軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第49話 ミレイユ

まず先に、私は陛下に発言の許しを請うた。

「陛下。この神聖な場を乱す不作法に、ご容赦賜りたく」

「……許す」

階上から、陛下は私たちをどっしりと見下ろす。

その目の奥は、きらりと光っていた。

「あ、あなた、何を」

トリスタンに腕を捻り上げられ動けない聖女ミレイユに対し、私は口火を切った。

「聖女には生得的な権能があり、広く知られていますが、他方、代々魂に受け継がれ、後天的な技能として洗練された魔法もある」

これは、私たちが第五聖堂から持ち帰ったヒントを得て、ドルナクの諜報部が掴んだ情報だ。

四大属性に加えて光。極めて強い魔法である聖女の権能は、それぞれ教会の威光に結びついて喧伝されているが、聖女の力というものはそれだけではない。

彼女たちは転生を繰り返すたびに、自身の記憶と感触の一部を引き継ぎ、長い年月をかけて、ある特化した魔法を育ててきた。

二つ目の権能と言っていいそれらの魔法の存在は、教会の手によって秘匿されたまま、歴史の裏で極めて強い力をふるってきたそうだ。

「あなたの場合、音を利用した魅了の魔法ね。現代ではとっくに失われた技術。あなたが発する光ばかりに目を取られていては、気付くことすらままならない」

この第二の権能の厄介なところは、第一の生得的な権能と違って、ある程度の教授が可能なことだ。習得までは難しくとも、魔道具などを介して他人に技能を真似させることができる。教会の隠密部隊が使っていた魅了の魔法の正体はこれだ。

「ただ、それですら、あなたの蠱惑の根源ではない」

聖女ミレイユの瞳が、 初(・) め(・) て(・) 強く揺れた。

そう、彼女のふるまいはいつもどこか軽くて、今に至っても、真剣ではあるのだろうが、どうにも権能に相応の凄みに欠ける。

光の聖女の弱点は、光の権能でも、魅了の魔法の露見ですらない。

なぜなら、この程度の敗北と暴露は、生まれ変わってしまえばチャラになるからだ。

彼女の瞳が揺れたのは、魅了の魔法の、さらにその先の真実を、私が知っているのではないかと過ったからだ。

私は懐から、紋章のついた陶器の破片を取り出した。

これは古代遺跡からの出土品。第五聖堂の地下にあった紋章を辿れば、案外調達は簡単だった。

「この 絶草(シルフィウム) の紋章に、覚えがあって?」

聖女ミレイユの顔色が、明らかに変わった。

「……やめて」

「ああ、やっぱり、合っていますのね?」

「やめて! それだけは! やめて! お願い! お願いだから!」

彼女は悲痛なまでに叫んだ。

「それだけは! お願い! やめて! やめて! アドリアンには! それだけは! お願い!」

すぐに聖女の細い喉は枯れた。こんな大声など出したことがないに違いない。

「やめて! 違うの! そんなこと! 知られたく、ない!」

彼女は涙を流していた。

気持ちは想像に難くない。だって今世の彼女は、聖教を代表する純潔の象徴として生きてきたから。

何よりも清らかな身だから王太子の妻になれて、愛されて、可愛い女の子でいられて、他者の寵愛を受けることができたのだ。

それが歴史を巻き込んだ大嘘だということを、ひた隠しにして。

「神聖娼婦。それが初代光の聖女の正体ですね」

だからこそ、言ってやった。

「聖教成立以前、神殿の巫女の一部には、神の力を授けるという名目で、有力者や王族と交わった者がいた。無論その実態はただの神殿の金策だったと思われます」

私たちが第五聖堂の地下で見たのは初代光の聖女の遺骸だ。

彼女が携えた紋章のモチーフである 絶草(シルフィウム) の効能は堕胎と避妊。その用途と、あの地下礼拝堂がどういう部屋だったかは、わざわざ言うまい。あの紋章は、形こそ大きく変わっているが、現代では娼館の印として有名でもある。

