軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

転生王女の繙読。

「予想よりは、早かったな」

宵の口を過ぎた頃、国王の寝室にて。

仕事の邪魔をするなと怒鳴られる覚悟で臨んだ私の予想を裏切り、何時も通りの無表情で国王は、淡々と告げた。

「左様ですか」

随分遅いなと馬鹿にされると思いきや、早かったと言われて何と返したらいいかも分からない。たぶん侮られているんだろうとは思うが、噛み付く気力もなく、脱力気味に呟いた。

「お待たせ致しました」

「待ってはいないが」

「……サヨウデスカ」

今度は吐き捨てるように呟いた。

既にメンタルポイントは、ゼロに近い。帰りたい。踵を返して帰りたい、切実に。

死んだ魚の如く濁った目の私には構わず、父様は燭台を手に、スタスタと歩き始める。

広い部屋の奥、白に金で細かな模様を描いた華やかなルネサンス様式の壁に不似合いな、地味なドアが一つ。

懐から取り出したアンティーク調の鍵を差し込み、私へと一度、視線を向けた。言葉はないが、はよ来いと目が言っている気がする。

引き返したい気持ちを押しやり、後に続く。

灯りがぼんやりと照らした部屋は、表の豪華絢爛さとは対照的に、装飾が一切ない。広さは寝室の四分の一程度。壁の一面を占拠した大きな本棚のせいで、余計狭く感じる。窓はないが、空気は淀んでいない。

棚以外の家具は、テーブルと寝椅子のみ。

父様は迷いもせず棚から本を抜き出すと、私に押し付けるように渡す。

戸惑う私を見る事なく、ローテーブルに燭台を置き、隣に配置された寝椅子にごろりと横たわった。

葡萄酒の瓶を引き寄せ、雑な動作でグラスに注ぐ。

まるで水でも呷るかの如く飲み干した父様は、厚い本に挟まっていた栞を引き抜いて、読書を再開した。

なんか、すっごい 寛(くつろ) いでるんですけど。

誰だこの人。父様?いや、絶対違う。たぶん影武者だと思う。

私は無表情で棒立ちしながら、混乱していた。

目の前の男、ランドルフ・フォン・ヴェルファルトは私の実の父だが、プライベートでは全く関わりがない。

故に私生活は謎だったが、休日も仕事をしているんじゃないかと勝手に思っていた。

だって、仕事をしていない父様ってどんなだ。睡眠、食事等の人間として最低限の営みさえ想像がつかないのに。寧ろ寝るの?とさえ思っていたのに、だ。

「…………」

実に悠々と、寛いでいらっしゃる。

上質な革張りのカウチに身を沈め、二杯目の葡萄酒を飲みながら読書に没頭している。寝そべった彼の体勢は、お世辞にも行儀が良いものとは言えない。

燭台の灯りに照らされた横顔は、少し緩んでいるような気がして、なんだか今の父様は普段より人間らしく見えた。

「読まないのか」

「読みます」

問われ、反射的に返した。

「なら座れ。いつまで突っ立っている気だ」

「…………」

いや、何処にだ。

本を抱えたまま私は、無言でぐるりと室内を見回した。前述した通り、家具はテーブルと椅子のみ。椅子が二つあるというオチもない。

座れと言われても、座れる場所がないのだ。

「来い」

まさか床にじゃあるまいな、と暗色のカーペットを敷いた床をじっと見つめていると、声がかけられた。

顔を上げると、手招く父。ここに座れと示すように、己の寝そべるカウチを叩く。

「……え」

確かに大きな寝椅子なので私一人くらい、腰かけられるスペースが空いている。

頭では理解出来る。が、私のメンタルがノーと言っているんだ。父様と密着して読書とか、一体なんの苦行か。

「持ち出しは許可しない。読みたければ、ここで読め」

「……はい」

椅子持参すればいいじゃんとも思ったが、結局、不満は飲み込んで是と返す。

下手に機嫌を損ねて追い出されては、たまらない。失礼しますと一声かけて、父様の腹の横、空いているスペースに座る。

ここまで来たら開き直ってやる。父様の事は、ちょっと斬新な背凭れだと思おう。

膝の上に本を置く。

年代物なだけあって紙は変色し、表紙の文字は掠れて消えていた。

貴重な書物を手にした緊張と高揚に、高鳴る胸を落ち着かせるために深呼吸を一つ。くすんだ藍色の表紙を一撫でしてから、表紙を開く。

「………………」

中表紙を捲り、一ページ目を見つめたまま、私は固まった。

まさか、そんな。そんな事があってたまるかと、私は呆然とする。

否、本当ならば一番先に心配すべき事だ。考えもしなかったのは、私が馬鹿だったからだ。何故こうして父の部屋を訪れる前に、解決しておかなかったのか。

己の浅慮を悔やんでも、今更どうにもならない。

打開する案として思い浮かぶのは、出直す事くらいだが、果たして二度目のチャンスがあるのか。

震える指先を、握り込む。

ああ、私はなんて馬鹿なんだろう。馬鹿だ、本当に馬鹿だ。

まさか、――まさか。

「…………っ」

まさか読めないなんて……!!

