軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

転生公爵の休憩。

カットされたオレンジを一口食む。

果汁の酸味が口の中に広がり、気分もスッキリとしてきた。

「美味しい」

「良かった。もう少し、食べられますか? 他のフルーツも言ってくれたら剥きますよ」

私と会話しながらも、レオンハルト様の手は止まらない。オレンジにナイフを入れて、食べやすいように一房ずつ切り分けてくれている。

その手際はとても鮮やかで、料理下手だと自己申告していた人とは思えない。

以前は、剣と包丁では同じ刃物でも扱い方が全く違うと苦戦していたが、どうやら空いた時間を使って、料理長に色々と習っているようだ。

「ありがとう。もう一つ、オレンジを」

「喜んで」

嬉しそうで、ついでにちょっと得意げな顔にキュンとする。

何でも出来るスパダリに見えて、実は陰で努力しているとか……本当にもう。夫が端から端まで私の好み過ぎて辛い。

瑞々しいフルーツを堪能していると、遠くからオーケストラの音楽が聞こえる。さっきまでのテンポの良い曲調から一転して、スローな音楽へと変わった。

大勢の令嬢に囲まれていた兄様とヨハンは、今も大広間の中央でダンスを披露している事だろう。

「……こんなに寛いでいて、良いのかしら」

夜会の途中で席を外し、休憩室でゆっくり休んでいる事に少しだけ罪悪感を覚えた。

アクセサリーの宣伝という目標は一応、果たしたものの、まだ十分な成果を上げたとは言えない。その上、社交も中途半端だ。

しかし、私の不安を見透かしたようにレオンハルト様は笑う。

「いいんですよ。今日は参加しただけでも十分です」

「……そうね」

功を焦る気持ちはあるけれど、無理は禁物だ。夜会に出ると決めた時に約束したように、まずは自分の体を第一に考えなくては。

そう考えて肩の力を抜くのとほぼ同時に、扉が鳴った。

「?」

私とレオンハルト様は顔を見合わせる。客人だろうか。

休憩室まで押しかけてくるのは、それなりに親しい仲に限定される。

夜会の会場で話しかけるのとは、ハードルの高さが段違い。それこそ、親族、家族くらいのものだろう。

とはいえ今日は王家主催の夜会。

私の両親及び兄弟は、会場を離れる事は難しい。

「お義父様とお義母様かしら?」

レオンハルト様のご両親、オルセイン家当主夫妻の顔が思い浮かぶ。

優しい義両親は、私の事も我が子のように可愛がってくださる。妊娠が判明してからは過保護さも増しているので、もしかしたら心配して見に来てくれたのかもしれない。

思わず立ち上がって扉に近付こうとすると、レオンハルト様に止められる。

「オレが出ます」

扉に近付いたレオンハルト様は、扉の向こうの人物と何やら会話している様子だった。しかし部屋の奥にいる私まで、相手の声は届かない。

「レオン? お義父様達なら、入っていただいて……」

ソファーから立ち上がった私が振り返ると、丁度、扉が大きく開くところだった。

「ああ。入らせてもらおう」

「!?」

予想とは違う声に、私はギョッと目を剥く。

重みと威厳がありながらも大らかで優しいお義父様の声とは違い、尊大なソレに聞き覚えはあった。

室内へズカズカと踏み込んできたのは、目も眩むような美青年……と見せかけて、四十路のオッサンである。

「『おとうさま』違いだわ」

溜息混じりに呟くと、心外だと言わんばかりの顔をされた。

片眉を跳ね上げてもなお、輝くような美貌は欠片も損なわれない。

「私もお前の父だが」

いや、そうなんですけども。

貴方を『お父様』と呼んだ事は無いというのは、さておき。

「ええ、そうですね。ところで、何故ここに?」

ジトリとした視線を向けるが父様は、まるで気にも留めていない。席を勧めてもいないのに、当然と言わんばかりの自然な動作で私の向かいのソファーに腰掛けた。

薄青の瞳にじっと見つめられると、酷く居心地が悪い。

「娘に会いに来るのに、理由が必要か?」

「!?」

唖然とした私は、口を半開きにして固まった。

『父親が娘に会いに来るのに理由はいらない』というのが一般論だとしても、うちの親子関係には当て嵌まらないはずだ。

しかし、こうも堂々と問われると否定も出来ない。

隣に戻ってきたレオンハルト様に、助けを求めるように視線を向ける。

しかし彼は特に口は挟まず、見守るような微笑みを浮かべた。

「……理由は、いりませんけど。……でも、主催が会場を離れても大丈夫なのですか?」

普通の親子みたいに接する事に慣れていなくて、つい可愛くない言葉を返してしまう。ばつが悪くて、視線を逸らしながらボソボソと呟いた。

「三人も王族がいれば十分だろう。息子達も、快く送り出してくれたしな」

「……? そうなんですか?」

含みがあるように聞こえて、問い返してしまう。

すると父様は僅かに口角を吊り上げる。軽く上げた右手をひらりと振った。

「二人共、諸手を挙げて賛成してくれたぞ」

それは何かの隠喩なのだろうか。

昔のように他人以下の冷えた関係ではないが、反抗期の子供の如く、私は未だに父様だけには素直になれない。

冷静で聡明な兄様も、頭の回転が速く、人当たりの良いヨハンも、父様への態度は私と似たようなものだと思っていたのに。

「……本当に?」

子供じみた反応をするのが自分だけだとは思いたくなくて、しつこく聞き返す。

父様は怒ることなく、機嫌良さげに目を細めた。

「ああ。クリストフ曰く、『年功序列』らしいからな」

「兄様がそんな事を……」

兄様はやはり、立派な方だ。

私なら、年齢なんて知った事かと押し退けてしまいそうだなと考えて、恥ずかしくなってくる。

私も来年には親になるのだから、もう少し大人にならないといけないな。

そんな風に一人、心の中で反省していた。