軽量なろうリーダー

悪役令嬢のお母様

作者: 無色

本文

この世界には、けして怒らせてはならないものが存在する。

火の山に住むドラゴン?

闇を統べる悪魔?

否、本当に怖いのは――――――――

「メルリアーナ=ルーヴェン。お前との婚約を破棄する」

冷たい声が響いた瞬間、本来ならば一組の男女が婚姻を結ぶはずであった王城の大広間が凍りついた。

第一王子ラインハルトの隣では、聖女リスティルアが瞳を潤ませて彼の腕にすり寄っている。

「その女はリスティルアに対し醜い嫉妬に駆られ、酷く陰湿な嫌がらせを繰り返していた。証拠も揃っている。言い逃れは出来ないぞ」

ざわめきが起こる。

視線の中心で、メルリアーナは震えていた。

「そんな……わ、わたくしは……」

華やかなドレスがくすむほど顔が青ざめる様のか弱いこと。

身に覚えのない謗りに否定を高らかに告げようにも、言葉を紡ぐことすらままならず、メルリアーナは狼狽えるしかなかった。

「見苦しい。まさかこの期に及んで言い訳でもするつもりか? 公爵家に産まれながら魔法の才にも恵まれなかった落ちこぼれの分際で」

魔法によって栄えたこの国に於いて、魔法が使えないということはそれだけで劣等種の烙印を押される。

それがたとえ由緒ある公爵家の一人娘であろうとも。

「温情の婚約を嵩に取り、聖女の 魔力(マナ) を持ったリスティルアを虐げるとは。お前のような恥知らずな女を王家に取り込もうとしていたかと思うとゾッとする。いったい父上も母上も何を考えていたのか」

