軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

護衛騎士の葛藤。

※クラウス視点です。

甲板に上がると、冷えた夜気が肌を撫でた。

周囲を見渡すが、白く煙ってなにも見えない。最悪なことに、霧が出ているらしい。

ただでさえ、身を隠す場所の多い諸島、しかも夜間。更に海霧まで出ているとは、とことんこの船は、運に見放されているらしい。

見張り台に近付くと、柵に寄り掛かるように倒れている人影が見えた。気絶しているだけなのか、事切れているのか。この距離では、その判断もつかない。

矢を警戒して、身を低くしながら近付く。すると、倒れている人物の体がかすかに動くのが見えた。どうやら、死んではいないらしい。

安堵の息を吐き、マストに手をつくと同時に、ガツンと大きな音がして船が大きく揺れた。

咄嗟にマストに掴まって、揺れに耐える。

もう一度、音と共に衝撃がきて、橋代わりの頑丈な渡し板がかけられた。

「敵襲―っ!!」

上がってくる時に拝借した鍋を打ち鳴らし、幾度も叫ぶ。

階下が騒がしくなり始めたのを確認し、鍋を投げ捨てた。

深く息を吸い込めば、冷えた空気が肺を満たす。

感覚が冴え渡る。力強く脈打つ己の鼓動の音を聞きながら、霧にけぶる前方を睨んだ。

掛けた橋の向こう、ぼんやりと浮かぶ船の縁と、いくつもの人影が見える。やがてドカドカと、品の欠片もない足音が響く。

どうやら、招かれざる客が来たようだ。

オレのたった一人の主の、大切な旅を汚す不届き者達が。

そう思えば、自然と剣の柄を掴む手に力が篭もる。

ギリ、と喰いしばった歯が嫌な音をたてた。

鞘を押さえ、剣を一気に引き抜く。

一歩踏み出す。続いて一歩、もう一歩、そのまま駆け出す。

「おい! もっと船を寄せろ!」

「久々の獲物だ。一匹たりとも逃がすんじゃねえぞ!!」

距離を詰めれば、野卑た言動に似合いの下品な顔をした男達の姿が見え始める。

「そこを退け! オレ様が一番乗りだ!!」

前に居た男を押し退け、浮かれた声をあげながら甲板へと降り立つ。駆け寄ったオレの姿を捉え、男は瞬く。卑しい笑顔が驚愕に彩られる一瞬前に、オレの剣が男の喉笛を斬り裂いた。

びしゃり。大量の鮮血が、甲板を染める。男は何が起こったのかも分からぬまま、たたらを踏む。喉を押さえたまま、よろよろと数歩後退り、船の縁に背をぶつけた。ぐらりと傾いだ体が、落ちる。派手な水飛沫があがった。

「な、ぐぁっ!?」

橋の上から、落ちた男を視線で追っていた奴を蹴落とす。次の男は剣を抜き、応戦してきたが、鍔迫り合いに気を取られている隙に、足を引っ掛け、掬う。

倒れ伏した男の背を踏み、上から心臓を貫くと、絶叫が洩れた。

海賊達は、突然襲ってきた敵に動揺しているようだった。まだ微かに動いている男の体を、海へと蹴落とすと、前から駆け出してきた海賊が、雄叫びをあげながら大きく振りかぶる。ギィン、と剣が合わさる派手な音が鳴り響いた。

「なんなんだよテメェ!? 消えろや!!」

「お前がな」

叫ぶ男に、淡々と返す。

何度も力任せに上から打ち下ろされる剣を受け止め、押し返す。剣を振り払うように薙ぐと、男は体勢を僅かに崩した。すかさず間を詰め、腰に佩いた短剣を引き抜き、右目に突き立てた。

無様な悲鳴をあげながら下がる男にとどめを刺そうと、踏み出したのと同時に、襟首を掴まれた。体勢が崩れ、仰け反る。その瞬間、顔面すれすれの位置を、ひゅ、と乾いた音をたてて矢が通り過ぎた。

