軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

転生王女の考察。(3)

馬車が辿り着いた先は、大きな石造りの屋敷だ。

バロック建築のような派手さはないものの、統一性のある色合いは辺りの景観に馴染み、主人の品の良さを窺わせる。

広い玄関ホールを抜け、絵画の飾られた廊下を通り、応接間へと案内された。

中で待っていた男性は立ち上がる。

私の姿を見た彼は、軽く目を瞠ってから、優しく目元を緩めた。

「お待ちしておりました。マリー様」

「お久しぶりです。ユリウス様」

私の手をとり、優雅な仕草で口付ける美丈夫は、ユリウス・ツー・アイゲル。

攻略対象の一人であるゲオルクの叔父にして、大陸中にネットワークを拡げつつある優秀な商人である。

ゲオルクの母君の件では色々お世話になったが、その後も交流は続いていた。主に私的な欲求を満たす為に。

「本当に。暫くお会い出来無かったうちに、またより一層美しくなられましたね」

こんなにも素敵なレディになられては、気軽に抱き上げるような真似は、もう出来ないなと悪戯っぽく笑う。

おお、なんとお上手な。

さらりと寄越された賛辞に、私は照れるよりも感心した。嫌味なく、いやらしさも感じさせないのは、彼の人徳だろうか。

ご当主やゲオルク……他のアイゲル家の男性陣には無いスキルだと思う。ご当主は態度で示すタイプだし、ゲオルクは今のところ純情少年だしね。

品のある美貌に長身、紳士でお金持ち。尚且つ次男とはいえ侯爵家の血筋。こんな優良物件が、28歳で独身なんて奇跡だと思う。

まぁ、本人に身を固める意志がないだけかもしれないけど。

「急にお邪魔してしまって申し訳ありません。お忙しいでしょうに、予定を変えさせてしまいましたか?」

「いいえ、ご連絡下さって嬉しかったですよ」

そうは言ってくれるが、かなり強引にアポを取り付けた自覚はある。

お仕事の邪魔はしたくないが、世界各国を飛び回っている人をつかまえるのは、結構難しいんだ。

兄の家族が大好きな彼は、病弱な義姉、素直になれない兄、それから引っ込み思案の甥を心配して、なるべく彼等の傍にいるようにしていた。

だが問題の全てが取り除かれた現在は、事業の拡大に乗り出し、嬉々として各地を巡っている。

「たまには大人しくしていろと、ゲオルクにも叱られたばかりですし」

「ゲオルク様が、ですが?」

ユリウス様の言葉に、私は思わず問い返した。

ゲオルクが、ユリウス様を叱るって……全然想像出来ないんですけど。

「ええ。最近、益々可愛げがなくなりました。甥の成長は嬉しく思いますが、口煩くて困ります」

「…………」

「想像出来ないでしょう?貴方の知るゲオルクは、気弱で優しい少女のような彼でしょうから。会ったら驚くと思いますよ」

難しい顔で押し黙った私を見て、ユリウス様は苦笑を浮かべた。

最後に会ったのは、ゲオルクが九歳になった誕生日だ。

私の二歳上だから、今は十三歳の筈。この年頃の男子の四年は確かに大きいだろうけど、中身まで変わったのか?

「今日は別室で仕事をしている筈です。貴方がいらっしゃる事は内緒にしてありますので、後でこっそり驚かしに行きましょう」

唇に人差し指を押し当て、内緒話するみたいに声を潜めるユリウス様は、とっても楽しそうだ。極上の大人の男性なのに、少年っぽさも残しているとか、相変わらずギャップ萌えのある方だ。

「是非」

同じように声を潜めて答えると、彼は嬉しそうに破顔した。

「お土産も、沢山あるんですよ。珍しい食材や調味料を見る度に、貴方を思い浮かべてしまって」

「!」

「ご覧になりますか?」

「はい!」

食材!調味料!!

私は目を輝かせながら食い付いた。

ユリウス様が仕入れてくる商品は、この国では珍しい物ばかり。中には時折、日本を思い出すような物も交ざっていて、もち米が入手出来る日も近いんじゃないかと密かに期待している。

ウキウキと彼に導かれるまま、一歩踏み出した私の背後で、戸惑うような声がした。

「……あ」

聞き逃してしまいそうな小さな声だったが、聞いた瞬間私は思い出す。

振り返った先には、所在無げに佇む少年の姿。

そういえば、ミハイルを強引に連れて来ていたんだった。目先の欲に捕らわれて忘れ去るとか、私、最悪だろう!

