軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

7

「ルピナ、起きて!」

肩を揺さぶられて、わたしははっとする。

目の前には、焦りを浮かべたヴェッタさんがいる。

「緊急事態だ。私の側から離れるな」

テントの周囲が慌ただしい。

「魔物が出たのですか?」

「そうだ」

「っ、それなら、すぐにでませんと!」

わたしは急ぎ衣類を羽織りなおし、鞄を確認する。

鞄の中にはびっしりと解毒剤が入っている。わたしでは決してできない解毒を、もしも誰かが毒に侵されたならこれでしなければならない。

気を引き締めて、ヴェッタさんと二人でテントの外に躍り出る。

瞬間、凄まじい突風に煽られた。

寸でのところでヴェッタさんがそれを結界で押しとどめる。

いくつもの影が頭上を行き来している。

夜空を月の明かりと野営地の松明の光に照らされて、大きな何かが何羽も飛来している。

(魔鳥? はぐれがこんなに?)

一匹二匹ではない。

次々と飛来する魔鳥は、統率がとれているようにも思えた。

急降下して襲ってくる魔鳥を、騎士達が必死に応戦している。

けれど動きがおかしい。なぜ、何名かの騎士は味方に襲い掛かっている?

「ルピナ! お前はテントの中に戻れっ!」

戦っていたランドリック様がこちらに気づいて駆け寄ってくる。

「ランドリック様、これは何が起こっているのですか?」

「魔鳥が襲来した。おそらく今回の魔獣の王は魔鳥から派生している。鳴き声が聞こえたら、耳を塞ぐんだ」

「いや、耳を塞いだだけじゃ無理だろう。さっきから抵抗値が著しく損なわれている。魔声を発生させられているんだろう」

「ヴェッタ! それがわかっているならなぜルピナを外に出した⁈」

「そうでなければ被害が拡大すると判断したからだ。私は防御特化だが、全滅した討滅部隊の中でたった一つのテントを一生守り続けられるほどではない」

「だがっ!」

話している最中にも、魔鳥が襲ってくる。それを、ランドリック様は後ろを振り返ることもせずに切り落とす。

背後を狙って急降下していた魔鳥は、真っ二つに切り裂かれて地面に落ちた。

けれどその魔鳥からではなく、どこか上空から悲鳴にも似た鳴き声があたりに響いた。

声を聴いた騎士が一瞬硬直し、そして、何人かが仲間に剣を振るい始める。

正気を保っている騎士は、錯乱した相手に思うように戦うことなどできない。

魔物ならともかく、相手は仲間だ。

切り捨てることもできずに、防衛に徹するしかなくなっている。

「ランドリック様。どうかわたしも戦わせてください。攻撃することは叶いませんが、皆を治療する事だけはわたしにも出来るのですから」

どの騎士も自分自身で回復薬か魔石を支給されている。

けれどそれでは間に合わないから、聖女が派遣されるのだ。

ましてやこんな風に錯乱させられるのは想定外だっただろう。

「私が魔声の対応を請け負う。ルピナの結界は緩めないが局地的になる。でなければ魔声の被害で全滅するぞ」

いいながらランドリック様の指示を聞かずにヴェッタさんは夜空に手を軽く振る。

ふわりと周囲を広範囲の結界が覆った。けれど魔鳥はそのまま結界を突き抜けて降りてくる。

侵入を防ぐのではなく、魔声に対抗するものなのだとわかる。

どこからか、鳴き声が再び響いたが、誰にも反応が見られない。

けれど魔鳥に肩をえぐられるのが見えた。

「早く治療をっ!」

「おいっ!」

制止を振り切って、わたしは騎士のもとに駆ける。

抉られて地面に叩きつけられた騎士の肩に両手を当てる。

血を止め、失った肩の肉を再生する。苦し気にうめく騎士に、大丈夫だと声をかける。

「お前はっ、勝手な動きをするなっ!」

ランドリック様がわたしを狙う魔鳥を切り伏せながら、怒気をあらわにする。

けれどわたしも、引けない。

守られ、見ているだけではわたしがここに連れられてきた意味がない。治癒ができない聖女など、ただのお荷物だ。

「お願いします、どうか、治療をさせてください!」

ヴェール越しにランドリック様を見上げる。

怒っている、と思えた声とは裏腹に、その表情は苦し気だ。

「……わかった。だが、俺のそばを離れないでくれ。治癒中は無防備すぎる」

目をそらすように告げられた言葉に、わたしは大きく頷く。

ランドリック様に守られながら、どれほどの騎士を癒しただろう?

