が耳を通り過ぎていく。

「これより、お二人の婚約の誓いを皆様の前で新たにしていただきます。婚約指輪をこちらに」

司祭様の言葉にはっとする。

水色の髪の修道女が、指輪が二つ収まった台座を手に現れる。

赤い石と、青い石がはまった指輪は、ランドリック様とルピナお義姉様の瞳の色だ。

ランドリック様が、赤い指輪を手に取る。

けれどそのまま、動かない。

「どうなさいましたの?」

お義姉様が訝し気に首をかしげる。

「緊張していらっしゃるのかしら。さぁ、早くこの指先に付けてくださいませ」

微笑みながら左手を差し出すお義姉様に、けれどランドリック様は微動だにしない。

「ランドリック・ルトワールは、ルピナ・アイヴォンを婚約者として認めない」