軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

転生公爵の一息。

医療施設には現在、二つの食堂がある。

一つは治療棟にあり、職員の数に合わせて規模は大きめだ。一般開放はされていないが、安価で美味しいので、いつでも混んでいる。

そしてもう一つは研究棟にある。

大きさは治療棟にある食堂の半分以下で、大体の時間は閑散としている。

自分の研究に夢中な職員達は滅多に部屋から出てこないので、食堂の利用率が低いらしい。注文されるものも、食べやすさを重視したサンドイッチなどばかりで、しかも持ち帰りでさっさと帰っていくそうだ。

作り甲斐がないと、料理人がプリプリと怒っていた。

うちの研究員達がごめんなさいね……。

辞職願を叩き付けられるのではと内心怯えていたが、料理人はタフだった。

空いた時間を活用して、新鮮な野菜と肉を挟んだボリューミーなサンドイッチやフルーツジュースなど、手軽に食べられて、しかも栄養満点な食事を開発している。

閑話休題。

そんな研究棟の食堂は、本日、貸し切りとなっていた。

「水臭いじゃないか、ミハイル」

そう言ってミハイルを睨んだのは、アイゲル侯爵家の跡取りであり、ミハイルの友人でもあるゲオルクだ。

ディーボルト子爵家絡みのゴタゴタを、全て解決した今になって教えられた彼は分かり易く拗ねていた。

「ご、ごめんね? 隠していた訳じゃないんだけど、つい……言う時期を逃したっていうか」

「ああ、ああ、そうだろうさ。君にとっての僕は、その程度の存在なんだろう。僕は君を友と思っていたが、君はそうでなかったというだけの話だ」

ゲオルクの手にあるのはワイングラスではなくティーカップなのだが、まるで居酒屋の酔客のような絡み方をしている。

ツンとソッポを向いたゲオルクを、ミハイルが慌てて宥めた。

「違うよ、ごめん、本当にごめんなさい! ゲオルクの事は大事な親友だと思っているよ。ただ、内輪の揉め事で迷惑をかけたくなくて」

「いいよ。所詮、僕は部外者だし」

「うう……ごめんてば」

涙目のミハイルは可哀想だが、良い薬だとも思う。

人を頼る事が苦手なミハイルは、すぐ一人で抱え込むから、これを機に少しは懲りてほしい。

ゲオルクもたぶん、その辺りを理解して意地悪を言っているのだろうし。

「そうそう、もっと言ってやりなさい。もう二度と変な気遣いが出来ない体にしておやり」

ミハイルの向かいの席に座るヴォルフさんは頬に手をあて、『ほほほ』と妙な笑い方をしながら煽る。今日のお茶会は彼の発案だ。

義兄マルセルさんの暴言から始まり、ミハイルとビアンカ姐さんの除籍で終息した騒動に気を揉んでいた人は意外と多い。

一人一人に謝罪とお礼の手紙を書こうとしていたミハイルをヴォルフさんが止め、食事会みたいな形で集めて、いっぺんに報告すればいいと言った。

当初は飲み会にしようかと思ったらしいが、女性陣は酒が苦手な人が多い。妊婦である私もいた為、お昼にお茶会という形で落ち着いた。

ミハイルとビアンカ姐さんの除籍を祝うティーパーティー。

意外と常識人なロルフから、『それは祝っていいものなのか』という真っ当なツッコミも入ったが決行された。

普段は閑散としている食堂は賑わい、料理人は嬉々として腕を振るってくれている。

小さくカットされたケーキや焼き立てのスコーンだけでなく、噂のボリューミーなサンドイッチも並べられており、ちょっと遅い昼食会のようだ。

「貴方も大概、秘密主義者だったと記憶しているが。碌に事情も話さずに、心優しいマリー様を振り回した過去をなかった事にするな」

「あらやだ、藪蛇」

ゲオルクにギロリと睨まれたが、ヴォルフさんは飄々と躱す。

「一人で抱え込む癖は同じだけど、ミハイルさんとヴォルフ様では理由が全く違う。ミハイルさんは周囲への遠慮と気遣いで、ヴォルフ様は有能が故の傲慢さだから」

ヴォルフさんの隣でもりもりとスコーンを食べ続けていたロルフが、ボソリと零す。辛辣な言葉にゲオルクは大きく頷き、ヴォルフさんは笑みを引き攣らせる。

