軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

転生王女の会議。

私の願いが届いたのか、一人の女性が現れた。

コツリ、硬質な靴音が響く。

現れたのは細身の美女。シックな濃紺のドレスの上から黒のローブを纏い、足元は高いヒールのパンプス。

細腕に、重そうな本を抱えている。

艶やかな黒髪を結い上げた美女は、私達を順にぐるりと見回してから、モノクルの奥の切れ長な目を眇めた。紅を刷いた唇が弧を描く。

「あら。随分と面白そうな事になっていますね」

魔導師長、イリーネ・フォン・アルトマン様の登場に、ルッツとテオは、顔を引き攣らせて固まった。

『うげ』と小さな呻きを洩らした二人に、イリーネ様は嫣然とした笑みを向ける。

「廊下で揉め事を起こすほど、体力が有り余っているのかしら? それならそうと言ってくれれば、休憩なしの体力増強メニューを考えたのに。早速、戻り次第始めましょうか。ねえ? 馬鹿弟子共」

「すみませんでした!」

二人は即座に頭を下げた。

脇をしめ、直角に体を折り曲げる様は、体育会系もビックリな潔さだ。君らの職業なんだっけ、と思わず遠い目をして見守ってしまった。

「クラウス、貴方も物騒な物をしまいなさい」

まだ話し合いも始まっていないのに、既に疲労を感じている。ぐったりしつつもクラウスを見上げて命じれば、彼は渋々、剣を鞘にしまった。

不満そうな顔をしているけど、城内で有事でもないのに抜刀してる方が、問題アリアリなんだからな。

「全く。男という生き物は、何時まで経っても子供で困るわ。そうは思いませんこと?」

冷えた目で男性陣を一瞥したあと、イリーネ様は私へと柔らかく笑いかける。対応の温度差が半端ない。

肯定してルッツらの心をへし折るのも躊躇われたので、曖昧に笑って誤魔化した。

「あら?」

イリーネ様は私の顔から視線を下げ、腕の中に抱かれた黒猫を見て、軽く目を瞠る。

人懐こいネロは、覗き込まれても怯える様子も見せず、小首を傾げてイリーネ様を見上げた。にゃあ、と小さく鳴けば、イリーネ様の表情が綻ぶ。

「まあ、可愛らしい。姫様が飼われているんですか?」

「はい。ネロといいます」

本で塞がっていない方の手を伸ばし、イリーネ様がネロの顎を、指の背で擽る。ネロは嫌がらず、されるがままだ。

猫が好きなのか、いつもより柔らかな雰囲気のイリーネ様に、お願い事をするなら今ではないかと思い立つ。

ネロの可愛さを利用しているようで、少し気が引けるけど。

「あの、イリーネ様。個人的な事情を持ちこんで申し訳ないのですが……ネロの入室を許して頂けませんか?」

恐る恐る、問う。

すると彼女は、アッサリと頷いてくれた。

「私は構いませんよ。同席するのは姫様のお知り合いばかりですし。何よりこの猫は随分大人しく、お利口なようです。迷惑もかけないでしょう」

『うちの馬鹿弟子と違って』

そう少量の毒を含ませた言葉を付け加え、イリーネ様はルッツとテオを横目に見る。二人は床に視線を固定したまま、口を閉ざしていた。

「二人も、問題ありませんよね」

最早、疑問符さえついていない。問いかけに擬態しているが、もう命令形に近いんじゃないだろうか。

「全くありません」

二人は背筋を伸ばして答える。異口同音とは、正にこの事だろうというレベルで、二人の声は重なっていた。必死に反感を買うまいとする姿勢は、いっそ清々しい。

細身のルッツならともかく、体格の良いテオが、ここまで頑なに拒む体力増強メニューとやらが、かなり気になる。

しかし今は、待たせているお客さんの方を優先しよう。

予想外の事態が続き、遅くなってしまったが、私達は部屋へと向かった。

広さ三十畳ほどの居室は、三方の壁には絵画が飾られ、天井には微細な蔦模様が描かれている。吊り下がった豪奢なシャンデリアの下、椅子から立ち上がったゲオルクとミハイルがいた。

待たせてしまった事を詫びると、二人は笑顔で許してくれた。猫を連れた私に、不思議そうな顔を向けたゲオルクに経緯を説明する。

隣のミハイルは、ネロを覚えていたようで『あの時の』と小さな声で呟いた。

「そう。貴方が助けてくれた猫よ」

「元気そうで、良かった」

私の腕の中から伸び上がり、興味津々に見上げるネロに、ミハイルは眦を下げた。目も声も、とても優しい。

「ずいぶん怪我の治りが早くて、実はもう歩けるのよ」

安心させるために、そう言って笑みかける。だが、何故かミハイルの顔は強張った。誤って異物を飲み込んでしまったかのような顔で、彼は息を詰める。

ネロに触れようと伸ばされた手は、途中で止まって、引っ込められた。

「……ミハイル?」

様子のおかしいミハイルに、何事かと覗き込むが、顔を逸らされた。

そのまま俯いてしまった彼に、困惑する。

私、なにかしてしまった?