ラインハルトが指を鳴らすと、メルリアーナの頭上に水の玉が現れた。

それが弾けて彼女を濡らす。

「リスティルアが浴びせられた泥水は、それよりもっと冷たかったろう」

「殿、下……」

メルリアーナは溢れ出る感情を抑えきれず、その場に泣き崩れた。

「泣き声まで煩わしい。お前への沙汰は追って下すものとする。誰か、この女を下がらせろ」

メルリアーナに罵声を浴びせる度、空間がどよめいた。

「何ということを……」

「この事を陛下はご存知なのか……」

「この婚姻は第一……」

「だからあのような不出来なものを婚約者に据えるのは反対だったんだ……」

周囲の貴族たちがこぞって冷たい汗を浮かべる。

ラインハルトとリスティルアは、貴族たちは自分たちの意思に同調していると解釈したが、実際のところはそうではない。

彼らは今すぐにでもこの場を立ち去ろうとしていた。

二人の愚か者に巻き込まれないように、と。

「何をしている! 私の命令が聞けないのか! 早くこの女を――――――――」

「あら、いったい何の騒ぎかしら」

カツン

ヒールの音が一つ響いた瞬間、その場の空気が張り詰めた。

「可愛い娘の祝いの日だというのに」

現れたのは艶やかな金髪に、深い紫の双眸に光を宿した絶世の美女であった。

名をイヴァールメイス=ルーヴェン。

メルリアーナの母である。

「まだ婚姻の儀は執り行われていないのに、皆揃ってお祭り騒ぎが好きなようね」

薄い笑みを浮かべて周囲を見渡す。

すると、集まっていた貴族ら全員が即座に膝をついた。

皆が一様に小さく震える様を見て、ラインハルトとリスティルアの二人は困惑した。

「な、何なの……?」

「……っ、ルーヴェン夫人。これは」

「まあメルリアーナ!!」

ラインハルトの言葉を遮り、イヴァールメイスはメルリアーナの傍へと駆け寄った。

「お母、様……」

「ああなんてこと! こんなに濡れて、身体が冷えてしまっているじゃない! 可哀想なメルリアーナ! いったい何があったの?」

濡れた身体を強く抱きしめる。

母のぬくもりに包まれた途端、またメルリアーナの目から涙がこぼれた。

「る、ルーヴェン夫人。ご令嬢にこれを。爺の上着で申し訳ないが」

老齢の貴族が上着を差し出し、メルリアーナの肩にかける。

イヴァールメイスは紳士的な男性に向かって微笑んだ。

「ありがとう、優しい坊や」

自分よりもずっと歳上で、同じ公爵家でも家督は上の男性に対し、イヴァールメイスは尊大な態度で称賛した。

男性はそれを受けると、年甲斐もなく顔を赤らめ、何よりの誉れとばかり深く一礼した。

「さあ、涙を拭きなさい愛しのメルリアーナ。帰ってあたたかいホットミルクを淹れてあげましょうね。誰か、私の可愛い娘を家まで送ってくださらないかしら」

するとあちらこちらから男性の声が上がった。

「わ、私が!」

「ぜひ私の馬車で!」

「どうかその栄誉を私に!」

「フフ、メルリアーナは人気者ね。頼もしい坊やたち、丁重に送り届けてね。けれど気を付けて。おイタをしたらただじゃおかないわよ」

可憐で清楚、社交界では花と謳われる令嬢であるメルリアーナ。

しかし今この瞬間に限っては、彼らにメルリアーナに手を出す勇気はない。

ひとえにイヴァールメイスの機嫌を損ねないための申し出であり、もっと正確には、この場から離れられるという大義名分を欲したにすぎない。

男性たちにメルリアーナを預けると、朗らかな笑みのまま、ラインハルトたちに向き直った。

「誰か状況を簡潔に説明してくれるかしら」

まるで氷で出来た刃のように酷く刺々しい言葉に、全員が沈黙した。

「どうしたの坊やたち。何故誰しもが口を噤むの? 私が訊いているのだけど……みんな耳が無くなってしまったのかしら。頭の横についているそれは飾り?」

妙な威圧感だった。

彼女が目配せをするだけで背すじが凍り、歩を進めるだけで心筋を鷲掴みにされているような。

それでも衆人は何も口にしない。出来ない。

下手なことを言おうものならどうなるかわからない、そんな恐怖が彼らを奮わせた。

「困ったわね。誰も何も言ってくれない」

「ルーヴェン夫人!!」

そんな中、声を荒げたのはラインハルトだ。

自分が無視されている状況に憤ったようだった。

しかし、

「しぃ」

イヴァールメイスは人差し指を唇に当てて、艶く発言を制した。

「誰があなたに発言を許したの坊や」

「ぼ、坊……だっ、誰に向かって!!」

「けれど、そうね。あなたが直接話したいならそうさせてあげる。その口で存分に説明してちょうだいな。私の可愛い可愛いメルリアーナが、何故あんな目に遭っていたのか。何故こんなめでたい日に顔を涙で濡らさなければならなかったのか」

「それは奴が!!」

「坊や」

イヴァールメイスの微笑みに、ラインハルトは身体を強張らせた。

「愛称で呼んだとしても腹が立つところだけれど、今のは聞き間違いかしら? 愛しいメルリアーナに向かって、"奴"……と、そう言ったの? 嘘でしょう? きっと聞き間違いよね? そうに決まっているわ。でないなら私は、あなたの顔についたお尻の穴を捩じ切ってしまいそうだもの」

