軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

転生公爵の祭り。(7)

執事の歪な笑顔を見ていると、その背後にシュレッター公爵の姿が重なる。まだ数分しか言葉を交わしていないが、執事が己の意志で動いていない事は分かった。

つまり、執事が私に向けてくる感情は、そのままシュレッター公爵のものだ。

それほど、私が憎らしいのか。

自らの権威を落としかねないような、危ない橋を渡ってでも。何を引き換えにしてでも貶めたいと願う程に、私が嫌いらしい。

不思議と、傷付きはしなかった。

シュレッター公爵の企みを人伝に聞いた時には、少なからず落ち込んだのに。人から悪意を向けられる事を、恐れていたはずなのに。

何故か今は、心が凪いでいる。

それはもしかしたら、シュレッター公爵とは何があっても分かり合えないと、ハッキリ理解してしまったからかもしれない。

彼は……シュレッター公爵は、私の敵なのだと、頭の中で線を引いてしまった。

「お前は、自分が何をしたのか分かっているのか……っ!?」

「ええ」

激昂するフランツ様に胸倉を掴まれても、執事は悠然とした態度を崩さない。寧ろ、楽しそうにすら見える。

しかし、チラリと私の方を見た執事の動きが止まった。

驚いた様子の彼は、次いで怪訝そうに眉を顰める。不可解なものを見るような目で、私を見た。

「プレリエ公爵様は、とても慈悲深い女神のような方だとお聞きしましたが……。噂は所詮、噂に過ぎないという事でしょうか?」

煽るような言葉には答えず、薄く口角を上げる。

静かに微笑むと、執事は虚を衝かれたように目を見開いた。余裕の表情は一転、敵へ向ける形相へと変わる。

「なるほど。領民の一人や二人、犠牲になった程度では、何の損害にもならないと言う訳ですか」

「何が仰りたいのか、分かりかねますわ」

微笑みを保ったまま、緩く首を傾げる。

世間知らずなご令嬢のような笑顔のまま、すっと目を眇めた。

「だって、誰も犠牲になどならないのですから」

「……は?」

「……っ、こ、これは斬新な味だね」

執事の呆けた声に、声が被さる。

私は執事の視線を誘導するように、料理大会の会場へと目を向けた。

机に突っ伏しそうになっていた審査員は、顔を上げて苦笑いを浮かべる。すると、会場の張り詰めていた空気も緩んだ。

「な、何かおかしかったですか?」

審査中のスープの製作者であるザーラさんが焦って聞くと、審査員は困ったように眉を下げる。

「いや。想像していた味と大きく違ったから、驚いただけだよ。料理の世界に新しい風を起こす画期的な味付けだと思う」

「えっ。……お母さんから教わった、ごく普通の野菜スープを作ったんですけど」

正直過ぎるザーラさんの言葉に、審査員は更に困り顔になった。

「そっか。だとしたら、たぶん……塩と砂糖を間違えているね」

「嘘ぉ!? ごめんなさぁああいっ!!」

悲鳴じみたザーラさんの声に触発されたように、どっと会場に笑いが起こった。ザーラさんのお母さんはプリプリ怒っているが、その他の人は皆、笑顔だ。さっきまでの不穏な空気は無かったかのように、祭りらしい楽しい雰囲気が戻ってくる。

「馬鹿な……。少量でも体に入れば、無事で済むはずがない……!」

動揺しているせいなのか、元より隠す気など無かったのか。

自白めいた言葉を呟く執事を、私は冷めた目で見た。

「貴方がたが、我が公爵家をどれだけ侮っているのかは知りませんが、来ると分かっているネズミを捕り逃すほど、無能揃いではございません」

寧ろ、有能な人間が多いくらいだ。

執事がどのような手を使って、大会で使う調味料に毒を仕込んだのかは知らないけれど、我が家の密偵か騎士にバレていたのだろう。

さっさと捕まえるのではなく、泳がせていたのは、言い逃れされないように証拠を集めていたのか。それとも、ラーテの悪趣味が発動したのか。

審査員に紛れ込んでまで一芝居打ったのは、呆気に取られた執事の顔が見たかった……なんて理由だったらどうしよう。いや、流石に違うと信じたい……。

でも、おそらく証拠の毒物については、裏でクーア族の人達が調べているだろうし。

審査員席でザーラさんに平謝りされているラーテを横目で見て、そっと視線を逸らした。

どうせ考えても答えは出ないし、私の心の健康の為にもこれ以上の追及は止めておこう。

「……気付いていたと。……そんな、では、私は何の為に……」

執事は崩れ落ちるように、その場に膝を突く。

蒼褪めて震えているが、きっと恐れているのは、己に科せられるであろう刑罰ではない。シュレッター公爵の命令を果たせなかった事が、彼の存在意義すらも揺らがせているように見えた。

王族に生まれた私には、仕える側の気持ちは分からない。善も悪も関係なく、ただ主人の願いのみを至上とする人の気持も分からない。

でも何十年もその思考に染まった人の気持ちは、簡単には変えられない事は分かる。

だから、執事に掛けるべき言葉はもう無かった。

騎士達に執事を拘束してもらい、料理大会の会場を後にする。

人気のない場所まで来てから、フランツ様に向き直った。

「フランツ様。被疑者の身柄は一度、お預かり致します。そちらで受け入れの準備が整いましたら、証拠品の情報と共にお渡ししたいと思いますが、如何でしょう?」

「! ……宜しいのですか?」

フランツ様は息を呑む。

「はい。ただ、申し訳ございませんが、うちの者を付けさせていただいても?」

「それは勿論ですが……」

戸惑うように、フランツ様の言葉が途切れた。

何となく、彼の戸惑いの理由は察せられる。

毒物の混入は、祭りの妨害の域を超えている。プレリエ公爵家当主としてシュレッター公爵家に抗議文を送り、全面的に争う事も可能だろう。

しかも証拠品、実行犯、指示役と全てが揃っているのだから、わざわざフランツ様を間に挟む必要も無い。

でも、明らかに向こうに非があるとはいえ、同格である公爵家同士で争えば、我が家にも傷は付く。それに私はシュレッター公爵に思うところはあっても、公爵家そのものに恨みはない。

短い付き合いだが、フランツ様の人柄は好ましいとも思っている。

真面目で誠実な人柄は、信頼に値すると。

「貴方なら、誠意ある対応をしてくださるでしょう」

「…………」

フランツ様は何かを言いかけて、口を引き結ぶ。

彼は葛藤するように伏せていた目を開け、真剣な表情で私を見た。相対する私も、すっと背筋を伸ばす。

「プレリエ公爵家は、生まれ変わったシュレッター公爵家との良好な関係を望みます」

暗に、今のシュレッター公爵家とは和解しないと告げるが、フランツ様は欠片も動揺しなかった。

彼は胸に手を当て、騎士のように礼をする。

「ご恩情、感謝致します。私、フランツ・フォン・シュレッターは貴方様が示してくださった誠意と信頼を、決して裏切る事はしないと誓います」

凛々しい表情は、覚悟を決めた人間のソレだった。

数時間前の彼にあった危うさや、淀みが消えている事にほっとする。

フランツ様がこれから歩む道は、きっと酷く険しい。

それでもどうか潰れず、歪む事なく進んで欲しいと願ってしまった。