軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

転生王女の客人。

私の強引な説得……というよりは脅しが効いたのか、港に近い場所にある広い屋敷を提供して貰えた。医者は町外れに住んでいるとの事。十数分後、呼びに行った男に背負われてきたのは、六十過ぎのお爺ちゃんだった。寝ているところを叩き起こされたのか、白髪交じりの髪も服もグシャグシャで酷い有様だ。

「こりゃあ……まずいな」

服の隙間から手を突っ込んで腹をかきながら、大きな欠伸をしていた医者だったが、クラウスの様子を見るなり真剣な面持ちとなった。

彼の言葉を聞いて、私の背筋を嫌な汗が伝う。

包帯や布を取り払うと、傷口の周りが薄っすらと青黒く染まっている。医者は舌打ちし、毒かと呟いた。

「島を根城にする海賊共にやられたな? あいつ等の毒を受けて、よく生き延びていられるもんだ。薬は何を使った?」

「私が調合したものよ」

ヴォルフさんが手を挙げると、医者は目を瞠った。

「お前さんが? 高い金を払って商人から買った薬を、たまたま持っていたんじゃなく、一から作ったってのかい?」

「……商売柄、薬は大量に持っているから。適当に混ぜ合わせただけよ」

「適当に、かい。そりゃあ凄いな。まさに神の御業だ」

感心と呆れ、半々くらいの感情を織り交ぜたような声で医者は呟く。対するヴォルフさんは何も答えず、ただ苦い笑いを唇に刻んだ。

「こんな鄙びた町で、出会えるとは思わなかったよ。長生きはするものだな」

奇跡の一族。医者はそう言った。

隣にいた私と、反対隣にいたヴォルフさんにしか聞こえない小さな声だったけれど、聞き間違いではないと思う。

「光栄だけど、無駄話をしている時間はないわ」

「そうだな。……しかし、どうしたもんか」

医者は、無精髭の生えた顎を擦りながら唸る。

「傷口の周りの壊死しかかっている部分を、削ぎ落としたい。だがなぁ……これ以上、血を失くせば命に関わる」

医者の視線を追う形で、クラウスを見る。

青白い顔色のクラウスは、もうずっと意識が戻らないまま。手を握っても、反応がない。呼吸は浅く、今にも止まってしまいそうで恐ろしかった。

「患部を切り取って、すぐに血を止める方法でもあれば別だが。流石に、そんな魔法のような薬は?」

「ないわね。でも、やるしかないでしょう」

即答したヴォルフさんに、医者は眉間にシワを寄せて嘆息した。だな、と苦い声で告げる。

「おい、お前ら! 湯を沸かせ!」

遠巻きに見ていた町の人達に向け、医者は指示を飛ばす。

「マリー、アンタは……」

「手伝います」

食い気味に答えると、ヴォルフさんの目が丸くなった。

たぶん、別室で待機していろというつもりだったんだろう。彼は私の意志を探るように、じっと見つめた。

「患部を切り落とすのよ? 当然、さっきより血だって流れるわ。分かってる?」

覚悟は出来ているのかと、突きつけられる。

血は正直苦手だ。痛いのも嫌いだし、怖い。でも、生死の境を彷徨っているクラウスの傍を離れるのは、もっと怖い。

私はヴォルフさんと目を合わせ、しっかりと頷いた。

「はい」

「……アンタって子は、本当に」

ヴォルフさんは呆れたと言わんばかりに、額を押さえて天を仰いだ。次いで、肺の中身を全て出し切るような溜息を吐く。

再び私の方を向いたヴォルフさんは、一度目を伏せると、ひらひらと手を振った。

「いいわ、分かった。ならまず汚れを落としてらっしゃい」

私は了解の返事をすると、踵を返す。慌ただしく動き出した人々の間を縫って、駆け出した。

もらった水と手拭いで顔や手の汚れを落とし、別室で借り物の服に着替える。青灰色のワンピースと、白いエプロンを手早く纏う。髪は邪魔にならないように、結って纏めた。

クラウスの元へ戻る途中、廊下で呼び止められる。

振り返ると、厨房担当の船員、ヤンさんがいた。私に客が来ていると教えられ、戸惑う。

私はフランメに知り合いなんていない。それに、私がここにいる事は予定外の事態だ。一緒に乗船していた人達以外、知らないはずなのに。

警戒している私を見て、ヤンさんは表情を引き締めた。

「悪い奴には見えなかったが……お嬢さんに心当たりがないなら断っておく。念のため、アンタは一人で行動するなよ。危ない奴だったら困るからな」

年長者の顔で言い聞かせ、私の頭を撫でる。

しかしヤンさんは、次の瞬間、なにかに気付いたかのように顔を強張らせ、一歩後退った。

「しまった……つい、今までと同じように扱っちまった。ご無礼を、王女殿下」

「! 止めて下さいっ」

跪こうとしたヤンさんを、慌てて止める。

立ち上がってくれた彼だが、その表情には戸惑いが見て取れた。

同じように扱って貰えるとは思わなかったけれど、これはちょっと辛い。

自分の行動の結果だとは理解していても、哀しいものは哀しい。微妙な顔で黙り込んだ私をどうしたらいいのか分からず、ヤンさんも無言になる。

気まずい沈黙に耐えられない。私は口篭りながらも急いでいる旨を伝えて、その場を後にした。

クラウスがいる部屋へと戻ると、既に準備は終わっていた。

うつ伏せになったクラウスは、意識が戻った場合に暴れないようにか、手足を固定されていた。口には何かを噛まされている。細く立ち上る煙と室内に漂う不思議な香りの正体は、お香だ。リラックスとか鎮痛とか、そういった効果があるのかもしれない。