「あ、ぅ……」

「っ、違うのですルーヴェン夫人!」

固まるラインハルトの代わり、隣のリスティルアが声を発した。

「メルリアーナ様は私に嫌がらせをしたのです! それでラインハルト殿下は私を守るために!」

イヴァールメイスはスッと腕を挙げた。

すると跪いていた貴族の男たちが数人慌てて立ち上がり、リスティルアの腕を掴んだ。

「きゃあっ?!」

「貴様ら、リスティルアに何を、ぐっ?!」

「ご容赦ください殿下!」

「ルーヴェン夫人の逆鱗に触れるからこうなったのです!」

同じようにラインハルトも動きを拘束される。

「痛っ、痛いっ! はっ、離して!! 離しなさい!! 私を誰だと!!」

「ああ……なんて耳障りな金切り声なの」

拘束されながらイヴァールメイスの前へと連れられたリスティルア。

いくら暴れようと男たちを振りほどくことは出来なかった。

「この小娘の親は誰? ここに来ているかしら?」

「お、恐れながら、ルーヴェン夫人に申し上げます……こ、この者は修道院育ちの平民で……」

「親無しなの。まあ、どうりで。学の無い顔をしていると思ったわ」

「なッ――――?!」

リスティルアは、かあっと顔を赤くした。

「こんな 不細工(ぶさいく) なら捨てられるのも当然といったところかしら? ……そのドレスは、そこの坊やに贈ってもらったの? 時代遅れの型落ちしたドレスに、流行が二つ三つ前の香水、安物の指輪……フフ、相当大事にしてもらっているのね。いいわねあなた、こんな贈り物で喜ぶなんて安上がりで。 あ(・) ち(・) ら(・) の方も安いのかしら。殿方は簡単な女性が好きと聞くものね。そうやってどれほどの殿方を咥え込んだの? 参考までに教えていただける? あなたの下の緩い門は、いったいいくらで通れるのか」

「こ、このッ……私に……聖女に向かってなんて言い草なの!! たかが公爵夫人が……きいぃぃぃぃ!! わかってるの?! あなたなんか私が命令すれば!!」

「命令すれば、どうなるの?」

「ぁがッ?!」

口に手を突っ込むと、イヴァールメイスは唾液まみれの舌を指で挟んだ。

「嘘つきの舌は二枚あると聞いたけど、そんなことはなさそう。けれど脂が乗ってよく燃えそうね」

「ひやっ?!!」

「ねえ小娘。先程の言葉の続きを聞かせてもらえる? メルリアーナが、あなたに、何をしたと?」

「ぁ、ひょえは……はほ……」

「嫌がらせとは、何? 水でもかけられた? 足をかけられた? それとも……ああもういいわ、考えるだけで腹立たしい。あの優しく思いやりのあるメルリアーナがそんなことをするわけないでしょう?」

舌を引き千切らんばかりに指に力を込めるイヴァールメイスの表情からは笑みが無くなり、目には一切の光が消え失せ、底のない闇が渦を巻いていた。

「あの子はね、花なの。太陽なの。魔法が使えないなりに努力し、他の才を伸ばそうとする可憐で健気な娘。あなた如き 溝鼠(どぶねずみ) にすら平等に安らぎを与えてくれる唯一にして無二の至上なの。そんなメルリアーナが?嫌がらせ?そんな冗談死んで生まれ変わっても口にしないでちょうだいな。たとえドラゴンに雷が当たるほどの確率で嫌がらせをされたとして、どうしてあなたは感謝しないの? 目から汚水を垂れ流してでも謝辞を述べるべきではないの? 嫌がらせをしてくださってありがとうございます、生涯の幸せでございます、って」

ねえ小娘、もう一度だけ囀ることを許すわ、と舌をつまんでいた指を離す。

「真実以外を口にしたなら、一度目は舌を抜きましょう。二度目は顔の肉を刻み、三度目は両目をくり抜きましょう。その上で、言葉は選びなさい」

イヴァールメイスの怒気に触れ、リスティルアは激しく身体を痙攣させた。

「いったい誰が、メルリアーナを泣かせたのか」

「わっ、私……あの……」

目を逸らすことも出来ず、リスティルアはガタガタと震えた。

「メルリアーナ、様は……あ、ぁ、何も……私、嘘を……申し訳、ぁ――――――――」

そうして、最低限だけをやっと口に、リスティルアは男たちに腕を掴まれたまま気を失った。

顔を涙と鼻水、腿から足先を生あたたかい液体で濡らして。

男たちはイヴァールメイスの気に障らないようにと、リスティルアを引きずり大広間から出した。

場にあるのは尚も静寂。

煮えくり返る臓腑の熱は収まることを知らず、その目はラインハルトに向けられた。

「王族の婚約者という立場に嫉妬したのか、優しいから反論しなかったメルリアーナを悪役に仕立て上げただ攻撃したかったのか。どちらにせよ浅ましく醜いわ。そう思わない、坊や?」