このヒントさえあれば、手間はかかるが難しくなかった。

教会が必死に秘匿しようとも、歴史を調べ、遺跡を回り、隠された情報の輪郭を掴み、想像の翼を広げ、市井の風土や風俗を調べ上げて結びつけていけばいい。

……まあ、ヴィクトールが好きそうなことだ。

「眉唾ものの伝説でしたが、彼女らが使用した 絶草(シルフィウム) の紋章は形を変え、現代の娼館に使われる一般の 絶草(シルフィウム) の印に至りました。ドルナクの諜報部隊に調べさせたところ、件の教会主導の娼館はかつての神殿売春の流れを汲み、技法を継承しているようです。どうやら光の聖女が覚醒した各時代でそれらの娼館は栄えていたようですから、まあ、そういうことでしょうね」

光の聖女は代々、娼婦として研鑽を積み、何度も若返ってその美貌と蠱惑を磨き上げたのだろう。

彼女の真なる異能は光の権能でも魅了の魔法でもない。それらはあくまで一部に過ぎず、もっと包括的で、いるだけで人間の持つ男性性を弄んでしまうような、魅惑の塊。

それが、光の聖女の核心だ。

聖女ミレイユは周りを見回して、力を抜き、消え入るように笑った。

「……あはは」

アドリアン殿下は息を呑み、彼女をただ見つめるだけだ。

聖女は誰に言うでもなく、虚空に向かって呟いた。

「違うの。そうじゃないの。私、ほんとは、あんなこと、したく、なくて」

彼女の頭に過っているのが、今世のことなのか、それよりも遥か昔のことなのかはわからない。

ただ私は、この期に及んで被害者ぶる彼女に、反吐が出た。

「嘘をおっしゃい。あなた、今世だけじゃなくて生まれ変わるたびに好き放題していたようじゃない。歴史が失伝したときなんて、そりゃあもう邪悪に大笑いしたでしょう?」

「ち、違う。私は、ずっと、やりたくないことばっかり、やらされて」

「光の聖女の歴史を背負わされたことには同情しますわ。でも──」

転生に聖女の記憶がどのように継承されるかは、未だに不透明なところがある。

ずっと同一人物ではあるらしいのだが、聖女として覚醒する前の今世の記憶と併せれば、二人の女が一つの人格を形成しているようでもあるようだ。

記憶と人格の混濁に、前世の所業を引き受け続けねばならない人生は、大いに同情すべきだろう。もしもこの聖女ミレイユがただ前世を背負わされただけで、なんの罪も犯していない少女であったのなら、私はわざわざ暴露などしなかった。

だが、今世の彼女が選び、権能を振るい、実行したことは揺らがない。

そして今に至っても彼女は被害者ヅラを崩さないばかりか、自身の罪すらまるで自覚できないでいる。

「──あなた、私に何をしたか、覚えていますの?」

そう言い捨てると、聖女はもはや何も反論できずに、ただおいおいと泣きじゃくり始めた。

彼女は縋るように、私の方に足を進めようとしてくる。

「お、お願い。秘密に、して。これ以上は、誰にも、言わないで」

トリスタンは聖女の腕を引っ張って止める。だが私は彼に目を遣って、離させてやる。

するとたちまち彼女は私の脚に縋りついて、また泣いて、必死に頭を床に擦り付け始めた。

「ご、ごめんなさい。全部謝るから。お願いだから、やめて。そんなことをされたら、私、私、もう」

その泣き顔を見て、意地の悪い気持ちが浮かんだ。

「そうねぇ、今なら、両陛下と、私たちだけですから、なんとか秘密にはしておけるでしょうねぇ」

期待を持たせるためにそう言う。聖女は食いつくように一瞬で目に期待を浮かべる。

「まあ、私たちが王宮に入ると同時に、号外をばら撒いたんですけどね」

「……え?」

「元王太子妃、光の聖女の正体は年季の入った売春婦。娼館との関係もたぁっぷり。とびきりに 醜聞的(スキャンダラス) ですから、反聖女で盛り上がっている民衆も大喜びでしょう。そしてこれが表沙汰になった以上、未来永劫修正するのは難しいでしょうね。それこそ、 生(・) ま(・) れ(・) 変(・) わ(・) っ(・) た(・) としても」