「姫様、始めましょうか」

「あ、はい」

イリーネ様に呼ばれ、席に着く。

初対面である彼等が、お互いの自己紹介をしている間も、ミハイルが私の方を見る事はなかった。

少し……否、結構ショックだ。

「では、イリーネ様。お渡ししていた薬について、考察をお聞かせ願えますか?」

俯いてしまいそうになるのを堪え、本題を切り出す。今は、落ち込むよりも先に、やるべき事があると自分に言い聞かせた。

イリーネ様は、マホガニーのテーブルの上に置いた薬包を広げる。丸薬は砕かれ、粉状になっていた。

「細かくしたものを良く見てみると、僅かに赤味を帯びています。質感からして、おそらく樹皮のようなものかと思われますね」

「樹皮、ですか」

ゲオルクは、繁々と薬を眺め、イリーネ様の言葉を繰り返す。

「葉や根にしては、ザラつきがありすぎます。固まり辛い物に、ツナギとなる物を加え、練ったのではないでしょうか。臭いは薄く、味は、かなりの苦味があります」

イリーネ様は、持参した分厚い本を開く。

「樹皮を原料とする薬は、あまり多くはありません。我が国で確認されているのは……」

本を私達の方へ向ける。

白い指が指すページには、様々な木の図と解説が書き込まれていた。小さな黄色い花を咲かせる木や、光沢のある大きな葉をつけた木、それから黄色い内皮を持つ木。一つ一つの効能を、イリーネ様は丁寧に教えてくれた。

「ですが、どれも特徴が異なります。樹木、一本一本を 虱潰(しらみつぶ) しに調べるにしても、手元にあるものは、既に丸薬として加工されておりますので、照らし合わせるのも難しい。故に現状として、特定は困難であると言わざるを得ませんわ」

一通り説明を終えた彼女は、柳眉を下げ、細くため息を吐いた。

改めて、手掛かりの少なさを突き付けられると、さすがに落ち込む。室内に沈黙が落ちた。

そんな中、考え込むように黙っていたテオが手を挙げる。

「魔法で、辿る事は出来ませんか?魔導師は自然の力を借りますので、自分の属性の力を探り当てる事にも長けていますよね」

「そうね。水属性ならば水源を探り当て、風属性ならば大気の流れや天候を読む事が出来るように、地属性の魔導師ならば、もしかしたら生息地や種類を探り当てられるかもしれません。でも、貴方も知ってのとおり、城には地属性の魔導師はいないわ」

地方には、薬師のような仕事をして暮らしている魔導師もいるらしいが、国で保護しない辺りで、魔力量は推して知るべし、だ。

イリーネ様曰く、彼等の力は、植物を育てるのが上手い一般人と同等らしい。収穫が一日二日早くなるとか、枯れにくくなるとか、その程度。

あたってみても、空振りに終わる可能性は大きい。

「地道に一つずつ手掛かりを辿る他、ありませんか」

ゲオルクの言う通りだった。

気の遠くなる話だが、現時点で、方法はそれしかない。

入港記録は調べ終え、フランメ王国のものであると分かった。西側の海に面する港町から出航しているところまでは突き止めたので、後はユリウス様に託してある。

もしかしたら、そっちから情報が転がり込んでくるかもしれないし。諦めずに、頑張ろう。

取り敢えず今日は解散の流れとなり、皆は席を立つ。

時間をとって下さったイリーネ様にお礼を言い、そのまま談笑していると、背後から声がかけられる。

「あの……マリー様」

「はい?」

振り返ると、緊張した面持ちのゲオルクが立っていた。

話し合いは終わったのに、何を緊張する事があるのかと不思議に思い、軽く首を傾げる。すると更に、彼の顔が強張った。

一体どうしたんだ、ゲオルク。

発作か? 持病の癪か? それならおじいちゃん先生な侍医を呼んでくるけど?