野営地を縦横無尽に襲い来る魔鳥達のはるか上空から、それは姿を現した。

ヴェッタさんの結界を苛立たしげに通り抜け、この地をすべて覆いつくしそうなほどの巨大な羽。

落とす影はすっぽりと野営地を包み込み、黒い尾が、意思をもって蠢く。

「魔獣王……」

誰かがぽつりとつぶやいた。

瞬間、魔鳥から進化したであろう魔獣王が、奇声を上げた。

あまりの声量にくらりとする。

「くっ、随分と激しく鳴くじゃないか!」

ヴェッタさんが苦し気に自身の腕を掴んで魔獣王を睨み付ける。

肌ではっきりと感じるほどに、ヴェッタさんの結界が強まった。

「魔声が強まって魔力を一気に持っていかれたよ! 長引くと不利だ」

全員が魔声にやられて錯乱状態に陥ったら、勝ち目などない。

思いっきり、魔獣王が息を吸い込んだ。

「っつ、避けろっ!」

ランドリック様がわたしと倒れていた騎士の腕を引っ張って横に飛びのいた。

けれど逃げ遅れた騎士の一人が石化する。

それを見た別の騎士がコカトリスだと叫んだ。

「よりによって最悪な魔鳥のコカトリスが魔獣王に進化していたのか。貴様ら、心してかかれいっ!」

フォースナー様が剣を構え、鼓舞する。ランドリック様も王宮騎士達に指示を叫ぶ。

魔獣王コカトリスは、魔声のほかに石化を行えるらしい。わたしの側をぴったりと離れずにランドリック様がいてくれるおかげで、石化も治療できる。

魔術師たちが魔力を練り上げ火球を打ち込み、コカトリスを怯ませる。

その間にも、上空からは魔鳥が次々と飛来してきて息をつく間もない。

弓を扱える騎士達も当然いるが、数が数だ。

野営地を照らす明かりは松明と月明かり。そんな視界の悪さの中、敵は空から襲い来るのだ。通常通り戦えるはずがない。

素人目に見ても、皆がだんだんと押されているのがわかる。

「ルピナ」

ランドリック様が、思い詰めた声を出す。

「嫌です」

「まだ何も言っていないだろうが!」

「わからないと思うのですか? 魔獣王への囮となるおつもりですね? だから、わたしにヴェッタさんの元へでも走れとおっしゃるつもりでしょう」

ヴェッタさんはいまも結界を張り続けている。

彼女が倒れた時が、終わりだ。

「側にいます」

「危険だ!」

「どちらにせよ、倒せなければここで全滅するのです。それならば、側で、治療し続けます!」

――――キェエエエエエエエエエエエエエッ!

フォースナー様に傷つけられた魔獣王が、魔声と、同時に石化の息を吐き散らした。

視界の隅に、ヴェッタさんが膝を付くのが映る。

もう、後がない。

(石化した騎士達を一人ひとり治療していたのでは、間に合わない……っ)

わたしは、ヴェッタさんに強化されたときの感覚を思い浮かべる。

身体の中から力が沸き上がってくるような、それでいて、広範囲にも魔力を延ばせる感覚。

ヴェッタさんの張ってくれている結界を見上げる。

見えなくとも、そこにある。

「ルピナ?」

わたしは、両手を空に延ばす。

結界に、わたしの力が少しでも多く届くように。

(できるはずだわ。ううん、やり遂げるの……っ)

