軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

転生王女の繙読。(2)

「…………」

本と睨めっこを続ける事、二時間弱。

眉間に縦ジワを刻んだ私は、肩の強張りを解すべく、伸びをしながら首をぐるりと廻らせた。

頭と目を酷使し過ぎて、頭痛がする。

「少しは理解出来たか」

眉間を指で揉み解していると、背凭れ……もとい父様が話しかけてきた。ずっと黙っていたから、存在を忘れていたよ。私、順応力高いな。

「本当に少しですけど」

「言ってみろ」

顔どころか視線さえ向けないまま投げられた言葉に、私は考えながら口を開いた。

「私達が今、平和に暮らせているのは、古人の努力の賜物なのだなぁと」

「感想を述べろとは言っていないが」

「……サヨウデスカ」

シミジミと呟くが、ばっさりと切って捨てられる。

ムカつくが、反論はしない。自分でも、小学生の感想文みたいだとは思ったから。

「魔王の力は、器に左右される可能性があると理解しました」

書によると、魔王を滅する事は無理だと判断した先人は、封印する方法を模索した。だが、多大な犠牲を払って成し遂げられた封印も完璧なものではなく、幾度も魔王は蘇った。

何度も熾烈な戦いを繰り返す過程で、より強固な封印が可能になった訳だが……それまでは地獄だっただろう。短い時には、五年で復活していたらしいから。

だが結果、復活する度に魔王が、同じ力を有している訳では無いと分かった。

「大陸の半分が焦土と化した悪夢の時代では、器にされていたのは、高名な魔導師であったようです。前代、その前、遡って器にされた人間を調べた結果、魔王は器の持つ魔力を、増幅させられるのではないかと推察されております」

「そうだな」

父様は手元の本を閉じ、私へ視線を向けた。

「魔王に対抗するには魔力が必要だが、魔力の強い人間を魔王に近付ける事は危険。危うい賭けだ」

「…………」

私は、神妙な顔で俯く。

器にされた人々は、さぞ無念だっただろう。己の躯が、大切な人達や国を追い詰める事に利用されるなんて。

魔王に対抗出来る力を持っているが故に、世界を追い詰めてしまう。

「…………?」

そこまで考えて、何かが引っ掛かった。

何だろう。何か……重要な何かを、忘れている気がする。

「さて」

「うぐっ!?」

真剣に考え込んでいた私だったが、突然襲った息苦しさと浮遊感に、くぐもった悲鳴を上げた。

「宣言通り、私は寝る」

「だ、だからって襟首掴まないで下さい!」

片手に燭台、もう片方の手で私の襟首を掴んだまま、父は部屋を出る。

寝室に出た途端、ぺい、と落っことされた。

こ、この野郎……。

小さな娘が悩んでいるというのに、猫の子みたいに摘まみだすのはどうかと思う。ちょっとは躊躇えや。

恨みがましい視線を向けるが、我関せず。

書庫に鍵をかけた後、寝台へと向かう父は、猫か犬を追い払うように手を振った。

「……お時間を割いて下さって、ありがとうございました。失礼します」

ムカつくが、ここでキレるのは余りに大人げない。頭を下げて退室する。

だがこれで終わったと思うなよ。

後日リベンジしてやる。絶対、読み終わるまで何回でも突撃してやるからな。覚えとけよ、父様。

寝室を出ると、護衛騎士が出迎えた。

騎士らしく背筋の伸びた立ち姿と、凛々しい表情。長く待たせてしまった自覚はあるが、気の緩みは一片も窺えない。辺りへの警戒を怠らない姿に、そういえば実力者だったなぁと思い出した。

しかし、僅か一秒後。引き締まった表情は、ふわりと溶けた。

「ローゼマリー様」

「!」

厳しい光を宿していた翠の瞳が柔らかく細められ、嬉しいと雄弁に語る。

薄い唇が弧を描き、精悍な美貌が甘さを帯びた。

なんだろう、この忠犬。

分かり易く喜色を浮かべるクラウスに、私は怯む。

どう反応を返すべきか一瞬悩み、結局、無表情のまま、素っ気なく歩き出した。

「戻ります」

「はっ」

……一声かけただけで、何がそんなに嬉しいんだろう。

千切れんばかりに振る尻尾の幻が見えた。おばあちゃん家で飼っていたタロに、散歩用のリードを見せた時の反応に似ている。

ただしタロと違って、クラウスを可愛いとは思っていない。断じてない。

おい誰だ。ツンデレって言った奴。

花を撒き散らす犬……もとい、護衛騎士をつれて自室を目指す途中、私は魔王についての記述を思い返す。

悩みは出来る限り、翌日に持ち越したくない。引っ掛かって絡んでしまった部分を、今日中に解しておきたかった。

「ローゼマリー様」

得た情報で一番大きかったのは、魔王が器の魔力を増幅させる力を持つという事。

確定ではないが、可能性はかなり大きいと思う。

「ローゼマリー様、お寒くはありませんか?」

「大丈夫よ」

増幅される具体的な数字は分からないが、仮に百倍だとしたら、器の持つ魔力が一なら百、百なら一万になる。

となると器となった人物が、剣士か魔導師かで、かなり差が出るって事だよね。

「戻りましたら、温かい紅茶をご用意致しますか?」

「あとは眠るだけだから、いいわ」

確かにそうなると、魔導師を魔王に近付けるのは賭けかもしれない。

魔力が強ければ強い程、器とされた時の被害が増す。

「お風邪など召されては大変です。どうか無理をなさらずに、クラウスに御申しつけ下さいませ」

……でも魔物の中には、硬い殻や皮で覆われた種もいて、剣士や弓手兵では対抗出来ない場合も多い。配下の魔物や魔王の防御力を考えれば、魔王討伐のパーティーメンバーには、魔導師は必須だ。

「ローゼマリー様のお役に立てる事が、私の悦びです。何でも仰って下さい」

「…………」

もう駄目だ。スルー出来ない。

人が考え事をしているのに、ワンワン、ワンワン煩さ過ぎる!馬鹿犬か!馬鹿犬なのかアンタは!