「何でしょう」

「あ……の……」

私から目を逸らしながら、ゲオルクは言い辛そうに口ごもる。

頬を染めて俯く姿は、可憐な少女のようだ。凛々しい面差しになってきたと思ったけれど、表情によっては、まだまだエマさんの面影がある。

女子力高っかいなー。

「……も、もし宜しければ、温室を案内して頂けますか?」

「温室を?」

私は思わず聞き返した。

ゲオルクが植物に興味を示す事が意外だっただけで、他意はない。しかしゲオルクは焦りながら、早口で弁解を始めた。

「えっと、その、疾しい気持ちはなくてですね!稀少な薬草が多く栽培されていると聞いて、一度、見せて頂きたいと思っていただけなんです!」

「は、はぁ」

気圧されて、一歩後退る。

私が引いている事に気付いたゲオルクは、咳払いをしてから、小さな声で謝罪した。羞恥に頬を染める彼に、気にしないでと伝えるために 頭(かぶり) を振る。

ゲオルクの勢いに驚きはしたが、納得はした。

ユリウス様の手伝いをしているゲオルクは自然と、貴重な……つまりは商品になり得る物に反応してしまうんだろう。

温室は、基本、関係者以外立ち入り禁止だが、ゲオルクならば大丈夫だろうか。イリーネ様に判断を仰ぐために視線を向ければ、彼女は鷹揚に頷いた。

許可を得た私は、ゲオルクに向き直る。

「ええ。私でよければ……」

「ちょっと待った!」

笑顔で頷こうとしたが、途中で遮られた。

最初に視界を阻んだのは、白い手。次いで、私とゲオルクの間に割り込む体。上質な生地を使用している黒のローブの裾が、遅れてひらりと舞った。

私に背を向けているため、後頭部しか見えない。だが、特徴的な白に近い銀髪は、顔を見ずとも誰だか分かる。

「……ルッツ?」

「案内なら、オレ達がやるよ」

「え?」

どうしてそうなった。

何故、知り合ったばかりのゲオルクの案内を、人見知りが激しいルッツが、率先してやろうとしているんだろうか。意味が分からない。

そもそも、私達の間に割り込んだ意味は?

疑問が次から次へと湧いてきて、戸惑う私の隣に、テオが立つ。彼は私を覗き込み、柔らかな笑みを浮かべた。

「姫様は、猫を部屋に帰すんでしょう?」

腕の中のネロを覗き込みながら、テオが言う。

退屈だったのか、いつの間にか眠ってしまったネロを、あちこち連れ回すのは確かに、可哀想かもしれない。

「そうね。……じゃあ、お願い出来るかしら」

「えっ」

「もちろん。任せてよ」

肩越しに振り返り、ルッツは笑顔で頷く。

ゲオルクの声もした気がするが、前と横をルッツとテオに阻まれているため、顔が見えない。成長期に入ったルッツ達の身長は、私との差がひらくばかり。最早、壁だ。

ひょっこりとルッツの陰から顔を出し、ゲオルクを見る。

「では、ゲオルク様もそれで宜しいでしょうか」

「…………はい」

眉を顰めたゲオルクは、暫し沈黙した後、頷いた。

「ミハイルも、一緒にどうかしら」

ミハイルへと視線を移す。

未だに座ったままだった彼は、私の呼びかけに、弾かれたように顔をあげた。

「……は、はい?なん、でしょうか」

「ゲオルク様は、ルッツとテオに温室を案内してもらうのだけれど、貴方はどうする?」

聞こえていなかったらしいミハイルに、かみ砕いて説明する。

「……オレ、は」

言い淀んだミハイルは、唇を軽く噛む。

逡巡するように彷徨わせた視線を、イリーネ様へと固定する。机の上で本を揃えていた彼女は、視線に気付き、問う。

「何か?」

「ああ、あの、魔導師長様……少しだけ、お時間を頂いても……よろしい、ですか?」

閊えながら、ミハイルは必死に言葉を紡いだ。

予想外の言葉に、私は目を丸くするが、イリーネ様は軽く瞬いただけだった。モノクルの奥、理知的な光を宿す漆黒の瞳がミハイルを映す。

真っ直ぐに見据えられ、ミハイルの肩がビクリと揺れる。だが、震えながらも彼は、目を逸らす事はなかった。

「いいでしょう」

イリーネ様は、目を伏せて、ため息を一つ吐き出す。

本を抱え上げ、『いらっしゃい』とミハイルに声を掛けた彼女は歩き出す。呆けていたミハイルは、我に返ると、退室するイリーネ様の後に続いた。

その背を見送りながら、思う。

ミハイルは、自分の魔力について相談したいのだろうか。でも、もしそうだとしたら何故突然、気持ちが変わったんだろう。

今までずっと、隠し通してきた筈なのに。

「ミハイルは、どうしたんでしょうか?」

戸惑いを含んだゲオルクの言葉に、私はどう返すべきか分からなかった。

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