軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

転生王女の動揺。

ぱちり。揺らぐ炎の中で薪が爆ぜる音がした。

薄暗い室内を赤く染める火を、ぼんやり眺める。鼻孔を掠める埃の臭いに、湿ったにおいが混ざる。雨の気配がした。

窓は木戸で締め切られている為、外の様子は見えない。上を見上げると、屋根の一部が劣化して崩れかけている。僅かに覗く景色は、鬱蒼と茂る木々。空は見えなかった。枝の上に止まった鳥が、一声鳴いて小首を傾げた。

現在位置は、森の中にある廃屋。

外から見ると、倒壊していないのが不思議なほどにボロボロだったが、中は意外と綺麗だった。人目を避けて行動するクーア族が、たまに利用しているらしい。

「マリー」

名前を呼ばれるのと同時に、目の前に何かを差し出される。炙った干し肉の乗ったパンだった。見るからに硬そうだが、いい匂いだ。しかし受け取るのを、少しばかり躊躇った。

「食べないの?」

隣に座る人は、私にパンを差し出しながら、不思議そうに小首を傾げる。さっき見た鳥と同じ仕草だと現実逃避気味に考えながらも、パンを受け取った。どうぞ、と笑う彼の様子は、おかしな位いつも通りだった。

戸惑う私の方がおかしいのだろうか。否、そんな訳ない。そんな訳ないはずだ。しっかりしろ、私の中の常識。簡単に揺らがないでくれ。

いただきますと覇気のない声で呟いて、パンをもそりと口に入れる。予想通り物凄く硬い。歯が折れそうだ。さすが保存食。

ぎぎぎ、と食物にあるまじき音をたてるパンを噛み千切り、咀嚼する。顎の鍛錬をしている気分になった。

「こんな食事でごめんね。もう少し村から離れたら、買い物も出来るだろうし、ちゃんとした物を食べさせてあげられると思うわ」

いつまでも飲み込めずにいる私を見て、彼は苦笑を浮かべる。

もう少し村から離れたらって、追手を撒いたらって意味だよね。それを攫った人に対して言うのってどうなんだろう。

微妙な表情を浮かべながら、私を攫った張本人――ヴォルフさんを見る。彼は何も言わずに笑みを深めた。少しだけ、困ったみたいに眉を下げて。

聞きたい事は山ほどあるのに、そんな顔を見てしまうと、なんと言っていいか分からなくなる。そもそも、どうしてヴォルフさんは私を攫ったのだろうか。

営利誘拐とは考え難い。

ヴォルフさんの人格を考慮しての推察や感情論ではなく、単純に成功率が低そうだという話だ。私は一応王女。身代金目的に攫うには、リスクが高すぎるだろう。

かといって、私自身に価値がある訳でもない。

ゲームの知識を持っているから、未来予知めいた事が出来るとはいえ、それを知っているのはレオンハルト様だけだし。それにゲーム開始時の設定とは、もう色んなズレが生じてしまっているので、あまり役には立たないだろう。

あと考えられるのは、国家間の争いの火種。

フランメとネーベルの関係を悪化させるために、ラプターが計画したとか。まぁ、ヴォルフさんは主を持たないクーア族なので、その可能性は限りなく低いと思う。

理由が全然思い浮かばないなぁ……。

私が、お金持ちな商家の娘とかなら、利用価値もあるんだろうけど。王女なんて、面倒で厄介なだけで、良い活用方法なんてないと思う。

「マリー」

呼ばれて顔をあげる。

ちょい、と眉間を突かれた。

「皺寄ってる。可愛い顔が台無しよ?」

ふふ、と息を吐くような笑い声と共に囁かれた。

突かれた場所を押さえながら、私は小さく唸る。

「……誰のせいですか」

突かれた場所を押さえながら、恨みがましい目で見上げる。

「私のせいね」

アッサリと認められてしまって、用意していた言葉を飲み込む羽目になった。

暫し逡巡した後、一番気になっていた疑問を口に出した。

「……どうして私なんて攫ったんです。私、本物の王女なんですよ?」

信じられないかもしれませんが、と付け加えると、ヴォルフさんは破顔した。

「知ってるわよ」

「だったら、なんで! 王女攫っておいて、冗談ですじゃ済まないんですよ!?」

「まぁ最悪、死罪でしょうね」

簡単に『死罪』なんて言葉を使うヴォルフさんに、私は苛立ちを感じた。

分かっているなら、何故私なんかを攫った。

クーア族は、ヴォルフさんは、人類の宝だ。人の命を救う知識と技術を持った、得難い人材だ。つまらない気まぐれで命を落としていい筈がない。

「それが分かっているから、ろくに抵抗しなかったんでしょ? 私がアンタを攫ったと、誰かに知られてしまえば言い逃れは出来なくなる。私を罪人にしたくなくて、こんなところまでついてきちゃったんだから、アンタも相当なお人好しよね」

