軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

転生王女の考察。(2)

衝撃の後に、馬車は急停止した。

座席から滑り落ちそうになる私を、レオンハルト様が支えてくれる。間近にある雄々しい美貌は厳しい表情を浮かべ、空気はピンと張りつめていた。

「……様子を見て参ります。殿下は、ここから動かれませんように」

低い声音に、無言で頷く。私を離したレオンハルト様は、馬車の扉に手をかけた。

「失礼致します!」

しかし彼が扉を開け放つより僅かに早く、外から声がかけられた。

「お怪我はございませんか!?」

「殿下はご無事だ。……一体、何があった」

レオンハルト様は、私を背に庇ったまま扉の外へ問う。

「それが……馬車の前に突然、人が飛び出してきまして」

「…………」

扉を開けると表にいたのは、護衛と真っ青な顔色の 御者(ぎょしゃ) だ。

たぶん私も、同じくらい青い顔になっていると思う。

人が飛び出したって、何。ひ、轢いてないよね!?そんなに衝撃強くなかったし……大丈夫だよね!?

「怪我人は」

「避けましたので、無事だと思いますが……」

レオンハルト様は、御者と会話をしながら馬車を降りて、扉を閉める。

一人ポツンと馬車の中に取り残された私は、会話から外の様子を想像する他ない。途切れ途切れに聞こえる声によると、飛び出して来たのは少年らしい。

どうやら怪我もなさそうで、一安心だ。

ホッと胸を撫で下ろした。

が、途中で会話が止まる。不穏な気配は感じないのだが、何故かレオンハルト様の声に戸惑いを感じた。

なんだろう……凄く、気になるんだけど。

「……殿下」

「っ、はい?」

暫し間をあけて、馬車の外から声がかけられた。

扉に張り付いて聞き耳を立てるという、王女にあるまじき恰好をしていた私は、慌てて席に戻り、取り繕う。

「少々、厄介な事態になりました」

焦り過ぎて声がひっくり返ってしまったが、レオンハルト様は気にせず会話を進める。不審な態度の私をスルーしてくれたというより、そんな小さな事に構っていられないといった雰囲気だ。

「……報告をお願い致します」

居住まいを正し、返す。

レオンハルト様が厄介事と呼ぶ案件を、私如きがどうにか出来るとは思わないが、身分上私が一番上だ。いわば、責任者。なら状況を早急に把握して、対処しなければ。

そう意気込む私とは反対に、レオンハルト様は困ったように沈黙した後、ぼそりと呟いた。

「……飛び出してきたのは、ディーボルト子爵家のご令息でした」

「…………」

ディーボルト家……何か聞き覚えがある気がするな。

瞳を伏せて、私は考え込む。

聞き覚えがあるのに、思い出せない。ディーボルト、ディーボルトと繰り返しながら、記憶を辿る。

「…………!」

考え込んだ私の頭の中に、妖しい美貌の男のグラフィックがフラッシュバックした。

青みを帯びた長い黒髪に、同色の瞳は切れ長な一重。薄い唇は常にアルカイックスマイルを浮かべ、感情を読み取らせない。

身を包む真っ白な祭服とは相反して、視線一つで人を惑わし堕とす、危うい色気を持つ男――ミハイル・フォン・ディーボルト。

ああ、アイツか。

と思いだせた事にご満悦だった私は、一拍置いてから真っ青になった。

魔王じゃん!!

ディーボルト子爵家の息子って、魔王じゃんか!!

まったく心の準備が出来ていない状態で、ぽんと投げ寄越された爆弾に、私は大いに混乱し、焦った。

挙句私は、現実逃避した。ディーボルト家って、息子二人いるんだっけ、と。

「…………ご長男でしょうか」

「……ミハイル・フォン・ディーボルト様です」

ですよねー!!

私の悪足掻きを、レオンハルト様は丁寧にへし折って下さった。若干、声が呆れている気がする。

「殿下。危険はございませんので、降りて頂く事は出来ませんでしょうか」

埒が明かないと思ったのか、レオンハルト様はそんな提案をした。

危険がないという言葉に、そういえばまだ魔王じゃないんだったと思い出し、私は息を吐き出す。

彼が魔王となるのは、数年後の未来。私がフラグ折りに失敗した場合のみ、だ。

「分かりました」

深呼吸を一つ。

扉を開け、差し伸べられる手に促されるまま、馬車を降りる。出迎えたのは頭を下げた護衛と御者と……見知らぬ少年。

「…………」

……誰?

