軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

転生公爵の休息。(3)

もしや、春の予感かと私の方がソワソワしてしまう。

落ち着かない様子の私を見て、レオンハルト様は不思議そうな顔をしていた。「どうかしましたか」と言われても、曖昧に笑って誤魔化すしか出来なかった。

ほどなくして使用人に案内され、イリーネ様が現れる。

魔導師長としてではなくプライベートでの訪問なので、見慣れたローブ姿ではない。襟の詰まったデイドレスは青みがかったグレー……、フォグブルーだろうか。色もデザインも控え目なのに、イリーネ様の黒髪に映えて、神秘的な美しさを醸し出す。

女性の年齢を気にするのは野暮というものだが、本当に年齢不詳だと改めて思う。うちの母様よりも年上というのが、信じられない。

……いや。うちの母様は母様で、年齢不詳だった。私の周りの女性達は、不老という特殊スキルでも会得しているのか。

しかもイリーネ様が凄いのは、老いを感じさせないところだけではない。年齢を重ねた女性が持つ深みと落ち着きが、知的な美貌に色香を添えている。正にいいとこどり。

美魔女って、こういう人の事を言うんだろうな。

相変わらず……いや、より美しくなったイリーネ様に、ギュンターさんが見惚れるのは予想通り。『やっぱりな』と心の中で呟き、生温い目を向けた。

しかしギュンターさんの視線がイリーネ様に釘付けなのに対し、イリーネ様は彼の方をまるで見ていない。

モノクル越しの黒曜石の瞳は、真っ直ぐに私を見つめていた。

「姫様」

怜悧な美貌が、ふわりと綻ぶように緩む。

ソファーから立ち上がった私の前まで来たイリーネ様は、私の右手を包み込むように、両手で握った。

「おめでとうございます。喜ばしい知らせが届いて、居ても立っても居られず、つい来てしまいました」

冷静沈着、泰然自若が人の形を取ったようなイリーネ様が、分かり易く目を輝かせている。

祝ってもらえるだろうとは思っていたけれど、まさかこんな風に、我が事のように喜んでくださるとは。

驚くのと同時に、涙腺が刺激される。じわりと涙が滲みそうになった。

「あ、ありがとうございます!」

ぐっと涙を堪えて手を握り返すと、イリーネ様は「ふふ」と謳うような笑いを零す。

「あの小さかった姫様が、お母様になるんですね。私が年を取るはずです」

幼少期から私を知っているイリーネ様からすると、感慨深いものがあるらしい。遠くを見るような眼差しをした彼女は、過去を懐かしんでいるのだろう。

色んな事があったなぁと私も振り返るが、恥ずかしい思い出ばかりが浮かんできたので止めた。

「イリーネ様には情けないところも、いっぱい見られてしまいましたね……」

誘拐されたルッツとテオが心配で、ベソかいてた時とか。

飼い猫にデレデレしながら話しかけている姿とか。

「あら、私にとっては良い思い出ばかりですよ。それこそ、貴方の旦那様も知らないような、可愛らしい姿ばかり」

「詳しくお聞かせ願えますか」

「止めてください!」

フォローなのか、暴露なのか定かでないイリーネ様の言葉に、私よりも早くレオンハルト様が食いついてしまった。

慌てて止めると、じっと懇願するような眼差しを向けられる。

そんな目をしても駄目なものは駄目だ。

何が哀しくて、イノシシならぬウリボウだった頃の自分の思い出を、好きな人に聞かせなければならないのか。

「ちょっと、貴方達。積もる話は、落ち着いてからしなさいな。まずは座ったらどう?」

呆れ顔をしたヴォルフさんに促され、私達は顔を見合わせて苦笑した。

座る前にイリーネ様は、皆に挨拶をする。既に全員、顔見知りなので簡単なものだ。

ギュンターさんの番になり、私は緊張しながら見守った。

「ご無沙汰しております、コルベ卿。お変わりないようで、安心致しました」

「は、はい。アルトマン魔導師長様も……」

もじもじとしているギュンターさんに、私は唖然とした。

あれはいったい、誰なのか。

私の知るギュンターさんは、軽い挨拶にも賛辞を織り交ぜてくる気障な人だ。

女性に優しい紳士だが、口説いていると勘違いさせない絶妙なラインを見極められる巧者。想い人には何度も振られているとは聞いていたけれど、いつもの調子で口説いているから、本気にされていないのかもと勝手に思っていたのに。

まさかの、本命には不器用になるタイプ。

いや、あれじゃあ伝わらないよ。振られているって言うけど、ワンチャン、イリーネ様はギュンターさんの想いに気付いていない可能性すらある。

ていうか、『アルトマン魔導師長様も……』じゃないよ!