言い当てられたのが悔しくて、私は唇を噛み締めた。

町を抜けて、この森に辿り着くまでの間に、何度か助けを求められそうな場面はあった。助けて、と叫べば届きそうな位置に人はいた。でも、出来なかった。私が『攫われた』のだと認めてしまえば、ヴォルフさんは自動的に罪人になる。

こうしている間にも、沢山の人に心配と迷惑をかけていると分かっているのに、決断ができない。私はまだ、甘えと弱さを捨てられずにいる。

「今ならまだ、間に合います。私の我侭で抜け出した事にしましょう」

私がそう言うと、ヴォルフさんは目を丸くした。

虚を突かれた顔の彼は、パチパチと数度瞬く。そして、出来の悪い子供を見るような目で私を見て、微笑んだ。

「駄目よ。そんなに簡単に諦められるなら、王女を攫うなんて大それた真似はしてないわ」

「どうして! 言っておきますが、私なんの価値もないですよ!? 身分が無駄に高いだけの小娘です!」

「あるわ」

身を乗り出して、言いたい事をぶちまけていた私は、ヴォルフさんの言葉に動きを止めた。真剣な光を宿す双眸に見据えられ、息を呑む。

「アンタには、価値がある」

怖いくらい、真っ直ぐな目だった。

迷いのない目に気圧され、思わず言葉を失う。

ぽつ、と壁と屋根の隙間から風に乗った雨粒が入り込んできた。いつの間にか降り出していた雨の音と、時折爆ぜる薪の音だけが、静かな空間に響いた。

「世界には、沢山の金持ちがいるわ。大体が自分の利益しか目に入っていないクズだけど、良識のある人だって勿論いる。でもね、アンタみたいに、部下を救うために全力を尽くす金持ちは、決して多くないわ。ううん、私はアンタ以外、そんな馬鹿を知らない」

「……馬鹿って」

情けない声で、ぽつりと呟く。

的外れだって分かっていても、他に返す言葉が思いつかなかった。たぶん『馬鹿』という言葉には、ヴォルフさんなりの賛辞が込められていた。否、賛辞という言葉で片付けられない熱量を持っている。

ぞわり、と背筋を冷たいものが伝った。

嫌悪や不快感じゃない。たぶん、身の丈に合わない期待を向けられる事を、私は本能的に畏れた。

ヴォルフさんが私に求めているものは、未だ分からない。

でも今の言葉に、望みの一端を見た気がした。私には抱え込めない重さを持つ、一欠片を。

「買いかぶりです。私以上に素晴らしい人は、山ほどいますよ」

「王侯貴族の中で、どれだけの人間が部下のために必死になれる? どれだけの人間が、平民に頭を下げられるの?」

「ヴォルフさ……」

腕を掴まれ、正面から向き合う。

逃げを許さない強さで、視線を絡め取られた。

「アンタはちゃんと、自分の価値を知るべきだ」

「っ……」

声と体が震える。

呼吸が上手く出来なくて、目眩がした。

「マリー、私は……」

息苦しさに喘ぐ私を知ってか知らずか、ヴォルフさんは更に言葉を続けようとする。しかし声は途切れた。一瞬の静寂の後、体を突き飛ばされる。尻餅をついた私と、背後に飛び退ったヴォルフさんの間を、なにかが通り過ぎた。

乾いた音をたてて、土間に何かが突き刺さる。ヴォルフさんのいた位置に深々と刺さっているのは、細身のナイフだった。

「暗器……!」

舌打ちをしたヴォルフさんは、腰のベルトに括り付けられたナイフを引き抜く。

なにが起こっているのか分からない私は、バサリ、と鳥が飛び立つ羽音を聞いた。

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