軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

転生公爵の難題。

私が酷く落ち込み、皆に心配をかけてから早一週間。

ゆっくりと休養をとらせてもらった事が幸いし、精神的にも体調的にも落ち着いてきた。

いや、精神的には翌日から既に元気だったし、やる気に満ち溢れていたけれど、周りにこぞって止められた。

レオンハルト様は特に心配してくれたようで、わざわざ自分も仕事を休み、一日私に付き添ってくれた。曰く、元気が出たのは良い事だが、体がついていかないだろうから、ゆっくりするようにとの事。

実際、翌日の私は眠気が凄くて、殆ど寝て過ごす羽目になった。私自身よりもレオンハルト様の方が、よほど私の体の事を分かっているらしい。

というか、私の落ち着きがなさすぎるんだよね……反省しよう。

「ローゼマリー様、どちらへ?」

部屋を出ようとした私に声を掛けてきたのは、護衛騎士のクラウスだ。

「図書室に行きたいの」

「本の題名か分野を教えてくだされば、私がお持ち致します」

気遣わしげに眉を下げ、クラウスはそう申し出る。

一週間前の私の不調の余波が、こんなところにも出ていた。クラウスは元から心配性ではあったが、一時期からは、かなり落ち着いたはずだったのに。

それに、過保護になったのはクラウスだけの話ではない。

レオンハルト様もそうだし、使用人の皆も何くれとなく世話を焼いてくれるようになってしまった。

職務の域を超えた気遣いは、幼子に向ける慈愛に似ており、無碍にも出来ない。

「ありがとう。でも、自分で本を選びたいの。気分転換に少し歩きたいし、ついてきてくれる?」

「……かしこまりました」

クラウスは逡巡するような素振りを見せたが、少しの間を空けて頷く。

「ですが、廊下は冷えます。誰か、羽織るものを」

クラウスが言うなり、音も立てずに近付いてきた侍女が手に持っているのは愛用しているショール。

薄手なのに温かいし、手触りも抜群で重宝している。

「奥様、失礼致します」

受け取ろうと手を差し出す前に、そっと肩に掛けられた。

「本日のお茶は、図書室に隣接する休憩室にご用意させていただいても宜しいでしょうか?」

「えっと、……そうね。お願い」

そこまで気を遣わなくていいと言いかけて止めた。侍女達の表情を見れば、嫌々気を遣っている訳ではない事は一目瞭然だし、拒絶すれば却って悲しませてしまうだろう。

「料理長が良い林檎を仕入れたので、今日のデザートはアップルパイだそうです」

「腕に縒りをかけて作ると張り切っておりましたよ」

侍女達は、ニコニコと可愛らしい顔で笑う。

「楽しみだわ」

もうすぐ母親になる私が、やんちゃ盛りの三歳児みたいな扱いをされているのは少々、複雑ではある。

でも『親になるのだから、しっかりしないと』と気負っていた自覚はあったので、今は皆に甘えておこうと思う。

気になっていた文献を読み漁って、少し疲れを感じた頃、絶妙なタイミングでクラウスに声を掛けられた。

お茶の準備が出来たというので隣室に移動すると、用意されていたのは焼き立てのアップルパイ。至れり尽くせりとは、正にこの事。

「美味しかった……」

思わず、ほぅ、と溜息を零してしまうくらい、アップルパイは絶品だった。

バターが香るパイ生地は焼き立てサクサク、林檎のコンポートは程良い酸味を残しており、濃厚なカスタードクリームとの相性が抜群。

本当に美味しかった。また絶対に作ってもらおう。

「もう一つ、ご用意致しましょうか?」

「えっ。あ、いいの、いいの。食べすぎると、晩餐が入らなくなっちゃうから」

余韻に浸っていると、声を掛けられて驚く。

独り言のつもりだったのに、聞かれていたようだ。侍女達もクラウスも、微笑ましいものを見るような目を向けてくる。

恥ずかしくて早口で返事をすると、余計に視線が生温くなったような……。

クラウスなんか、最早、孫でも見るような目つきになっている。

独身のイケメンで、街の若い女の子達にもモテモテなのに。なんで私の『祖父です』みたいな顔をしているんだろう、この人。勿体ない。

そんな事を考えていると、休憩室の扉が開いた。

「ここにいたんだ」

現れたのはレオンハルト様で、どうやら私を探していたようだ。

「休憩をしていたの。レオンも一緒にどう?」

「じゃあ、一杯だけ」

レオンハルト様は、私の向かいの席に腰かける。あまり時間を空けずに、侍女が彼の前にティーカップを置いた。

「ところで、私に何か用事だった?」

私がそう訊ねると、レオンハルト様は何故か言い淀む。

私をじっと見つめた彼は、言い辛そうに口を開いた。

「報告したい件があって」

「仕事の?」

レオンハルト様は少し考えた後、頷いた。

「プレリエ領を視察したいと仰っている方がいるんだ」

「視察?」

思わず、怪訝な声が出てしまった。

医療施設の視察の申し込みは、開設前から引っ切り無しに来ている。国内外から殺到しているが、まずは円滑に運営する事を優先しているので、全て受け入れる事は出来ない。いつでもいいからと食い下がられた場合は、年単位で待たせる事になる。

そんな事はレオンハルト様だって、百も承知だろう。

たまにルールを理解せずに騒ぎ立てる人もいるが、そういう手合いの対処は、私よりもレオンハルト様の方が上手だ。

レオンハルト様が対処出来ない相手って、あんまり思いつかないなと考えて、ふと思いついた。

「もしかして、また視察団に、他国の高貴な方が紛れ込んでいるとか?」

以前、東の島国から来た視察団に王子様が交ざっていた事がある。レオンハルト様の言い方からしても、相手は高位の人間な気がした。

「高貴な方ではある。ただ視察団ではなく、個人の申し込みだし……他国の、でもない」

「……は?」

レオンハルト様らしからぬ歯切れの悪さに首を傾げていた私だったが、最後の言葉に大きな衝撃を受けた。

『他国』ではないのなら、『自国』となるはず。

そして、公爵家の当主の伴侶であり、現在は当主代理となっているレオンハルト様が扱いに困るような高貴な人といえば、数人しかいない。

「……もしかして、私の家族が迷惑をかけていたりする?」

恐る恐る問うと、レオンハルト様は答えずに苦笑する。

頭痛を感じた私は、思わず額を押さえた。

どこから洩れたのか、私の不調を聞きつけた母様達から、数日前に手紙が届いた。

兄様もヨハンも気遣ってくれたが、同じ女性だからか、母様は妊娠中の私を殊の外心配してくれていた。

可能ならお見舞いに行きたいとあったけれど、丁重にお断りしたはず。

公務も忙しいだろうし、王都から比較的近いとはいえ、一、二時間で着く距離ではない。それに、私は既に元気だからお見舞いは必要ない。

ちゃんと手紙に書いたのに、もしかして届いていない?

「ごめんなさい、レオン。母様には私から、ちゃんと連絡するから」

「……王妃陛下ではないんだ」

「じゃあ、ヨハン? まさか、兄様ではないわよね。かなり忙しいと聞いているし、そんな無理難題を押し付けるような人ではないはず……」

そこまで言って、私は黙り込む。

息を吸うように無理難題を押し付ける人の顔が、ぽんと頭に思い浮かんだからだ。

「え……、まさか、よね……?」

そんな訳ないと思いつつも、レオンハルト様を見る。

否定してくれと願う私の期待を裏切り、彼はただ困ったような顔で笑うばかり。

誰か、嘘だと言って。