「き、貴様……こんなことをしてただで済むと思うな!! 私は第一王子ラインハルト=ガルシアンド!! この国の王家に名を連ねる者だぞ!!」

「だから、何?」

ラインハルトの物言いよりも、イヴァールメイスの小さな呟きの方が、貴族たちを怯ませた。

「ああ、なるほど。王族なら何をしてもいいと、私のメルリアーナを悲しませてもいいと、坊やはそう言いたいのね。そういうこと」

大広間の外が騒がしくなる。

爆発したように扉が開かれると、肩で息をする人物たちが現れた。

国王エーデルバッハと王妃アーフィルジア。この国を束ねる頂点たる二人である。

「父上!! 母上!!」

「ラインハルト……これは……」

「何という……」

ラインハルトを押さえつけていた貴族たちが立ち上がり、ラインハルトはおもむろに立ち上がって勝ち誇った笑みを浮かべた。

「ハハ、ハハハ……ハハハ!! ルーヴェン夫人!! 王族に手を出した罪は重いぞ!! その罪を薄暗い地下牢で悔いるがいい!! その女に加担した貴様らも、親に守ってもらうだけの情けない落ちこぼれも一緒に投獄してやる!! 父上、母上、見てのとおりです!! あろうことかこの女は私と愛するリスティルアに暴挙を働きました!! どうか厳しい罰を――――――――」

早足で駆け寄った王の激しい平手打ちが、ラインハルトを床に倒した。

「な、何を……」

「こ、の……愚か者、が……!!」

王は怒りに震えながら辿々しく声を発し、王妃は起きてしまった惨事に口元を手で覆った。

「何故……貴様は、そこまで愚かなのだ……!! 我々がメルリアーナ嬢と貴様の婚約に漕ぎ着けるのに、どれだけ頭を下げたと思っている……!!」

「頭を、下げた……? な、何を言って……何故、魔法も使えない、ただの落ちこぼれに……どう考えても釣り合わないでしょう……」

「黙りなさいラインハルト!! メルリアーナ嬢を貶めることは我々が許しません!! どうしてあなたはそこまで……!! イヴリス……いえ、ルーヴェン夫人……私たちも頭を下げるわ……。だからどうかこの場は……」

「フフ、そんなに固くならないでアーフィ。一緒にお茶をするお友だちじゃない」

「あ……」

「ただね、私は一言褒めてあげたいだけなの。お二人の教育の賜物ね、って」

ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、王妃の喉から空気が詰まった音がした。

「い、イヴリス……あの……」

「メルリアーナの幸せを第一に考える……でしたっけ。その答えがこれということでいいのよね」

「そ、それは違……っ、貴様も頭を下げぬか馬鹿者!!」

「ぐがッ?!」

王に首根っこを掴まれ床に叩き伏せられる。

王、王妃、王子……三人が揃って床に額をつけるという異様な光景が目の前に広がるも、貴族たちは押し黙らざるをえない。

それはそのまま、イヴァールメイスの立場を表しているようだった。

「ルーヴェン夫人に、我らガルシアンド王家は深く謝罪を申し入れます!! どのような処分でも受け入れ、賠償を支払うと誓います!! どうか、どうか寛大な容赦をいただきたく存じます!!」

一夫人に一国の王が頭を下げて敬語を使う。

ラインハルトただ一人が、事態を呑み込めずにいた。

「処分、ね。私としてはね坊や、そこの愚図が地べたで頭蓋を削ろうが、断頭台で首を刎ねられようが、どうだっていいのよ。だってメルリアーナは悲しんだんだもの。流した涙は瞳には戻らないの。それにこれ以上メルリアーナの記憶に残したくないじゃない。頭と股の緩い女のことも、そんな不細工に盗られた能無しの婚約者のことも」