打ちひしがれる私の膝の上にある本は、遙か昔に書かれた本だ。

当然文字も、現在の形とは異なる。ぶっちゃけ、全く読めない。

何でそんな当たり前の事に、思い至らなかったんだろう。

「読めないのか?」

「っ!!」

突然声をかけられ、体が跳ねる。

ひゅ、と喉が渇いた音をたてた。ゆっくりと視線を向けると、うつ伏せで寝転がった父が、読書を止めて私を見ている。

背筋を、冷たい汗が伝い落ちた。

「…………よ、」

声が、緊張に裏返る。

どうする、どうしたらいい。正直に言うか、ハッタリをかますか。どちらが正解なのか分からない。ただ返答次第では、本を読む機会を失う可能性がある。

ぐるぐると思考が空回る。傾向と対策を練ろうにも、私は父様の事を何も知らない。

どうする、どうするんだと自問自答した結果。

「読めません……けど、読みます!」

気付けばそんな、馬鹿みたいな答えを返していた。

我が事ながら敢えて突っ込もう。何だソレ。

読めないけど読むって、何。根性論か。力技なのか。

「そうか」

えっ。突っ込みなし??

まさかのスルーをされ、私は困惑した。父の顔を凝視しても、無表情のまま。笑いもせず、怒りもせず。もしかしたら、呆れてはいるかもしれないが、顔をみても分からない。

半身を起こした父は、背後から私の持つ本を覗き込む。

「近代の歴史書は読めるか」

「はい」

図書館の歴史書ならば、殆ど読める。五歳の頃から学んできたので、それなりに素養はあるつもりだ。

「ならば読める部分もあるはずだ。……この部分を見ろ」

父様は手を伸ばし、本の一文を指で辿る。

「これで『ネーベル王国』と読む」

よ、読めねえっす……。

正直、文字と言うより模様に見える。

「複雑だった文字が、だんだんと簡略化されていっただけだ。勿論、現在では使われない言い回しや地名も多く存在するがな」

言われてから眺めると、確かにそう見えなくもない……のか?

蔦や羽を模しているような複雑な図柄を、点や曲線に置き換えてみると、確かに現代語に近い気もする。

我が国、ネーベル国の公用語はアルファベットと同じく二十六の文字から成る。

つまり図柄の個数を数え、簡略化して現代語に当て嵌めていけばいいのだろうか。

「父様、紙をお借りしても?」

解決の糸口が見つかり、俄然やる気が出てきた私は、鼻息荒く父を振り返る。

好きに使えと了承を得、隣の部屋から紙とペンを拝借してきた私は、ガリガリと勢いよく書き出し始める。

背後の父は読書に戻ったようだが、もう気にならなかった。

「…………?」

よーし、書き写せた。

満足げに頷いてから、見直す。書き洩らしはないかと数えていた手を止め、私は首を傾げた。

何回数えても、三十ある。四つ多くね?

「四つ多いだろう」

「っ!?」

心の声が聞こえたかのように絶妙なタイミングで、声がかかる。

驚き過ぎて、声も出ない。さっきからこの人、私の寿命を縮める気なんじゃないかと、早鐘を打つ胸を押さえながら思った。

しかし振り返ると父は、私の方を見てもいない。視線は手元の本に固定されたままだ。

「それは除け。必ず四文字で一組として使われているから分かるだろう」

「え、……はい」

ぞんざいに寄越された言葉は、的確なアドバイスだった。

慌てて本を辿ると、確かに四文字が浮かび上がる。必ず四つセットで使われており、それ以外の組み合わせには使用されていない特殊な文字が。

抜き出して、他の二十六文字を現代語に当て嵌める。すると余計に、四文字の異質さが浮かび上がった。

他の文字は、自然や生き物を模したと思われるが、その四つだけは何が元なのか想像もつかない。なのに見ていると、何故か不安になる。

これは、なに?

「魔王を示す文字だ」

再び、私の疑問を読み取ったかのように父様が口を開く。

「最大の禁忌にして災厄たる魔王を、現存する文字に当て嵌める事を厭うたのだろうな。新たに四つ文字を作り、魔王を示す言葉として以外に使う事を禁じた。読み方は知らん。発音はしなかったとか、人であった頃の名だとも言われているが定かではない」

「魔王って人だったんですか!?」

「定かではない、と言っているだろう」

思わず食い付いてしまったが、冷静に返された。

あくまで諸説の一つに過ぎないわけか。

「そんな事よりも、さっさと読め。これを読み終わり次第、私は寝る」

くぁ、と欠伸をする父。すっごい珍しいものを見た気がするが、今更だ。

追い出される前に、読める部分は読んでおかねば。読書を再開した父に倣い、私も本に集中する事にした。

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