聖女ミレイユはもはや声を出すこともままならず、ただ過呼吸になって、沈黙する。

最後に、こう言い放ってやった。

「来世でも、来来世でも、娼婦の汚名を着続けなさい」

王の間は静まり返る。

それからほどなくして彼女は、喉が潰れることも構わず、枯れた声で大泣きを始めた。

号哭だった。

この場でそれを止める権利があるのは、もちろん国王陛下と、そしてもしかすると、私。

ちなみに私に止める気は毛頭ない。好き放題泣けば良いと思う。

国家転覆罪にも成り得る今までの所業に、魅了の魔法を使ってトリスタンを操り、王族もろとも抹殺しようとした罪。通常であれば処刑は免れないだろう。けれど当の彼女はきっと、残りの生涯に渡って自分の罪すら自覚せず、反省もしないまま、被虐的に自身に同情して泣き喚くだけだ。

──もう誰も、この哀れな売女を救うことなど、できやしない。

私はそう確信していた。

陛下も沈黙を守ったまま、この女をどうするか考えあぐねているようですらあった。

だが、そんな彼女に、たった一人、近づく者がいた。

「アドリアン! やめなさい!」

王妃殿下が言う。

なんとアドリアン殿下が、脚を引きずりながら、聖女の方に歩んでいたのだ。

「その女から離れるのです! 罪は濯げませんが、魅了の魔法に操られていたことが証明できるのなら、あるいは!」

「……いいえ、母上。俺は魔法になどかかっていません。最初がそうだったとしても、そんなものはきっと、もう、とっくに解けている」

殿下は忠告を聞かなかった。そして、聖女の傍に立つと、

「俺にはもはや、何もないんです」

と言い、彼女の背中に手を置いた。

「だから、彼女を愛したという過去までも、捨てたくはない」

そう言った殿下のことを、いったい誰が否定できようか。

私は少し驚いて──正直に言えば、実際はかなり面食らって──、呟いてしまった。

「……思ったより、気骨があるじゃない」

最後の最後で私はアドリアン殿下を、ちょっとだけ見直した。

王宮を後にして、私たちは王都の街道をゆっくりと歩いて下った。

行きでは私たちに慄いていた民衆は、にわかに活力を取り戻して騒いでいた。聖女の号外についてのことだろう。干ばつの中で騒げる事柄は、何であれ嬉しくてたまらないのだ。

トリスタンが私に尋ねてくる。

「あの聖女、どうなるかな」

「……さあ? ただ、処刑するとなると問題がありますね」

「問題?」

「だって、また転生されたら厄介でしょう? できるだけ幽閉しつつ長く生きてもらって、転生を先延ばしにするという手もあるわ」

「なるほど」

「まあ当面は、聖女の力の調査が行われるでしょうね。私も気になることが残っていますし、ちょっとは何かがわかると嬉しいですわ」

今回の調査を通じて痛感したが、聖女という存在については、まだまだわからないことだらけだ。

その摩訶不思議な権能に、転生を繰り返したという歴史。これらを計算に入れて政を行うなど、土台無理な話でしかない。

ただ私は、光の聖女の歴史を知って、かつてあの聖女ミレイユに敗北したことを、晴れ晴れとした気持ちで受け入れていた。

──王国と歴史を共にし、男を弄んできた娼婦の魂。

「……そりゃあ、私のような小娘じゃあ、勝てませんわね」

私もやはり、まだまだだ。