軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

転生公爵の親睦。(3)

「私、お祭りやってみたい」

若い女性は隣にいた母親を見つめながら、もう一度言葉を繰り返す。さっきよりも強い意志を感じる、しっかりとした声で。

「ザーラ」

「近所のハイノもエーファも、たぶん賛成してくれると思う。隣のウラ姉ちゃんも王都から帰ってきたばっかりで、娯楽が欲しいって言ってたし。皆でやったら、準備も楽しそう」

若い女性……ザーラさんは目を輝かせている。

領主である私への忖度や気遣いで出た言葉ではないと、一目で分かる表情だった。

「……そっか。若い子も増えてきたし、人手に困る事はないか」

「うちの娘夫婦も近々戻ってくるらしいから、参加したがると思うわ」

戸惑ったように顔を見合わせていた母親世代の女性達からも、ぽつぽつと前向きな意見が出てきた。

「ゲルダさんのところのお孫さんも、こっちで働く事にしたんだって?」

「そうなの」

ゲルダさんは籠を作る手を止め、嬉しそうに目を細めた。

「働き口があるなら、この村に残るって言ってくれたわ。両親や私の事も心配だし、友達もいるからって」

数十年前からプレリエ地方の人口は、緩やかな減少傾向にあった。

主な理由としては、働く場所の少なさだ。目立つ産業も無く、発展の兆しもない土地に見切りをつけ、若い人達は王都へと働きに出た。

家族が離れ離れで暮らす事になるが、幸いにもプレリエは王都に近い。通いで働けるとまではいかなくとも、何かあったらすぐに帰って来られる距離だ。ならばと、王都で就職する事を選ぶ若者は年々増えていた。

ところが近年になって、人口の流出が止まった。

医療施設の建設や商業区画の活性化に伴い、雇用が増えている為だと思われる。中心街ほど急激な人口増加はないものの、農村部も緩やかに人が増えているようだ。

否、増えたというよりは、戻ってきているのだろう。

今こうして皆の話を聞いていると、そう実感出来る。そして、その実感は書面上で数字を眺めているだけでは得られない喜びを齎した。

「領主様」

「はい」

ぼんやりと女性達を眺めていた私を、ゲルダさんが呼ぶ。柔らかな目をした彼女は、私をじっと見つめてから頭を下げた。

「ありがとうございます」

「えっ?」

唐突にお礼を言われ、私は目を丸くする。

話の流れを思い返しても、感謝されるような箇所は無かった。意図が汲み取れずに戸惑う私に、ゲルダさんは目を細めた。

「何もない村だけど、私はここが好きなんです。村の外を知らないからかもしれないけれど、出て行きたいとは一度も思った事がありません。……ですけどねぇ、同時に、若い人達が出て行ってしまう理由も理解出来るんです」

何もない村だから、とゲルダさんは少し寂しそうに笑う。

「仕方ないと思いながらも、やっぱり寂しくて、哀しかった。どんどん若い人達がいなくなって、火が消えたみたいに静かになっていって……。ああ、こうやって私が年老いて死んでいくように、村も消えて無くなってしまうのねって、そう思っていたんです」

俯いたゲルダさんの哀しげな表情が見ていられなくて、何か言おうと頭の中で必死に言葉を探す。

けれど私のポンコツな頭が気の利いた言葉を検索し終える前に、ゲルダさんは顔を上げる。ほんの数秒の間に、彼女の表情は一転していた。

「でも貴方様が領主になられてから、この土地は変わった。医療施設が建って、市場は活気付いて、以前のように……いいえ、昔を超える賑わいを取り戻しました。子供達も戻ってきて、静かなだけだった村に、今では毎日、笑い声が響いているの」

幸せだと言葉にせずとも伝わる顔で、ゲルダさんは微笑む。

「まるで夢を見ているような気分なのに、領主様はお祭りまで気に掛けてくださったでしょう? もういつ死んでもいいわと思うのに、同時に、まだ死ねないってそう思ってしまうんですよ」