「……クラウス」

「はい!」

「考え事をしているの。黙っていて頂戴」

肩越しに振り返り、冷えた目で一瞥する。

「…………はい」

するとクラウスは、しょんぼりと項垂れた。

ぺたんと垂れた犬耳が見える気がする。

あ、あれっ?

何故か消沈したクラウスに、私は焦る。

私がクラウスに冷たいのなんて、いつもの事だ。寧ろ優しくした記憶がない。

「…………」

……そう考えると私って、結構酷い奴だな。

いや、一応理由はあるんだよ。クラウスって、勝手にいらんフラグ立ててくるし、変態だし。いずれ神子姫の護衛になるのに、私にこだわり過ぎてもいけないと思うし。変態だし。結構好戦的だから、手綱を握るのが難しい変態だし。変態だし、変態だしね……。

「…………クラウス」

そうだ。必要以上に近付かないのは自己防衛の為でもある。

爽やか好青年の見た目を裏切り、クラウスは取扱注意の劇薬でもあるから。

でも認めよう、認めてしまおう。

私がクラウスに冷たく接するのは、ある意味甘え。何をしても笑ってくれるという、歪な信頼の形なのだ。

名を呼ぶと彼は、窺うように私を見る。

本当に、犬だ。置いてきぼりにされたワンコ、そのもの。オレはいらないのって、情けなく鼻を鳴らす犬の幻が見える。

たぶんクラウスは、寂しかったんだろう。最近の私が、レオンハルト様にばかり、同行を頼むから。本来の護衛は自分であるはずなのに、別の人ばかり頼るから。

勿論それには正当な理由があるし、謝罪するつもりはない。せっかく『待て』を覚えさせたのに、無駄にしてたまるか。

でも今のは、私が悪い。

せっかく気遣ってくれたのに、好意を無碍にした。

「ごめんなさい。やっぱり紅茶を、淹れてくれる?」

「!」

「侍女に頼むのではなくて、貴方が淹れてね」

「……っ、喜んで!」

目を丸くしていたクラウスは、息を呑んでから、居酒屋さんのような返しをした。

さっきの意気消沈ぶりが嘘のように、満面の笑みで。

苦笑を浮かべた私は、安堵の息をそっと吐き出す。

元気になって、良かった。

「ローゼマリー様の御為に、必ずや美味しい紅茶を淹れてみせます」

「……うん。タノシミニシテルワ」

爽やかな決意表明を聞いた私は、数秒固まった後に微笑みを浮かべた。

思わず片言になってしまったのも、目が虚ろになってしまうのも見逃して欲しい。だってこれから、私が己に科した罰が始まるのだから。

以前、一度だけ洩らした事があるが、クラウスは家事の類が壊滅的に下手だ。

手先が不器用とか、性格が大雑把とか、理由は諸々あるが何よりもセンスがない。

家事にセンスなぞ必要ないと仰らないで頂きたい。大事だよ、センス。

料理をつくっていて、一味足りないと思って加える調味料にも表れる。ちなみにクラウスは、たった数滴入れる隠し味で、素材の味を殺せる。もちろん、悪い意味でな。

一度、紅茶を淹れてもらった時は、吹き出すかと思った。王女なんで堪えましたけど、体が反射的に拒みそうな味だった。あまりの不味さに、毒でも盛られたのかと一瞬疑いそうになった私は悪くない。

紅茶が苦いのも渋いのも、分かる。茶葉入れ過ぎで、その上蒸らし過ぎだろう。

でもなんでドロッとしてるの?なんで甘酸っぱいの??

ロシアンティーみたいにジャムでも入れたのかと思ったが、否定された。特に変わったものは入ってませんと言われ、逆に恐怖を覚える。

じゃあなんで紅茶が粘度を帯びてんだよオイ。お前はあれか、無から有を生み出せる錬金術師かと心の中で突っ込んだものだ。

「…………?」

ふと、何かが頭の隅に引っ掛かる。

私は思わず足を止めた。

「ローゼマリー様?」

不思議そうに私を呼ぶクラウスもスルーし、己の考えに没頭する。

無から有を生み出す……それは、無理だ。不可能だ。

セルフ突っ込みをしている訳ではなく、国王の部屋から引き摺っていた悩みに対しての、答えを得た気がした。

そう。そうだ、無理なんだよ。

一に万を掛ければ一万になるが、ゼロには何を掛けてもゼロだ。どんなに強大な力を持っていても、存在しないものは増やせない。

たとえ魔王が百億倍の増幅装置だったとしても、器に魔力がなければ、意味がない。

「……あ」

呆然とした声が、己の口から洩れる。

導き出した答えは、とても簡潔。故に、残酷である。

ゲームの中で魔王の器となっていたミハイル・フォン・ディーボルト。

彼は、――魔力持ちだ。

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