軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

転生公爵の案内。(2)

またも気まずい空気になってしまった。

まさか誉められるとは思いもよらず、どんな顔をしたらいいのか分からない。

顔の筋肉を解すように自分の頬を押している私とは違い、父様はすっかり通常営業のご様子だ。窓の外の景色を興味深そうに見ている。相変わらず、表情筋は仕事を放棄しているが、それでも楽しそうだなと伝わる程度には、纏う空気が緩んでいた。

通りを抜け、馬車は広場へと差し掛かる。

今日は大道芸人でも来ているのか、いつも以上に人が多い。賑やかな音楽と共に、人込みから歓声が上がる。

テラス席で乾杯しながら、音楽に耳を傾ける人々。屋台で買ったお菓子を片手に、はしゃいで駆けまわる子供。

目まぐるしい景色を眺めながら、父様はポツリと呟いた。

「騒々しいな」

せめて賑やかと言えと心の中で思う。

けれど父様の表情は穏やかで、言葉ほどこの光景を厭うていない事が読み取れたので、悪い気はしなかった。

「王都に比べても、屋台の数が多い。何を売っているんだ?」

「小物、雑貨、観光客相手のお土産とかもありますが、一番多いのは食べ物ですね。試しに、おひとつ如何ですか?」

「……何があるか分からん」

いつも迷いのない父様にしては珍しく、少し困惑した様子だった。王族が自由に外食など出来るはずもないので、当然といえば当然。

ちなみにその括りから、私とヨハンは除外するものとする。

「ソーセージとか、肉と野菜をパンに挟んだ軽食とか。王道だと串焼き肉ですね。あとはデザート系で、フルーツの盛り合わせや飴とかもありますよ」

「……」

無言の父様の眉間が、きゅっと寄る。

馴染みのないものの選択肢を増やされても、逆に困るのだろう。

「せっかくなので、我が領にしかないお菓子にしますか? あ、お菓子と言っても、塩味で甘くないものです」

私がそう提案すると、父様は頷く。

終始、居心地悪そうにしているのが面白い。でもそれを指摘しようものなら、十倍返しされそうなので黙っておく。

私は折り曲げた指の背で、馬車の窓ガラスを二度ほど叩く。

騎馬で馬車の警護をしていたクラウスは、私の合図に気付いて馬車を止めてくれた。

「如何されましたか?」

「買い物をお願い出来る?」

「喜んで」

予定外の行動は面倒臭いだろうに、クラウスは良い笑顔で請け負ってくれた。

居酒屋さんみたいな返しをしたクラウスに『おかき』をお願いすると、彼は颯爽と身を翻して屋台へと向かう。

遠目にも、第一騎士団の制服は目立つ。クラウス自体も稀に見る美男子である為、余計に衆目を集めた。

それに、彼は私の護衛として視察に同行する機会も多いから、顔も知られているんだろう。あっという間に人に囲まれてしまった。

目当てのおかきは入手出来たようだが、それ以外の店でも引き止められている。アレもコレもと手渡されて、既に大荷物だ。

「クラウスって人気者なのね」

昔馴染みの知らない一面を見た気分だ。

クラウスは人当たりの良さそうな外見を裏切って、結構面倒な性格をしている。割と排他的な性質で、気を許すのは一部の人間だけ。街の人達と気さくに付き合うイメージなんてなかった訳だが、認識を改めた方がいいかもしれない。

「……人気者は、あやつではないだろう」

「え?」

父様が溜息交じりに言葉を吐く。

聞き返す私には答えず、窓の外を指さした。

示された方を見ると、山盛りの荷物を抱えたクラウスの背後から、大勢の人がこちらを見ていた。大人も子供も満面の笑みで手を振っている。

「返してやったらどうだ?」

「……?」

父様の言葉に『私でいいのだろうか』という疑問を抱きつつも、控えめに手を振った。すると、わっと一際大きな歓声があがる。

「遅くなって、申し訳ございません」

唖然とした私が固まっている間に、クラウスが帰ってきた。心なしか、さっきよりヨレッとしている。

他の護衛が彼の手から荷物の大部分を受け取り、おかきだけが彼の手に渡された。

「貴方様への貢ぎ物が山のようにございますが、積みきれませんので、こちらでお預かり致します。不審物はなさそうですが念の為、検分してからお渡し致しますので」

「私宛なの?」

「他の誰宛だと?」

「クラウス宛かと思って……」

「あり得ませんね。奴らは私を受付窓口か何かだと思っています」

クラウスは苦々しい顔つきで鼻を鳴らす。

そんな表情も様になる彼を見て、実はクラウス宛も混ざっているんじゃないかなと私は思った。

「では、こちらを」

「ありがとう」

クラウスは毒見を済ませてから、おかきを手渡してくれた。

扉が閉まり、ゆっくりと馬車は走り出す。

「ちょっと行儀が悪いですが、どうぞ」

小さな紙袋の口を開いて差し出す。

中を覗き込んだ父様は、一欠けらを取り出してから繁々と眺めた。

「揚げ菓子か? 材料は何だ」

「米の一種です」

「ああ、オステン王国で栽培されている穀物の一種だったな。お前が気に入っていると報告にあった」

「はい。厳密に言うと普通のお米とは少し違う種類なんですけどね。蒸したもち米を潰して加工し、更にそれを天日干ししてから油で揚げます」

「随分と手間がかかるな」

父様はそう言いながら、おかきを口に放り込む。

咀嚼した彼の目が、驚いた猫みたいに丸くなった。

「不思議な食感だ」

口の中のものを飲み込んでから、父様は不思議そうな顔をする。

「お口に合いませんでしたか?」

「……いや、美味い」

父様は袋に手を伸ばし、数個纏めて取り出す。

ポリポリと小気味良い音をたてながら食べる様子はご機嫌に見えて、今日は珍しい父様ばかり見る日だなと改めて思った。