軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

転生公爵の観測。

執務室に向かう廊下で足を止める。

窓の方を向いた私が見つめているのは、晴れ渡る青空……ではなく、綺麗に磨かれた窓ガラスに映る己の姿だった。

角度を変えながら、まじまじと眺める。満足感が胸に広がり、自然と口角が上がった。ふふ、と密やかな笑いを洩らしていた私は、他者からの視線を感じてハッと我に返る。

少し離れた場所で黙って待っていてくれたのは、私付きの侍女達だ。

唐突に立ち止まり、ガラスに映った自分の姿をニヤニヤと眺めるという主人の奇行に動揺する素振りすら見せない。

もしかしたら心の中ではドン引きしている可能性もあるが、彼女達が私に向ける眼差しは温かいものなので、大丈夫だと信じたい。

たぶん、私が何に浮かれているのか気付いているのだろう。

毎日のように、飽きもせず、鏡やガラスを眺めているのだから当然と言えば当然だが。

羞恥で顔が熱を持つのを感じながら、チラリと視線をガラスに向ける。情けない顔をした私の左耳の上あたりで光るのは、螺鈿細工の髪飾り。収穫祭の夜、レオンハルト様がプレゼントしてくれたものだ。

愛しい夫からのプレゼントに、私が舞い上がらない訳もなく。見つめているだけでまた、口元が綻んでしまう。

「ローゼ?」

「!」

弾かれたように呼ばれた方向を見ると、少し先にある執務室の扉が開いていた。そこから出てきたばかりのレオンハルト様は、『どうしたの?』と視線で問うてくる。

「な、なんでもありません」

羞恥を振り払うように頭を振ってから、歩き始める。

不思議そうな顔付きのレオンハルト様の横を通り過ぎ、執務室に入ろうとした時、バチリと視線がかち合う。

私の左耳の辺りへと視線が吸い寄せられたかと思うと、雄々しい美貌が嬉しげに緩んだ。

そして、そんな彼のジレの胸ポケットから覗くハンカチを見た私も、同じような顔をしているのだと思う。

「……ゴホン、んんっ」

「!」

わざとらしい咳払いが聞こえ、現実に引き戻される。

そちらを見ると、室内にいたクラウスのジトリとした視線が、私達に向けられている事に気付いた。

口では何も言わないが、目で責められている。

眇められた目が『この忙しい時期に何をイチャついているんだ』と、雄弁に語っている気がした。

そそくさとレオンハルト様から離れる。

「少し席を外します。すぐに戻りますので」

「分かりました」

苦笑したレオンハルト様が出ていくのを見送り、自分の席へと向かう。机の上に積み重ねられた書類を手に取った。

読み込むのは後にして、大まかに内容を把握する為にペラペラと捲る。その途中で気になる報告書を見つけ、手が止まった。

「……今月はやけに人が増えたわね?」

見ているのは、領内の地域ごとのおおまかな人口推移表だ。

医療施設や商業区画のある中心街の人口増加は最早、見慣れたものだが、それ以外の地域の数も右肩上がりになっている。

「収穫祭の影響では?」

クラウスの言葉に頭を振る。

「農村部に人が増えているのも確かだけれど、そうではなくて。全体的に」

王都に近い南部の方は、以前から人口が増加傾向にあった。しかし、北部の方はあまり変化が無かったはず。

特に北東部は標高が高くないものの山があり、平地に比べて住みにくい土地だからか、人が集まり難い。山裾には森が広がっているので、開墾も容易ではないし。

石灰石の採れる採石場もあるけれど、慢性的な人手不足。

待遇は決して悪くないはずだが、やはり鉱石の採掘の方が危険度も高い分、収入も上がる為、そちらに流れてしまう。

どうにか改善出来ないものかと頭を悩ませていたのだが。

「北東部に定住者が増えているって事は……」

独り言を零しながら、紙の束を漁る。程なくして見つけた目当ての報告書には、採石場の人員不足が解消した旨が綴られていた。

「ねぇ、皆。他領の鉱山で最近、閉山したところはある?」

粛々と業務を熟していた側近等やクラウスは、私の問いかけに否と返す。

「そのような話は聞いておりません」

「……そう」

クラウスの答えに曖昧に頷きながら、首を傾げる。