口元を布で覆ったヴォルフさんは、手元へと視線を落としたまま、遅い、と言った。私もマスク代わりに布を巻きながら、謝罪する。

ヴォルフさんの隣に立つと、クラウスを挟んで向かい側に立つ医師の手元が見えた。小刀の放つ輝きに気圧され、心臓が嫌な音をたてる。

口の中がカラカラに乾いて、ジワリと汗が滲む。私がなにかをする訳ではないのに、緊張で倒れそうだった。

「始めるぞ」

重々しい声で医者は宣言し、クラウスの肌に小刀を当てる。

プツ、という小さな音がして刃が沈んだ。血が滲んで、玉になる。既に見ているだけで痛いが、目は逸らさない。自分で立ち会うと決めたのだ。

握り込んだ掌に食い込む爪の痛みが、私の意識を繋ぎ止めてくれる。

張り詰めた空気の中、道具を操る音だけが響く。

そんな静寂を打ち破るかのように、喧騒が近付いてきた。バン、と乱暴な音と共に、蹴破る勢いで扉が開く。

「マリー様っ!!」

「!?」

転がるような勢いで飛び込んできたのは、身なりの良い少年だった。

外套のフードが落ちると、項の辺りで括ったプラチナブロンドがこぼれ落ちる。よほど急いできたのか、額に汗が浮かび、前髪が貼り付いていた。長い睫毛に縁取られた菫色の瞳が、探し人を求めて忙しなく動く。

その端正な顔は、私の良く知るものだった。

「ゲオルク様!?」

彼の名を呼びながら駆け寄る。

突然の訪問者を排除しようと追いかけてきた人達も、私の反応を見て手出しを止めた。

「良かった……。ご無事だったんですね」

「どうして、貴方がここに?」

安堵の息を洩らすゲオルクに、私は問う。

「鳥が手紙を運んできたんですよ。貴方の乗る船が海賊に襲われ、急遽、この港を目指すと」

「……鳥?」

鸚鵡返しにすると、彼は頷いて付け加えた。黒い鳥だった、と。

もちろん、私に心当たりはない。誰からの手紙なのか、など聞きたい事は沢山ある。しかし、今はそれどころじゃない。

「マリー、感動の再会は後でやって。その色男を追い出して頂戴」

「すみません!」

ヴォルフさんの叱責に、慌てて返す。

あとで話は聞くからと、背を押して部屋から出そうとするが、逆に伸ばした手を絡め取られた。

腕を引かれ、怒りよりも戸惑いが勝る。紳士なゲオルクらしくない行動だ。

「ゲオルク?」

「その治療、待って下さい」

ゲオルクの視線は、私を通り越して背後のヴォルフさん達へと注がれていた。

肩越しに振り返ると、医者は訝しげに眉を顰めている。ヴォルフさんは、無表情だったが、視線は驚くほどに冷えていた。表情を削ぎ落とした彼の顔は、人形のように整っていて、それが余計に冷たさを際立たせる。

「人の生死がかかっているものを、待て? アンタは何様なの。神様? 人の運命を変えられるのかしら」

「っ!」

真正面からその視線を受けたゲオルクの顔が強張る。しかし彼は、視線を外しはしなかった。

「神ではありません。僕は大した特技も持たない、ただのガキだ。……ですが、彼なら変えられるかもしれない」

「……彼?」

ヴォルフさんの声に被せるようにして、再びドアが開く音がした。

入ってきたのはビアンカ姐さんと、彼女に支えられるようにして立つ、細身の青年。外套のフードを被っていたからか、細く柔らかな黒髪は鳥の巣のようにぐしゃぐしゃ。額には玉の汗が浮かび、顔色は酷く悪い。苦しそうに、肩で息をしている。

足元はふらついていて、危なっかしい。だが青年は、ビアンカ姐さんから体を離した。心配そうに見上げるビアンカ姐さんに、不器用に笑いかける。

「ここまでで、いいよ」

「でも、ミハイル……」

「もう大丈夫だから。ありがと、姉さん」

外套を脱いだ青年……ミハイルは、それをビアンカ姐さんに預けると、私の方を向いた。

視線がかち合って、思わず身構えてしまう。だって、気まずいまま別れてしまったから、なんて声をかけるべきかも分からない。

ミハイルは、そんな私を見て困り顔を浮かべた。

「王女様」

身を屈めて、私を覗き込んでいたミハイルは、何かに気付いたように視線を下げる。視線を辿れば、エプロンに僅かな赤いシミが出来ていた。いつの間に汚してしまったんだろう。借り物なのに。

恭しい動作で持ち上げられた私の右手は、さっき力を込めて握り込んだせいか、三日月型の傷が刻まれていた。うっすらと血が滲む手を、ミハイルは両手でそっと包み込んだ。

「貴方に、秘密にしていたことがあるんだ」

「え?」

「オレは、地属性の魔導師。それは、知ってますよね」

問われ、頷く。

「攻撃魔法の使えない魔導師が、使える魔法はなんだと思います?」

彼の細い指先が、私の掌を辿る。

するり、と一撫で。触れ合いとも呼べぬような、十数秒の接触。しかし私の掌には、明らかな変化があった。

掌の真ん中、頭脳線に沿うような形で刻まれていた三つの傷跡が、綺麗さっぱり消えていたのだ。

目を見開いて、右手を凝視する。

弾かれたみたいに顔をあげれば、ミハイルは微笑んだ。泣き出す寸前の子供みたいな、歪な笑顔だった。

「オレが、貴方の大切な人を助けます。……そのために、ここにいる」

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