ぐんっと、治癒の力を空に、結界に向かって放つ。

広がるように。

騎士達を、包み込むように。

「治って!」

一気に身体から魔力が治癒の力となって結界に注ぎ込まれた。

瞬間、空から光の粉がぱらぱらと舞い降る。

「身体が、動くぞっ」

「怪我が治った!」

「魔鳥が動きを鈍らせて⁈」

次々と騎士達が立ち上がる。

そして魔鳥には、治癒の力はその身体から自由を奪う効果があったらしい。

魔獣王ですら、苦し気に怯んだ。

「いまだ、一気に畳み込め!」

士気を上げた騎士達が鬨の声を上げて魔獣王に突っ込んでいく。

魔獣王コカトリスの羽が大きく羽ばたき、浮上した。

「逃がさないっての!」

ヴェッタさんが、顔を歪めながら叫ぶ。

強まった結界に阻まれた魔獣王は、夜空の中には逃げ切れず、上空にとどまり石化の息を吐き散らす。

けれどそれには、わたしが治癒の力を強めた。

石化する側から、光の粉が舞い散り、癒していく。

石化も魔声も効かない事に苛立った魔獣王が、一気に急降下してくる。その瞬間、ランドリック様がフッと笑った。

「そこだっ!」

ランドリック様が大きく剣を払い、突っ込んできた魔獣王の羽を切り裂く。

片羽を切り落とされた魔獣王は、悲鳴を上げて地面に突っ込んだ。

黒い尻尾が激しく暴れ、もがく。

(違う。尻尾では、ない? 黒い何か……)

理解した瞬間、背筋に冷たいものが流れ落ちる。

魔黒蛇だ。

巨大な魔獣王の身体に見合う大蛇と化した魔黒蛇が蠢いている。

「離れてっ!」

叫んだ瞬間、ランドリック様が飛びのいた。

けれど、魔獣王の最後の足掻きが一歩勝った。

意思を持った魔黒蛇が、ランドリック様を噛み、そのまま勢いをつけて投げ飛ばす。

止めとばかりに、彼に向かって魔獣王の石化の息が放たれた。

半身を石化させられたランドリック様は、なすすべもなく川の中に落ちていく。

「死なないで!」

叫んで、わたしは彼を追って川に飛び込んだ。

咄嗟に掴んだ彼の腕を決して離すまいとしがみ付く。

急に激しい流れに飲み込まれ、息ができない。

(駄目、だめ……っ)

彼を死なせたくない。

決して、それだけは駄目だ。

ありったけの魔力を彼の中に注ぎ込みながら、必死に離れまいともがく。

どれほど流されただろう。

ふっと流れが穏やかになり、彼と共に川岸に流れ着いた。

「ランドリック様……」

目を閉じたままの彼の胸の上に、耳を当てる。

とくん、とくんと脈打つ鼓動は、彼が確かに生きていることを伝えてくる。

けれどコカトリスに石化させられた半身は、いまもまだ元に戻っていない。それに、毒だって浴びている。

わたしはバッグの中から解毒剤を取り出して、ランドリック様の口元に流し込む。

意識がない人への薬の飲ませ方を修道院で学んでいてよかった。薬草の知識だけでは、こんな風に飲ませることはできなかった。

ランドリック様の喉が押下し、解毒剤が彼の身体の中に浸透していくのがわかる。

これでコカトリスの尾から受けた毒は解毒できる。

けれど、石化は治せない。

治癒魔法で治療するしか手はないのだ。

わたしは、強く、強く祈った。

(どうか、彼を助けてください……っ)

わたしは聖女ではない。

ルピナお義姉様のような類まれな魔力も無く、毒の治療もできない。

けれど治癒だけは。

治したいと願う気持ちだけは、きっと負けない。

ランドリック様の半身を抱きしめるように治癒を施す。

うっすらと目を開けたランドリック様が、わたしを押しのけようとする。

けれどわたしは決してその身体を離さない。

「る、ピな……? よせ、それ以上魔力を、つかう、な……」

止めても無駄だ。

いま止めたら、彼の身体は永久に石化したままだ。

祈って祈って祈り続けるわたしの頬を、ランドリック様の震える手が撫でる。

ぐっと、魔力が強まった。

いままさにこの瞬間に、ランドリック様はわたしに魔力を譲ったのだ。

わたしはその魔力を一気に治癒魔法へと変え、残ったすべての魔力ごと、石化した身体を戻し切る。

灰色だった半身が、固まった指先が、綺麗な肌色に戻っていく。

(あぁ、もう、大丈夫……)

ルピナと何度もランドリック様が呼ぶ声が、どんどん遠のいていく。

視界がかすみ、わたしはそのまま暗闇に飲み込まれた。