軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

転生王女の邂逅。(2)

硬質な靴音が、さして広くない空間に響く。

ここは城内にある図書館の一つだが、謂わば別館だ。蔵書量はさして多く無い。

だが、城の敷地内に別に存在する本館にはない、貴重な本が沢山ある。その上、限られた人間しか立ち入りが許されていないので、人目を気にする必要もない。

棚や段差で死角も多いから、クラウスは心配しているのだろうけれど、警備が厳重なので不審者が潜り込むのは難しいだろう。

窓は、人が出入り出来る大きさじゃないし。

安全で、且つ静か。集中する為には、とても良い環境だ。

棚の前でとまり、一冊本を手に取る。大分古いが、手入れがきちんとされているのか、かび臭くはなかった。

短い階段を上り、奥へと進む。もう二冊抱え、更に奥へ。

地図と、医学書と、あとは……。

「…………?」

かたん、と小さな物音を聞いた。

本棚にばかり向けていた視線を、音の方へと移す。突き当りの壁には、本の傷みを防ぐ為に細く設計された窓。

その前に、男が一人佇んでいた。

「!」

気配に気付かなかった私は、驚愕し、思わず一歩、 後退(あとずさ) る。

けれど男は私に視線一つ寄越す事無く、静かに本のページを 捲(めく) った。

堂々とした侵入者……ではない。その横顔には、見覚えがあった。

細く差し込む光を受けて輝くのは、白と見紛う淡いプラチナブロンド。くるくると巻く私の髪とは違い、クセのない細い髪が、秀麗な額に影を落とす。

長い睫に縁どられた瞳は、冴え冴えとした冬空色。整った鼻筋から続く唇は薄く、整い過ぎた横顔からは、感情の欠片も拾えない。

「お前も読書か?」

「っ……」

こちらを見る事なく、男は問う。

責められた訳でもないのに、一瞬息が詰まった。

「……貴方こそ、何故」

問いには答えずに、問い返す。ごくりと喉を鳴らしてから絞り出した声は、掠れてこそいないものの、酷く硬かった。

「……」

男は数秒の間を空けて、本を閉じる。

さして大きくない音にさえ、過敏に反応して肩を竦める私の方へ、ゆっくりと顔を向けた。色素の薄い瞳が、私を映す。

「私が私の城にいる事が、不思議か?」

軽く首を傾げる仕草さえ、まるで絵画のようだ。三十代半ばのくせに、シミどころかシワ一つない。

作り物めいた美貌の男に見つめられ、逃げ出したくなるのを堪えて、私は 頭(かぶり) を振った。

「いいえ。父様」

「そうか」

眼前の男の名は、ランドルフ・フォン・ヴェルファルト。

ネーベル王国の現国王陛下にして、私の実父だ。

父様と呼んだが、親子だという実感は殆ど無い。

気軽に会える関係でもないし、愛情を感じた事も皆無。そして何より、私はこの人が少し苦手だ。

国の頂点が、供の一人も連れずにこんな場所をふらふらしている事に、疑問は持たないでもないが、ぶっちゃけ関わりたくない。

さっさと目的の物を見つけ、退散しよう。

そう決めた私は、当初の予定通り本探しに集中しようとした。

……が。

「…………」

もしかしなくとも、私が見たい棚って、あの人の前なんじゃね?

歴史関係の資料は確か、最奥だった筈だ。

ちらり、と横を盗み見る。

父様は退く様子も見せずに、ゆっくりと本のページを捲っていた。退いて下さいって、言わなくちゃ駄目な感じか、コレ。

退け、退いて、退いて下さい。念を送ってみるが、効果は無い。

文字を追う冷淡な瞳も、ページを捲る骨ばった白い指も、隣に誰もいないとでも言うかのようにマイペースに動く。

無関心な横顔は、癪に障るくらい、ただひたすらに綺麗だった。

「……そんなに見られては、穴が開く」

「!」

どれ位眺めていたんだろうか。

父の指先が四、五回往復したのまでは覚えているが、その後は数えていないから定かではないが、呆れたような声が私にかけられた。

「用があるなら、言えばいい。お前の口は何のためについている」

「…………」

淡々と告げられたのは、至極当然な言葉。だが、非常にムカつく。

この野郎、と内心で握り 拳(こぶし) をつくりながらも、私は笑顔を張り付けた。

「申し訳ありません。歴史書が読みたかったもので」

暗に退けよと告げるが、父は動く様子がない。場所を譲るつもりは無いらしく、本棚と私を交互に眺め、暫し間をあけてから口を開いた。

「いつの時代だ」

「……?」

「調べたい題材を、教えろと言っている」

何故、そんな事を聞かれるのか。

戸惑った私が答えずにいると、父は無表情のまま、鈍いのか、と呟く。

うぉおおおおお!ムカつくぅううううう!!

「魔王です!」

苛立ちのままに叫ぶように告げると、父は一瞬、動きを止めた。

薄氷のような色の無い瞳が、私を映す。感情の起伏が読み取れない彼の目に見据えられ、私はたじろぐ。

「……童話が欲しいのか」

「……っ、違います」

低い声は、相変わらず平坦だ。怒りも悦びもなく、感情の欠片も読み取らせない。

だが何故か、恐ろしかった。まるで首筋に刃を押し付けられたかのように、心臓が竦み上がる。

もしかしたら私は、知らず、龍の逆鱗に触れたのかもしれない。

それでも、否定せずにはいられなかった。

「魔王は、物語の中の存在ではありません。夜更かしする子供を寝かしつける為の寓話ではない」

「実在すると言いたいのか?最早、古びた本の記述にしか残らぬものを」

「 書(しょ) は、先人の生きた証。数百年の時を経て、人々の記憶が風化した 後(のち) も、我等に戦える術を遺そうとして下さった祖先の贈り物です」

思わず私は、ムキになって言い返す。

この世界に魔王が存在すると知っているからこそ、譲れなかった。

魔王と戦った人々は、どれ程恐ろしかっただろう。どれ程、苦しかったのだろうか。

人知を超える力を目の当たりにして、一方的に蹂躙され。奪われ、消され、踏み躙られ続けても尚、諦めずに足掻いた人々に、私は畏怖と敬意を抱かずにはいられない。

彼らの戦果を、奇跡の証を。抗い続けた生き様を。

魔王を封じた国の子孫が、統べる者が、御伽噺などと侮っていい筈がないだろう。

「私は歴史書を読みたいと言ったのです。間違えないで頂きたい」

下から睨み付けるように相対す。

怯えを抑え込んで、何とか虚勢を張る私だったが、父は怒るでも呆れるでもなく、短く呟いた。

「そうか」

…………えっ。それだけ?

肩透かしにも程がある。さっきは、一言一句でも間違えれば、即処刑されそうな恐ろしさがあったのに。

威圧感は、霧散していた。後には何も残らず、幻だったのではとさえ思う。

手元の本を閉じ、棚に戻した父は、私の横を通り過ぎる。

本当、今の何だったの。

「ならば、後で私の部屋に来るといい」

「……えっ?」

去り際に残された言葉に、私は一拍遅れて目を丸くした。

慌てて振り返る。足を止める事なく父は、世間話でもするように続けた。

「魔王に関する書物は、私が管理している。お前が望むならば、見せよう」

去って行く背中に、私は一言も返す事が出来ずに、ただ立ち尽くしていた。

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