「まさにソレだ。的確だな」

「ちょっと、ロルフ。随分と言うようになったじゃない」

「お陰様で。アンタがお偉いさん方の案内役をオレにばかり押し付けるから、色々鍛えられたんでしょうね」

器用でそつがないロルフは、視察団の案内役を務める事が多い。任された当初はそれなりに緊張していた様子だったが、最近では堂々としたものだ。

度胸があって弁が立つので、外交に向いている気がする。

「その調子で言葉遣いも矯正してもらいなさいよ」

ヴォルフさんとロルフのやり取りに、ビアンカ姐さんが口を挟む。隣にいるリリーさんも後押しするかのように、コクコクと頷いている。

「別にいいだろ。客にはちゃんと丁寧に対応しているんだから」

「よくないわ。客より何より敬うべき相手がいるでしょ」

「は?」

「アンタ、こないだもマリーちゃんに向かって『ブス』って言いやがったわよね⁉」

唖然とするロルフと同様に、私も目を丸くする。

まさか急に自分の話題になるとは思わなかったので、反応が遅れた。

「君は目が悪いのか?」

異口同音。

至極真面目な顔をしたゲオルクと共に口を開いたのは、優雅にカップを傾けながら、他者の会話に耳を傾けていたユリウス様だった。

アイゲル家の誇る美貌の貴公子二人に真顔で問われ、流石のロルフも動揺している。

なんか前にもこんな構図を見た気がする。ヨハンが似たような詰め寄り方をしていたような……。

「よりにもよって、マリー様に? 照れ隠しだとしてもあり得ない」

「うん、そうなると全人類が不器量って事になってしまうよ」

叱るでも責めるでもなく、淡々と疑問を呈する二人に、ロルフは困り果てている。

「その辺で許してあげてください。ロルフの軽口は親愛の証みたいなものなので」

私が間に入って宥めると、ゲオルクは真面目な顔で「なるほど」と頷く。意味ありげに微笑むユリウス様は、たぶん分かっていた上でからかっていたのだろう。

「本気で思っていたら、口に出す訳ないだろ……」

「だとしてもよ! 私の女神に、アンタは無礼過ぎるのよ!」

「そうよ、ロルフ。悔い改めないなら、いつかバチを当てるわよ」

「バチを当てるってなんだよ⁉ お前が実行する気か⁉」

ロルフが今度は女性陣二人に詰め寄られている。

「助けてくれ、テオさん!」

「いやいや。オレもお前の暴言、認めてない派だから」

ロルフに縋られても、テオは半笑いで流す。

無関係ですとばかりのすまし顔で、半分に割ったスコーンにクリームを塗っていた。

「楽しそうだね」

私の心の声を代弁したかのような呟きが、隣から聞こえた。

視線を向けると、レオンハルト様はにこりと微笑む。彼はティースタンドから取り分けたカットフルーツを私の前に置いた。

丁度食べたかったリンゴだ。なんで分かったんだろう。

「ミハイルもビアンカ嬢も、元気そうで良かった」

「うん」

サクリとリンゴを齧りながら、賑やかな光景に目を向けた。

ミハイルはゲオルクに絡まれながらも、どこか楽しそうだ。リリーさんと結託してロルフを叱っているビアンカ姐さんも、生き生きとしている。

ディーボルト子爵家からの除籍が彼等の心に陰を落とすのではないかと心配していたが、どうやら杞憂だったらしい。

「ファビアン様に、感謝しなくてはね」

十数年後になるかと思われたディーボルト子爵家の当主交代は、ファビアン様の尽力により、かなり前倒しにされた。

ミハイルの父親である現当主は、別邸に住まいを移すそうだ。権利は剥奪され、見張り付きの生活に自由はなく、実質は幽閉に近い。

未だに反省の言葉一つなく、自分の境遇を嘆くばかりだそうだが、これから本当に大変なのはファビアン様の方だ。

財産も信用も失った今のディーボルト子爵家を立て直すのは、並大抵の努力では叶わないだろう。

何らかの形で力になりたいとも思っているが、おそらく、ファビアン様はやんわりと断る気がする。ミハイルに似て、ストイックな方だから。

「いつか恩返しが出来るといいな」

ぽつりと独り言を零す。

レオンハルト様は何も言わず、ただ私の気持ちに寄り添うように微笑んだ。