そのまま引き摺られ、船へと戻される。

振り返ると、外套を身に纏った人物が背後に立っていた。フードを深く被っているため、顔は見えない。

しかしその背格好と姿勢、纏う外套には見覚えがあった。以前、侍女が倒れた折に、部屋を明け渡してくれた奴だ。

「突っ走り過ぎだ」

掴んでいた襟首から手を離したその人物は、ボソリと呆れた声で呟く。

声は男のものだった。

「すまない。助かった」

素直に礼を言えば、男は呆れたと言わんばかりの溜息を吐き出した。

「アンタ、護衛向きじゃないな」

「は?」

聞き捨てならない言葉に、思わず顔を上げる。しかし即座に後頭部を押さえつけられ、伏せてろ、と男は短く告げた。

「どういう意味だ」

「そのままだ。アンタは、人を護りながら戦うことに向いてない」

「オレは、」

食い下がれば、男は、こちらを一瞥した。フードに隠れてよく見えないが、鋭い視線がこちらを射抜いたような気がした。

「アンタのは、護るためじゃなくて殺す為だけの戦い方だ。突っ走ることしか出来ない獣に護れるもんなんて、なにもないぞ」

「!」

言いたいことは言ったとばかりに、男はオレから視線を外す。

低い体勢を保ちながら、男は懐に手を突っ込む。引き抜いた手には、三本の武器。指と指の間に挟んでいるのは細身のナイフ……否、暗器の類か。

男は近くに転がっていた小さい木製の桶を足で引き寄せると、そのまま上へと蹴り上げた。

高く上がった桶に向け、鋭い矢が二本飛んでくる。一本が当たり、桶は遠くへ転がっていった。次の矢を番えるまでの数秒を狙いすまし、男は身を起こす。

空を薙ぐように男が手を振る。すると細身の暗器が、一人の弓兵の上腕と喉に。残る一本はもう一人の眉間に深々と刺さった。

「行くぞ」

促す男に続き、立ち上がるが、頭の中はグチャグチャだった。

護る戦いに、向いていない?

あの方の盾であり剣でありたいと、願っているのに。

戦場では、僅かな気の緩みさえ命取りになる。分かっているのに、雑念が払えない。周りの敵を切り伏せながらも、鬱屈とした気持ちを抱えていた。

ローゼマリー様を護りたい。

あの方の願いごと。あの方の大切なものごと、オレが護りたいのに。

オレには、護り方が分からない。

周囲の敵全てを屠る、それしか出来ない。

「ぐっ、」

騒然たる状況の中、押し殺した苦しげな声が耳に届く。

振り返ると、船員の一人が海賊に押し負けている。切り結んでいた相手を突き放し、肩から腹にかけて、斜めに斬り捨てた。

駆け寄り、船員を今まさに斬り殺そうとしている海賊の首を切り裂く。

「大丈夫か」

「あ、ああ。ありがとう」

呆けて座り込んでいる船員に手を貸し、引っ張って立たせた。

しっかりしろ、の意味を込めて肩を強めの力で叩く。すぐに別の敵に向かい、駆け出した。

一人でも、死なせてたまるか。

混戦状態となった甲板を見渡し、心に誓う。

誰も死ぬな。

あの方の心に、誰も傷をつくるな。

オレにとっては、なんの思い入れもない人間が死んだところで、痛くも痒くもない。だが、あの方は、ローゼマリー様は哀しむ。

救えなかった自分の無力を嘆き、己を責める。

それは妄想ではない。過去にあった出来事を鑑みての、事実。

魔導師誘拐事件の時、あの方は敵の手先である侍女の命を救う為に、必死だった。だが、オレはローゼマリー様の命を護ることだけを優先し、あの方の願いを黙殺した。

余裕がなかった訳ではない。助けようと思えば、助けられた。だが、不測の事態というものもある。万が一にでもローゼマリー様を危険に晒してはならない。その為には、侍女の一人や二人、見殺しにしても構わない。

そうしてオレは、あの方の心に大きな傷を作った。

優しい方だと知っていたのに。そんな方だからこそ、護りたいと願っていたのに。

……ああ、本当にオレは、護衛に向いていない。

「ちょっと!!」

がん、と衝撃が横から襲う。

突き飛ばされたのだと理解して、そちらを見る。男が大ぶりな二本のナイフを交差させ、海賊の剣を受け止めているところだった。

力で弾き返し、心臓を一突き。振り返った男は、頬に散った返り血を手の甲で乱暴に拭い、不機嫌な顔でオレを睨んだ。

「ボーッとしてんじゃないわよ。妹に笑われたいの?」

「!」

発破をかけてきたのは、ここ最近、ローゼマリー様と親しくしていた乗客だった。確か名は、ヴォルフといったか。

「妹は?」

「下で健気に頑張ってるわよ。あんなに根性があるとは思わなかったわ」

背中合わせに立ち、周囲の敵を蹴散らしながらも会話を続ける。

「アンタと一緒に、あの子も戦ってる。不甲斐ない姿を晒すのは、お兄ちゃんとしてどうなの?」

挑発するような言葉に、怒りや苛立ちは感じない。

ただ、視線は吸い寄せられるように階下へと向かう。

本当は、片時も目を離したくない。

だが、そんな自分のままでは、あの方の傍にいる資格がないという事も分かっていた。

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