昨日まで畑を耕していた人が急に鉱山労働者を目指す事が無いとは言い切れないが、普通に考えれば、殆どは経験者だろう。

だとしたら移住してきた彼等は、いったい何処からやってきたのか。

鉱山労働者が職場を替える理由で、パッと思い付くのは閉山か怪我。でも採石場で働くのなら後者はない。

待遇面に不満があって辞めるにしても、人数が多過ぎる。何かしらの大きなキッカケでもない限り、一斉に退職とはならない気がした。

けれど私の元にも、ネーベル国内での閉山の情報は入ってきていない。

そこまで考えて、ふと頭の隅に何かが引っ掛かった。

そういえば、いつのタイミングだったか、鉱石採掘量の減少の情報を見たような。

目を伏せて、指の背でコツコツと額を叩く。

収穫祭の準備に追われ、記憶容量の大部分をそちらに割いていたせいで、すぐに思い出せない。でも比較的、最近の出来事だったはず。

だというのに、思い出せない。

うーん、と唸りながら考える。

いくら自領の案件ではないとはいえ、無関係ではない。交易面で、こちらにも影響が及ぶ可能性は高い。

でも優秀な側近達が、私の問いかけで思い当たらなかった事を考えると、直接の取引はない地域の話なのかも。

シュレッター公爵家の影響で、ここ半年ほどで随分、交易ルートも変わったし……。

「あ」

思わず、小さな声を洩らす。

すると静かに仕事をしていた側近達の肩が、軽く揺れた。

そうだ。シュレッター公爵領の鉱山だ。

私への嫌がらせの一環なのか、シュレッター公爵が関税を引き上げた時に開かれた会議で出た情報。

シュレッター公爵領の銀と銅の産出量が大幅に減っていると、報告書にも書いてあった。

でも、閉山したという情報は今のところ届いていないし、側近やクラウスが嘘を吐くとも思えない。

……いや。まだ閉山していないだけなのかも。

資源が枯渇するまで間もなく、という段階まで来ているのかもしれない。

鉱山労働者は歩合制が殆どだ。採掘量が減れば、収入も比例して減る。

新規のルートを開拓するにも、シュレッター公爵領の鉱山は歴史も古く、掘れる場所は既に掘り尽くしているだろう。

鉱脈を掘り当てる可能性は低く、危険度ばかりが跳ね上がる。ハイリスクローリターンな賭けに身を投じるくらいなら、収入が減ろうとも、他所へ移る方が利口だ。

建設的に考えれば、不自然なところはない。

「…………」

じっと黙り込んだまま、手元の書類へ視線を注ぐ。

不自然はない。でも、それはあくまで客観的に見た話だ。

新たな鉱脈を掘り当てる可能性はゼロに等しいとか、地質によっては崩落事故の恐れが増すとか、それは私が情報を持っているから分かる事だ。

現場で働く人々が、その情報を得ていたとは考え難い。

良心的な経営者であれば、きちんと説明責任を果たすだろうが、シュレッター公爵を見ている限り、そうとは思えなかった。

偏見だとは思う。でもそれが偽らざる本音。

一瞬、フランツ様や公爵夫人の采配かとも思ったけれど、それも早過ぎる。

鉱山運営という大規模な事業の決定権を、まだ当主を降りていないシュレッター公爵が渡すとは考えられない。

「……」

天井を仰ぐ。

何かしたのかな、と。

とある人の顔が思い浮かんだ。

そういえば、シュレッター公爵から敵視されはじめた頃から、やけに不機嫌だったラーテが、収穫祭の頃にはいつものテンションに戻っていた。

もしかして、何か関わっている?

明確な根拠も証拠も無いけれど、そんな気がしてきた。

額を押さえて、長い息を吐き出す。

同時にドアが開き、レオンハルト様が戻ってきた。

「ローゼ、何かありました?」

私の顔を見てすぐに、レオンハルト様は何か感じ取ったようだ。私は少し考えてから、ゆっくりと首を横に振る。

「少し、喉が渇いたなって思ったの」

「ではお茶を用意させましょう」

「お願い」

もしもラーテが私の知らないところで何かをしていたとしても、レオンハルト様は把握しているはず。

そして彼が何も言わないのなら、今の私が知る必要はないと判断したのだろう。

気にならないと言えば嘘になるけれど、無理に聞き出そうとも思わない。

たぶん、そのうち教えてくれる気がするから。

根拠も証拠もないけれど、そう信じている。