軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

転生王女の考察。(4)

私の記憶の中のゲオルクは、ふわふわとした空気を纏う、春の日差しのような少年だった。母君に瓜二つの可憐な美貌をうっすらと赤らめ、はにかむ姿は非常に可愛かった。

けれど今、目の前にいる少年からは真逆の印象を受ける。

色彩は同じ。整った顔立ちもエマさんとの血の繋がりを感じるが、それ以外は全く別だ。冷徹な見解も口調も、それから静かな眼差しも、エマさんよりご当主……お父上に似ているかもしれない。

冬の朝のように、冷たくも凛とした空気を纏う少年に向かい、私は微笑んだ。

「……直接お会いするのは、四年ぶりでしょうか。最後に会ったのは確か、貴方の九歳の誕生日でした」

「…………」

近寄り難い雰囲気に多少怯みつつも無理矢理、話を続ける。

久しぶり過ぎて、会話の糸口が見つからないけれど、黙っているよりは気持ち的にマシだ。返事はないけどな!

「随分背が伸びたのですね。以前は同じくらいでしたのに」

無言。

「おば様は、お元気ですか?半年ほどお会い出来ていないのですが、体調は崩されておりませんか?」

「…………」

無言。

「頂いたお手紙では、お元気そうでしたが、やはり直接お会いしないと分からない事も多いですし」

「…………」

無言。

おーい、なんか返事して下さいよ。すっごい気まずいんですけど。

もしかして私の事、覚えてない?……いや、でもさっき、名前呼ばれた気するんだけど。

こちらを見つめたまま無言で固まっているゲオルクに、私は困ってしまった。

「……ゲオルク様?」

「…………マリー様……?」

あ。やっと喋った。

ゲオルクは瞬きをする。女性も嫉妬するような長い睫が、ゆっくりと動くのを見守ってから、笑顔で応えた。

「はい」

「……っ!!」

息を呑む音がした。ゲオルクは、カッと目を見開く。

私までつられて、思わず目を丸くした。さっきから一体、何事なんだ。

戸惑い、混乱しつつもゲオルクを見つめ返し、首を傾げる。

すると彼の秀麗な顔が、ボッと一瞬で真っ赤に染まった。

「っ?」

熟れた果実のように、耳まで真っ赤になったゲオルクに、私はポカンと呆気にとられる。全く事の成り行きに付いて行けていない。

なんだ、なんだ。一体どうした青少年。

「あ、え……は」

意味不明な声を発しながら、ゲオルクはふらりと足を踏み出す。

覚束無い足取りに、思わず危ないと声をかけたくなる。

「あ、ゲオルク様……」

「うわっ!?」

そして案の定、体が揺らいでよろけた。

咄嗟に机に手を付いて転倒は免れたが、積み上がっていた本が押されて、机の上から滑り落ちた。

「ああああ!うわっ」

バサバサと音をたてて、本と書類の雪崩が起きる。ゲオルクが伸ばした手は空をきり、勢い余って肘がインクを倒した。

「あ!ああ!!」

空っぽになった瓶が床に落ちて硬質な音をたてるが、カーペットのお蔭か、割れずに済む。けれどマホガニーのテーブルは悲惨な状態で、ゲオルクは、無事な図面を慌てて抱え上げる。