「で、では……」

「だから思ったの。この国ごと消してしまえば、メルリアーナの悲しいことも無かったことになる、って」

その時、ラインハルトを除く全員が凍りついた。

昔、王国の空をドラゴンの群れが覆った。

鋭い牙は空を抉り、禍々しい爪は大地を割り、多くの命が奪われた。

七日続いた天災だが、ある日突如として終結する。

「うるさい子は嫌いよ」

その魔法は天災を丸ごと焼き尽くした。

汚れた空を澄ませ、大地に深く刻まれた傷痕を埋め、数多の命を癒した。

その神の御業を称えられ、当時の王に"大賢者"の称号を与えられた者。

それがイヴァールメイス。当時年端もいかなかった少女である。

王族と貴族は、こぞって伝説の断片たる彼女を取り込もうと考えた。

「あの力があれば……」

「世界の覇者になることも……」

目も眩む財宝、花も霞む美男子を並べ立てた。

しかしイヴァールメイスはまつろわない。

甘言ですり寄る輩に辟易し、その苛立ちで北の山脈を吹き飛ばして告げた。

「私を繋ぎ止めたいなら、私が愛するに値する者をつれてきなさい。愛する者がいる間はこの国に留まりましょう」

その言葉どおりに彼女を射止めたのが当時の王国騎士団長。

現ルーヴェン家当主である。

二人は仲睦まじく愛を育み、やがて一人の女児を産んだ。

「ああ、なんて可愛いの。私たちの愛しい娘。メルリアーナ」

不運にも魔法の才に恵まれることはなかったが、それでもイヴァールメイスはメルリアーナを溺愛した。

毎日世界の果てに咲く虹の花を贈り、一冊の魔導書よりも分厚いめいっぱいの愛を囁いた。

またある日、美しく優しく育ったメルリアーナを、王子の婚約者に迎えたいと申し出を受けた。

「私のメルリアーナを、婚約者に?」

怒りで屋敷の半分が壊滅したが、王と王妃は地に伏して頑と頼み込んだ。

王国の繁栄のため、メルリアーナ嬢の幸せを第一に考える、と。

最大限に機嫌を取り、公爵の後押しもあって、婚約には渋々ながら了承した。

その先に起きたのが、愚かな王子と聖女の起こした騒動であった。

教育から逃げ、尊大な態度で周りに当たり散らし、自分勝手に我儘に育ったラインハルトだが、そんな彼でも大賢者の伝説は耳にしていた。

しかし彼はそれを、

「御伽噺だろう」

と、吐いて捨てた。

王族ならば、いやこの国に生きる者ならば嫌でも知る常識を知らずに、同じく常識知らずの聖女の戯言を受け入れ、地味でおとなしいメルリアーナよりも、奔放で美しいリスティルアを選んだ。

二つの愚行にて、彼らはイヴァールメイスの逆鱗に触れたのだ。

「いっイヴリス!! お願い思い留まって!! どんな形であれ償いをするわ!! だから!!」

「約束を違えたのはそちらじゃない。なのにこちらにだけ我慢しろだなんて、そんなの調子が良すぎると思わない?」

「そ、それは……」

「わかりました!! 愚息のしでかしたこと……廃嫡……いや、聖女共々死罪にしましょう!! それでどうか怒りを収めてはもらえないでしょうか!!」

「ちっ父上……なにを、そんなこと、赦されるはず、わっ私は王子で、お二人の息子で……」

「黙れ愚か者!! 貴様のような不出来な者が王家に名を連ねているなど嘆かわしい!! とっとと屍になってしまえ!! 牛の糞の方がまだ貴様より使い道があるわ!!」

「あなた一人のためにこの国何百万の命が脅かされていると思ってるの!! 恥知らず!! 恩知らず!! あなたのような子なんて産まれてこなければよかったのよ!!」

「は、母上……」

飛び交う罵詈雑言に、イヴァールメイスはため息した。

どうしてそんな愚図の首一つで贖えるのかと問わんばかりに。

「家族喧嘩は結構だけど、もう遅いわよ。だってあなたたち、肝心のメルリアーナには一度だって許しを請うていないじゃない」

縋ることを許さず無慈悲に踵を返すイヴァールメイスは、そうだわ、と思いつく。

家族で隣の国に旅行に行きましょう。

綺麗な景色を見て、おいしいものを食べれば、少しはメルリアーナも安らぎを取り戻すでしょう。

「フフ、楽しみね。帰ったら思いきり抱きしめてあげないと」

イヴァールメイスが不在の間に、不興を買った王子の頭と胴体が泣き別れ、石を投げられ首をくくることになった聖女がいたかもしれないが、そんなことは最早関係の無いことだ。

出かけた先の隣国でメルリアーナが皇子に見初められ永住を決めたとしても、ドラゴンが王国を襲ったとしても、疫病が流行り、飢饉が蔓延し、挙げ句王国が地図から消えたとしても。

この世界には、けして怒らせてはならないものが存在する。

火の山に住むドラゴン?

闇を統べる悪魔?

否、本当に怖いのは――――――――愛に生きる母である。