いつもの貴方なら、いくらだって誉め言葉が出てくるでしょうが! せめて、『相変わらずお美しい』くらい言え!!

「噂には聞いておりましたが、本当にプレリエ領にいらっしゃるとは驚きました」

「……公爵様の思想に感銘を受けまして」

嘘を吐くのは止めなさい。

貴方は、イリーネ様が退職後に移り住みたいと言っていたのを真に受けて引っ越してきた、行動力のあるストーカーでしょうが。

「プレリエ領の住み心地は如何ですか?」

「人も街も温かくて、良いところです」

「それは羨ましいわ。私が代わりたいくらい」

「よ、喜んで」

いや、喜んで代わっちゃ駄目でしょう。

頼られたみたいで嬉しいのは分かるけれど、入れ替わりじゃあ意味ないのよ。気付いて。

短い遣り取りで会話は終了したが、何故か私が疲れ果てていた。

ギュンターさんが長年、片思いをしている理由を垣間見た気がする。

でも、ごめん。手に負えない。もうちょっと自分でも頑張れるようになってから出直してください。

心の中で匙を投げて、イリーネ様に席を勧める。

冷めてしまった紅茶を淹れ直してもらおうと侍女を呼ぶと、ヴォルフさんが何かを思い出したように声を出した。

「そういえば、一番の目的を忘れていたわ」

ヴォルフさんは、ゴソゴソとカバンの中を探ったかと思うと袋を取り出す。

手渡されたので開けてみると、穀物っぽいものが入っていた。種もみのような、豆のような。何だろうと首を傾げてから、ふと香ってきた匂いに目を丸くする。

「これ……」

「大麦のお茶よ。妊娠中でも飲めるやつ」

麦茶だ―!!

今世では一度も見かけた事はなかったのに、まさか、こんな近くにあったとは。

「アンタ、よく紅茶飲むでしょう? でも、あんまり飲み過ぎるのは良くないらしいのよね。その点これは独特な香りがするけど、健康にはいいから……って、その様子だと心配なさそうね」

香ばしい匂いを嬉々として嗅いでいる私を見て、ヴォルフさんは笑った。

「寧ろ好きな香りです」

「良かった。リリーが頑張って炒ってくれたのよね」

「愛情を込めましたので!」

「大事に飲みますね」

満面の笑みを浮かべた私だったが、ふと、イリーネ様が困ったようなお顔をされているのに気付いた。

「イリーネ様? どうかされましたか?」

「……どうやら、重なってしまったようですね」

「え?」

イリーネ様は頬に手を当てて、形の良い眉を下げる。

「姫様がご懐妊なさったと聞いて、私も健康に良い物を探したんです。そうしたら顔馴染みの商人から勧められたのがフランメ産のお茶でして」

子供でも妊婦さんでも安心して飲めるという宣伝文句に釣られて購入したのだというお茶は、綺麗な缶に入っていた。

蓋を開けてみると、さっき嗅いだばかりの香ばしい匂いが漂う。まさかの麦茶かぶり。

そういえばクーア族もフランメ出身だった。あちらでは割とメジャーなのだろうか。

「ごめんなさい。困らせてしまいましたね」

「そんな事ありません! 紅茶が飲めなくて、困っていたところだったので凄く有難いです」

「ですが」

イリーネ様は私が気を遣っていると思っているようだが、忖度なしに嬉しい。

「最近はにおいで苦手になってしまった食材もあるんですが、この香りは好きです。お二人のお蔭で、水分補給には困らなくなりました」

「姫様……」

イリーネ様は、柔らかく目を細める。

改めてお礼を言うと、「こちらこそ」と照れ臭そうにはにかんだ。

その後、贈り物が被るというまさかの事態を肴にして、私達は盛り上がった。

二時間ほど会話を楽しんでから、イリーネ様とヴォルフさん達を見送る。

久しぶりに会えた上にお喋りも楽しめて、満足していた私はふと思い出す。

そういえば、ギュンターさんとイリーネ様の会話は、挨拶のあの時だけだ。

手に負えないと判断したとはいえ、話を振るとか、ちょっとした手助けはする予定だったのに。

楽し過ぎて忘れていた……ごめんよ。