軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

転生王女の癇癪。

「馬鹿はそっちでしょうが!!」

振りかぶった枕を、思いっ切りベッドヘッドにぶつける。

それでも気が治まらず、跳ね返って来た枕に、力任せに拳を突き入れた。

「なにが『お前の価値を示してみろ』よ……っ!! 何様だっての!!」

無残にへこんだ枕に、続け様に打撃を加える。破れて羽毛が飛び散りそうだとか、知ったこっちゃない。

ムカつき過ぎて、頭がおかしくなりそうだった。八つ当たりくらいしないと、やってられない。僅かに残った理性で声は潜めているが、出来ることなら叫びながら城内を駆け回りたいくらいだった。

ああああああムカつく!! ムカつく!! クソ親父ぃいいいいい!!

自室のベッドの上、枕を抱えたまま、ゴロゴロと転がる。

目撃されたら医者どころか祈祷師を呼ばれそうな奇行だが、どうせ誰も見てはいない。

もしかしたら部屋の前で警護しているクラウスには聞こえるかもしれないが、もういい。どうだっていい。

心の中で、そう吐き捨てるくらい、今の私はやさぐれている。

父様の部屋から、どうやって自分の部屋まで戻ってきたのか、ショックが大きすぎて覚えていない。

一人になってからも暫く呆けていた私だったが、遅れてやってきたのは、哀しみや絶望ではなく怒りだった。

だってそうだろう。頑張った結果が、望まぬ結婚って何だソレ。

大人しく傍観していた方がマシだったって、今までの努力、全否定じゃないか!!

そりゃあ、打算だってありましたよ。

あくまで私は、私自身の平穏のために未来を変える決意をした。全ての人が幸福でありますように、なんて清らかな願いのために動いていたわけじゃない。

でも、でもね。私だけが幸せであればいいとか、そこまで自己中心的に生きていたんじゃないよ。大切な人達や、その周りの人達、みんなが笑っていられる未来になればいいって、私なりに頑張っていた。

その結果がまさか、顔も知らない隣国の王子への輿入れルートに繋がっているなんて、誰が思う!?

「くたばれクソ親父……!!」

渾身の力を込めて、枕を殴り付けた。

ボス、と拳がめり込んだ瞬間、縫い目から羽が数枚零れ落ちる。ひらひら、はらはらと、羽が舞い散る幻想的な光景を、肩で息をしながら眺めていた。

静かな室内に、私の荒い息遣いだけが響く。

「…………あー、もう……」

一頻り暴れたあと、私は脱力した。

ゴロリとベッドに、仰向けで寝転がる。

私の体が沈み込んだ衝撃で、再び舞い上がった一枚の羽が鼻の上へと落ちてきた。フゥ、と呼気で払い、目を閉じる。

「……虚しい」

呟いた声が、うつろに響く。

沸騰した頭が冷えてくると共に、虚しさが込み上げてきた。

部屋の中で、一人で暴れて叫んで、あげく自己嫌悪に陥るとか……情緒不安定すぎだ。

何やってるんだろう、私。

このまま不貞腐れていても何も解決しないが、今日はもう何もしたくない。怒り過ぎたためか、こめかみの辺りが鈍痛を訴えている。

いっそこのまま寝てしまおうかと、不明瞭になり始めた頭で考えた。

そんな時だ。

――ピトリ。

額に、小さな感触が押し当てられた。

「…………?」

重たい瞼を、ゆっくりと押し上げる。

額の微かな重みの正体を確認しようとするが、何も見えない。仕方なしに身を起こそうとした。

すると枕元で動いた黒い影は、にゃあ、と一声鳴く。

ひょっこりと覗き込んだ黒猫が、私の視界いっぱいに広がった。

「ネロ」

愛猫の名を呼ぶと彼は、もう一度鳴いた。

私が暴れている時は、ソファーでのんびり寛いでいたのに、いつの間に移動して来たのか。

ヒステリーを起こしていた私に怯えた様子もなく、ネロは私を見下ろしている。ビー玉みたいな青い瞳は、もう気は済んだか、と呆れているような気さえした。

「ネロー……」

情けない声を出しながら、手を伸ばす。しかしネロは、抱き寄せようとした腕を躱し、ミァ、と拒否するみたいな鳴き声を出した。

そうですか。抱っこは嫌ですか。

哀しいが、さっきまで暴れていた女に抱き締められるのは、確かに不安だろう。諦めて見守ることにした。

するとそれを察知したのか、ネロは私の頭上付近で体を落ち着ける。

寄り添って眠ってくれるのだろうかと、一瞬期待した。だがネロは、予想外の行動を取り始めた。

「……ん? ちょ、ネロ?」

のし、ともう一方の前足が私の額にのる。

戸惑う私を放置し、愛猫は私の額の上で寛ぎ始める。

嘘でしょ、おい。

いくら成猫ではないとはいえ、貴方もう結構重いんですけど!?

今度は、物理的にずっしりと頭が重い。

冷えはじめていた頭が、ほかほかしてきた。ゴロゴロと喉を鳴らす振動が、ダイレクトに伝わってくる。

気持ちよさそうで何よりですけど、そのまま寝るのは止めて頂きたい。

たぶん今の私は、かなり間抜けな姿になっていると思う。

何やってるんだろう、私……。マジで。

半目で天蓋を眺めながら、大きなため息を吐き出した。

今更ながら、自分の一連の行動を思い起こすと、ため息しか出ない。

一応、乙女ゲームのキャラクターのはずなのに、何だってこんなに情けない行動しか出来ないんだろうか。私ってやつは。

叶わぬ恋に身を焦がすお姫様が、政略結婚の話を聞いて、怒り狂うとか聞いた事ない。普通、泣くんじゃないかな?

レオンハルト様の元をこっそり訪れて、柱の陰から見守ったりなんかして。見つかったら、何でもないんですって、健気にも笑いながら言うものなんじゃないの。

枕振り回して、喚き散らすとか引くわ。我が事ながら普通に引くわ。挙句、頭に猫が乗ってるしな。

しょせん私は、乙女ゲームのヒロインにはなれない。

だったら、私は私に出来る方法で、足掻くしかない。

「…………」

腹の上で両手を組み、深く呼吸をする。目を閉じて、思考に集中した。

父様は、『価値を示せ』と言った。

なら私は、隣国の王太子が成人する二年後までに、何らかの実績を残さなければならない。

では、具体的にどんな実績かと問おうにも、明確な形があるわけではない。自分で判断し、動き始めるところが第一関門。

眩暈がするほど途方もない話だ。幼い王女に、なんて鬼畜な課題を出すんだろうか。あのヒトデナシ。

だが幸か不幸か、私には目標がすでに二つある。

一つは、未来に流行るであろう病の対策を取る事。

こちらはゲームの設定とは違い、現状では、ネーベル王国ではなくヴィント王国で流行る可能性が高い。

治療法を確立出来れば、ヴィントに大きな貸しを作れる。

もう一つは、魔王の封じられた石を探しだし、厳重に保管する事。

ネーベル王国のためにも、世界の平和の為にも、いつ何時復活するか分からないような、危うい状態で放置しておくのは、危険過ぎる。

どちらも難易度が最高値なだけあって、大きな実績となるだろう。

あくまで、実現出来ればの話だが。

経過や着眼点を評価してくれるような、生易しい人ではない。達成できなければ、何もしなかったのと同じ。結果が全てだと、眉一つ動かさずに言うだろう。

「……私に、出来るかな」

呟いた声は、酷く頼りなげだった。小さな独り言は、誰に拾われる事もなく夜気に紛れて消えていった。

.