頭上に、はてなマークを浮かべながら、私はマジマジと少年を見る。

レオンハルト様はミハイルがいるって言っていた気がするが、夜と月と血が似合う、危うい美貌の青年の姿はどこにも無かった。

「……、ぁ、う」

襟足の辺りで切り揃えられた青みを帯びた黒髪。長い前髪の間から覗く切れ長な瞳は、俯き気味に伏せられ、隈がくっきりと浮かんでいる。

背は高いが細いので、ひょろっとした印象が拭えない。もやしっ子って言葉が脳裏に浮かぶ。

猫背。ハの字を描く困り眉や、きょろきょろと落ち着きなく動く視線。無意味な呻きを洩らす、籠った声。何処をどう見ても、自信に満ち溢れた魔王とは重ならない。

私に凝視され、居心地悪そうに身じろぐ少年に、暫し呆然とした。

魔王(になる予定の人)がコミュ障とか、一体誰得なの!?

「……殿下」

泣き出しそうになっている少年を見兼ねてか、レオンハルト様が諌めるように私を呼んだ。援護するみたいに、ニャーと可愛らしい鳴き声までする。

……ん?何故、猫?

良く見ると少年の腕の中に、真っ黒な毛並の猫がいた。宝石のような青い双眸が私を映し、こてんと小首を傾げる。うん、可愛い。

「どうやら、轢かれそうになった猫を助けようと馬車の前に飛び出したようです」

「そうでしたか。……怪我はありませんか?」

「え……っ、う……は、はい」

少年は、頬を真っ赤に染めて俯く。蚊の鳴くような声で、ぽつりと返事が寄越された。

どう贔屓目に見ても、格好良くはない……けど、可愛い気はする。年上の男性に可愛いは失礼かもだけど。

「……ぁ、神官見習いの、み、ミハイル・フォン・ディーボルトと、もうす……ます。……おうけの馬車とは知らず……失礼いたし、ました」

もう止めて!!

私は、心中で絶叫した。

閊(つか) えながらも必死に詫びようとする彼には申し訳ないが、こっちが居た堪れない。緊張で呂律が回らなくなる失態は、前世の私にも覚えがあるので、ぶっちゃけ、他人事とは思えないんだ。

「互いに怪我もなく、幸いでした」

もういいよ、の意味も込めて微笑むと、顔を真っ赤に染めた少年は、ますます俯いてしまった。

縮こまった姿が見ていて可哀想なので、さっさと逃がしてあげたいところだが、ちょっと気になる事がある。

ミハイルは、何故こんな場所に一人でいるのか。

街中とはいえ、神殿からは大分離れている。お使いにしては遠すぎでしょ。

「大神殿の神官殿が、何故このような場所に?」

私の疑問を、代わりに聞いてくれたのはレオンハルト様だ。

もしかして、彼も嫌な予感がするのだろうか。

「えっ……ぁあの、わるいことをするつもりは、ないですっ」

責められていると勘違いしたらしいミハイルは、真っ青な顔色で、必死に 頭(かぶり) を振る。

「いえ。責めているのではありません。もしお困りでしたら、何かお力になれるかと思いまして」

にっこりと営業スマイルを浮かべたレオンハルト様の言葉に、ミハイルは肩の力を抜いた。無意識にか、猫をぎゅう、と抱きしめる。人懐っこい猫は、逃げる素振りも見せなかった。

「……し、ごとが終わって、ジユウになるじかんなので、孤児院に」

ミハイルの話を聞くと、彼は神殿の雑務を終えた後に、わざわざ足を延ばして孤児院の手伝いをしに来ているらしい。

自己満足かもしれないけれど、と付け加え、俯く。

何、このこ天使?超良い子なんですけど。

「いいえ。素晴らしい事だと思います」

笑って言うと、ミハイルの顔がパァッと輝く。

「……ほ、んとは王都だけじゃなくて、遠くのむらまで、行きたいです、けど。ゆるしがまだ、でなくて」

「!」

嬉しそうに話すミハイルの言葉を、うんうん、と小さな子を可愛がる感覚で聞いていたが、途中で私は固まった。

遠くの村まで、と彼は言った。

戦(いくさ) も起こらず、 病(やまい) もまだ 蔓延(まんえん) していないというのに、未来は変わっていないのか。内向的な様子に反して行動力ありありの神官見習いは、許しさえ出れば国中回る気満々らしい。

「…………」

不味い。非常に、不味い。

どうにかしなければと思うが、気が急くばかりで良い案なんて、全く浮かばない。

「……殿下。お願いがございます」

沈黙していたレオンハルト様が、私に向かい声をかける。

お願い?と疑問顔を向けると、彼は目配せするように、ゆっくりと二度、瞬きをした。

「この辺りで以前、不審者を見かけたとの報告がありました。神官殿がお一人で帰られて、何かあっては困ります。もし殿下にお許しを頂けるのであれば、このまま神官殿には同行して頂き、殿下の用事が終わりましたら、大神殿まで送り届けるというのは如何でしょうか」

「!……許可致します」

「有り難うございます」

レオンハルト様、ナイス!

そうだ、このまま拉致って、道中説得しよう!無理だったとしても、次に会う約束を取り付ければいいし!

「え、ぁ……え?」

事の成り行きに付いて行けずに、狼狽えているミハイルの腕の中で、にゃーん、と黒猫が呑気に鳴いた。

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