しかし生きの良い魚の如く跳ねた図面は、コロコロと床の上を転がった。

なんという大惨事。

「あぁ!ちょ……」

「あのっ、危な……」

ずる、すってーん、べしゃ。

「…………」

「…………」

擬音では難しいかもしれないが、察しの良い方には伝わったんじゃなかろうか。

私が今、目にした事を実況すると、まずゲオルクは危うい足取りのまま転がった図面を追った。しかし足元には、散乱した本と書類。

足を滑らせた彼は、前のめりに倒れ、床にダイブした。以上、説明終わり。

室内に、気まず過ぎる沈黙が落ちる。私はどうする事も出来ずに立ち尽くした。

こんな時、どんな顔をすればいいか分からないの。

「………………死にたい」

床にうつ伏せで突っ伏したままのゲオルクは、低い声で小さく呟く。

気持ちは凄く分かるが生きろ。

そして早急に、何事もなかったかのように立ち上がってくれ。

「…………っく、」

「……!?」

長い沈黙の後、押し殺した声が空気を震わせる。

なんらかの突破口が開けたのかと隣に視線を向け、私は絶句した。

だって、この凍り付いた空気をユリウス様が変えてくれると信じていたんだ。

私なんぞには思い付きもしない、スマートかつエレガントな対処法で、甥のプライドと私の安穏を護ってくれるんだと。

だが無情にも私の隣には、腹と口元を押さえて、必死に笑いを堪えている紳士の姿があった。

「あ、あの……ユリウス様」

「っく、……ふっ」

ちょっと、嘘でしょう。

人が冷や汗かきながら、どんな反応を返すのが正解か悩んでいるっていうのに。見本にしようと思っていた隣の紳士は、甥っこの失態を、腹を抱えて笑っていた。

「っ……あははははっ!!だ、駄目だっ!!堪えられない!!」

ついには本気で大笑いしだした。

快活な笑い声が、静かだった室内に響き渡る。

あまりにもそれが、遠慮がなくて。混乱した私は、寧ろ笑った方が傷は浅いのだろうかと血迷いそうになった。

いやいやいや。これは絶対アカンやつや。未来ある若者の心をへし折った挙句にミキサーにかけて粉砕する鬼の所業だ。

正解ではなかった証拠に、ぐしゃりとカーペットを握りこんだゲオルクの手が屈辱に震えている。

「……甥の失敗がそんなに可笑しいですか」

「……い、いや。すまな……っく、」

「ユリウス様!」

「も、申し訳ない。少し、っぷ、くくくく、ごほっ、待って頂けるだろう、か、ぅくく、あははっ」

「……」

謝罪も言い終わらないまま、再び噴き出した。流石にこれは酷いと思い諌めようとしたものの、効果はゼロだ。

目尻に涙を浮かべたユリウス様は、咳き込みながらも笑い続けている。

「……クソジジイ」

ぼそりと吐き捨てられた呟きは、二十代後半のイケメンに向けるには不適切な言葉だが、ゲオルクの心情を思えば致し方ないとも思う。

未だに床に突っ伏したままのゲオルクに、涙を禁じ得ない。

どうしたものかと途方に暮れていると、いつの間にか彼の傍にミハイルがしゃがみ込んでいた。

行動を見守っていると、温かな目をしたミハイルは、ゲオルクにそっとハンカチを差し出す。

「使って」

「ああ、すまない……」

むくりと体を起こしたゲオルクは、ハンカチを受け取ると、少し赤くなってしまっている己の額に押し当てた。

恥じ入るような表情を浮かべて俯くゲオルクを、ミハイルは慈愛の目で見つめる。うんうん分かる、分かってるって顔で頷いている辺り、仲間と認識された模様。

「いつまで笑っているんです」

服の埃を払いながら立ち上がったゲオルクは、未だ腹を抱えたままの叔父を冷たい目で見やる。

刺し貫かれそうな鋭い視線に晒されたユリウス様は、笑うのを止め、降参とばかりに両手を挙げた。

「悪かったよ。そう怒らないでくれ」

「あれだけ笑っておいて、よくそんな事が言えますね」

「だってまさか切れ者と評判の甥が、一番決めたい場面ですっころぶなんて……っぶふ、……思いもしない、じゃないか」

「殺されたいのですね、分かりました。至急腕の良い刺客をご用意致します」

再び笑いの波が来たのか、言葉を途切れさせ顔を背けるユリウス様に、ゲオルクは無表情で言い放った。額に浮かぶ青筋は、見間違いでは無いだろう。

「ごめん。すまない。もう笑わない」

「貴方に言われずとも、自分が最悪に恰好悪かったなんて知っていますよ。取り返しがつかない醜態を一番大事な場面で晒した事も理解しています。ええ、決めどころを外したゴミですよ。カスですよ。人間失格なゴミクズですよ。だから何だってんですか畜生め」

「本当にすみませんでした」

甥の荒みように、ユリウス様は真顔で頭を下げた。

だがゲオルクは、真顔で淀みなく己を貶すことを止めない。ぶつぶつと呪文のように呟く彼の肩を、ぽんと誰かが優しく叩く。

「君は……」

「大丈夫。格好良いとこ見せたい時に限って、失敗する事はよくある」

「!」

目を見開くゲオルクに、ミハイルは親指をたてた。

「それに王女様可愛いから、緊張するの、男なら当然」

「…………ありがとう」

そっと微笑み合う少年達。苦笑を浮かべて見守る叔父。

そして放置されて約十数分が経過している私。

誰か構って下さい。

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