「……彼は?」

私の視線を辿り、ユリウス様はミハイルに気付いた。

「紹介が遅れてしまいました。私の友人で、ミハイルです」

「み、ミハイル・フォン・ディーボルトです。だいっ、大神殿の神官みにゃ、……神官見習いをして、おります」

ミハイルは、深々と頭を下げる。

急遽連れて来てしまった上に、肩身の狭い思いをさせてしまってごめんよ……。しかも友達でもないのに友人とか紹介してごめん。

他に良い紹介のしかたが思い浮かばなかったんだ……。

「こちらは、ユリウス・フォン・アイゲル様です。ユリウス様、今日は予定を変えさせてしまった上に、申し訳ないのですが……」

「構いませんよ」

言葉を濁しながら告げると、ユリウス様は快く頷いてくれた。

彼の寛容さに甘える形になるのは本当に申し訳ないけど、ミハイルを馬車で待たせなくてすんで良かった。

頭が冷えて本来の目的を思い出した私は、色々な品物を見せてもらう前に、本題を切り出す。

「薬、ですか?」

「はい」

病が蔓延する可能性がある以上、手は尽くしておきたい。

ゲーム内では、ネーベル国内のあちこちで重症患者が続出した。戦争で疲弊していた事もあり、薬も人手も足りなかったんだろうが、特効薬が無かったのも原因の一つだろう。

つまりネーベル国内にある薬では、効果が薄いんじゃないかと私は考えている。

他国になら特効薬があるかもしれない、というのは希望的観測に過ぎないが、薬の研究を進めておいて損はないだろう。

それに特効薬がなくとも、衰弱するのを防ぐ為に症状を緩和する為の薬は多い方がいい。

「スケルツという脅威が消え、南西の国々との交流も増えました。人の出入りが増えれば、流れてくるのは文化や貨幣だけとは限りません。喜ばしくないものも、含まれているでしょう」

「……たしかに。風土病というものも、ありますからね。旅先で病を拾ってくる者もいるでしょうし。備えあれば憂いなし、という事ですか」

「特に南では、熱病が流行りやすいと聞きます。熱冷ましや痛み止めの種類を増やしたいと、イリーネ様ともお話ししていたんです」

私の話を聞いたユリウス様は、ふむ、と考え込む。

暫し間をあけてから彼は、口を開いた。

「最近、興味深い物を見つけたのですが……少々、問題がありまして」

「問題ですか」

疑問顔を向ける私に、ユリウス様は、説明する前にまず、場所を移動しましょうと席を立つ。

何処に行くのかも分からないまま、私達は彼について行った。

長い廊下の突き当たりの部屋の前で、ユリウス様は立ち止まる。重厚な扉をノックすると、少年の声が入室を促した。

「失礼するよ」

長身な彼の背後からは、中の人の姿が見えない。

「何か用ですか」

「ああ。例の薬の件でね」

「そのお話は終わった筈です。いくら効果が高いとはいえ、製造方法も、原料のある場所も種類も不明な物に、割く金と時間はありません」

取りつく島がない、とはこの事だ。

耳当たりの良い透明な声音が、素気無く言い捨てる。

「興味を引かれた物にこだわり過ぎるのは、貴方の悪いクセだ。商売ではなく趣味ならば勝手になさいませ」

「……ほらね、可愛げがない」

苦笑を浮かべたユリウス様が振り返ると、中の人の姿が見えるようになった。

丸められた図面や本が積み重ねられた机の向こう、少年が席を立つ。

柔らかそうなプラチナブロンドは鎖骨に届く位長く、顔のサイド部分だけを残し、紺色の紐で括られている。

肌は抜けるように白く、長い睫に飾られた瞳は、母君と同じ紫水晶。繊細な美貌もエマさんに良く似ていたが、昔のように少女のようだとは思わない。

身長もかなり伸びたし、なにより体付きが男性のものになった。

理知的な雰囲気を持つ美少年は、白い鳥の風切り羽で出来たペンを置くと、こちらへと顔を向けた。

視線と視線が、かち合う。

「…………」

彼は一拍間をあけ、目を大きく瞠る。

穴が開くのではないかと言う程凝視され、どうしたものかと思う。困った。

「……マリー、さま……?」

「お久しぶりです。ゲオルク様」

久しぶりに会ったゲオルクは、年頃の少女らのハートを鷲掴みにしそうな貴公子へと成長していた。

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