「ゲルダさん……」

「ゲルダさんっ! 長生ぎじでぐだざい……っ!」

私の呼びかけと、ザーラさんの悲鳴じみた声が重なる。

半泣き、いえ、完全に泣いている彼女は、籠やら野菜やらを飛び越えて、ゲルダさんの胸に飛び込んだ。

ゲルダさんは驚いた様子で、「あらあら」と言いながら、ザーラさんの頭を宥めるように撫でる。

鼻の頭と目元を赤く染めたザーラさんは、ぐずぐずと鼻を鳴らしながら涙を拭う。

「お祭りの準備も頑張るし、そこで素敵な旦那様を見つけるから。花嫁姿も見てくれなきゃ嫌だし、子供産んだらお母さんより先に抱かせるから!」

後ろで見守っていたザーラさんの母親から「待ちなさい、娘」というツッコミが入ったが、黙殺された。

「だから長生きして、私の子供にも籠編み教えてください……っ!」

「それは責任重大ね」

ゲルダさんはそう言って、嬉しそうに笑う。

見守っていた周囲の女性達も、釣られたように温かな笑みを浮かべた。

「もうお祭りをやるのは、決定したみたいね」

「今更やらないなんて言おうものなら、領主様じゃなくてザーラが暴れるわよ」

「もちろんよ! 私は何が何でも祭りを成功させて、理想の旦那様を見つけるって決めたんだから」

女性達のからかうような軽口に、ザーラさんは即座に是と返す。

どうやら私は意図せず、強力な味方を得たようだ。

「理想の旦那様って……あんまり高望みするんじゃないわよ?」

いつの間にか孫を一番に抱く権利を失っていた母親は、少し拗ねたような顔で娘の言葉に茶々を入れる。

「理想を高く持つのは自由でしょ」

「高過ぎるから心配なのよ。ついこないだまで、白馬に乗った王子様がどうとか言ってたし」

「い、いくつの時の話をしているのよ!? 私だってもう大人なんだから、そんな夢見がちな事は言いません!」

「ザーラちゃんの理想の男性って、どんな感じなの?」

じゃれ合う母娘の会話に、他の女性達も加わる。

質問されたザーラさんは、言葉を探すように視線を斜め上へと逃がす。

「えーっと、まず優しいのは外せないわ。私の事を誰よりも大切にして、お姫様みたいに扱ってくれるの。それから、仕事も出来て、金銭にも余裕がある事も重要よね。あ、あと頼もしさも大事だわ。腕っぷしが強くて、いざという時に頼りになる人じゃなきゃ駄目」

ザーラさんの母親は、額に手を当てて項垂れる。『呆れた』とポーズで表しているが、ザーラさんは気付いていない。

「それから、子供好きだと尚良し。言われなくても率先して子供の面倒を見て、可愛がってくれたら嬉しい。もちろん、私の事も変わらず愛してくれなきゃ嫌だから、包容力のある年上がいいな」

「そうねぇ」

相槌を打つ女性達の目が、とても生温い。

しかし嬉々として語るザーラさんは、それにも気付いていない様子だった。

「あとは……私が恰好良いと思える人。凛々しさと爽やかさを併せ持つような男性だったら、言う事無、痛っ!?」

ザーラさんが言い切る前に、スパンと音がした。

頭を叩かれたザーラさんは、抗議するように母親を睨む。

「何すんのよ!?」

「そんな男いるか!!」

「いるかもしれないじゃない!?」

「いないわ!」

「いるもんっ!」

親子の攻防戦を見守る私の脳内で、メイちゃんが『ト〇ロいたもん!』と叫んでいる。いや、理想のイケメンは妖精よりは存在する可能性高いと思うけれども。

「そんな男、御伽噺の中か、アンタの妄想の中にしか存在していません! ……全く、夢見がちは止めたとか、どの口で言ったのよ」

ぐっとザーラさんは言葉に詰まる。

反論出来なくなってしまった彼女は周囲を見回し、何故か縋るように私を見た。

「領主さまっ!」

「はいっ!?」

「領主様もいないと思いますか?」

「えっと……」

いるともいないとも言えずに、私は言葉を濁す。

私も恋愛に夢を見ているタイプなので賛同したいが、彼女の結婚生活に関わるので、適当な事は言えない。

助けを求めるように視線を彷徨わせると、少し離れた場所で子供達と遊ぶレオンハルト様の姿を見つけた。

両腕に一人ずつ子供をぶら下げて、持ち上げているらしい。すっかり懐かれたのか、周りを囲む子供達もレオンハルト様もとても楽しそうだ。

じっと見つめている私に気付いたレオンハルト様は、パチリと瞬く。次いで、はにかむように笑って、ひらりと私に手を振った。

私の旦那様が、今日も尊い……。

見惚れながら、条件反射のように手を振り返す。

「……いた」

「!?」

ポツリと零された呟きに、我に返る。

ぼんやりしていた私が慌ててザーラさんに向き直ると、彼女を含めた女性達全員が、レオンハルト様を凝視していた。

「うん、いたわ」

「いたわね」

いたって、何が? ト〇ロ?

「でも、いないのと同じよね」

「そうね。王子様にはお姫様がいるっていう御伽噺の鉄則を踏襲しているようなものだし」

「ザーラ。アンタも現実を見るか、女を磨くか、どっちかにしなさい」

「……はーい」

私が何の返答も出来ない間に、どうやら話は終わったらしい。

結局、何がいたんだろうと首を傾げる私の疑問は、最後まで解決しなかった。