軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

転生王女の疲弊。

温室に隣接した休憩スペースにて。

私は机に頬をくっつけて、ぐったりとしていた。

王女にあるまじき行儀の悪さだけど、今は見逃してほしい。

疲れているんだ。物凄く、めちゃくちゃ、とっても疲れているんだよ。

ガラス越しに見える草木の緑に、目と心を癒されながら溜息を長く吐き出した。

女公爵への道は、私が考えるよりも遥かに険しかった。

まず素養がない。王女として一通りの教育は受けたけれど、まるきり分野が違う。他国の王家か国内の高位貴族へ嫁ぐ予定だった私と、領地経営を任される公爵とでは、学ぶ科目が違うのは仕方のない事だ。

分かっていたつもりだったけれど、ちんぷんかんぷんで辛い。特に数学とは前世から相性が悪かったので、苦手意識がある。

餅は餅屋、会計士を雇うのでは駄目ですかと泣き言を言いたかったけれど、トップが基本の仕組みさえ理解していないのはマズいと。正論過ぎて泣ける。

あと、予想以上に詰め込んできている。

丸暗記に次ぐ丸暗記で、そろそろ頭がパンクしそうだ。元々スペックの高くない私の脳みそが悲鳴を上げている。眠っている間に耳から知識が零れ落ちそうで怖い。

今はまだ序の口だというのに、既に疲弊していて大丈夫なんだろうか、私。

不安を抱えながらも、逃げられないのは理解している。

せめてもの抵抗のように、短い休憩時間に温室まで逃げてきた。

先生とお茶……という名の問答形式の補講を受ける気力はない。私の為に時間を割いてくれているのに申し訳ないと思う。でも、すみません、無理。

少しの間でいいから、だらしなくぐったりさせて……。

護衛として付き添うクラウスは私の疲れ具合を心配してくれているのか、部屋の外で待機してくれている。

少しでも一人の時間を確保してくれようとする気遣いが、凄く有難い。

「あー……」

息と共に、気の抜けた声が洩れる。

何処かに視点を定める元気もなく、なんとなく目についた薬草の葉についた雫が、日差しを弾いてキラキラと輝くのをぼんやりと眺める。

どれ位そうしていたのか。

キィと扉が開く控え目な音がした。

時間だと呼びにきたクラウスだと思い、のろのろと顔を上げる。

「そろそろ……」

時間よね、と続けようとした言葉が途切れる。

目の前にいたのはクラウスではなかった。

「もう少し、時間はあるそうですよ」

困り顔で立っていたのは、久しぶりに会った友達。

「テオ!」

「姫様、酷い顔ですよ。もう少し休んでいってください」

からかうような言葉とは裏腹に、本気で心配している声と表情。

気配り上手で心配症の友人、テオは、そう言って苦笑した。

傍まで来ると、立ち上がりかけていた私を椅子に座らせる。

テオは昔から背が高かったけれど、更に差が開いた気がした。見上げる彼の体躯は大きく、逞しい。顔付きも大人びて、浮かべる笑みにも、落ち着いた内面が滲み出たような深みがある。すっかり大人の男性だ。

「ルッツは? 一緒ではないの?」

「オレは師匠に用事があったので、今日は別行動をしていました。そのうち来ると思いますから、休んで待っていてやってください」

久しぶりにルッツにも会いたかったので、その言葉に頷いた。

「勉強、大変そうですね」

「覚える事がたくさんあるの。遣り甲斐はあるけれど、記憶力があまり良くないから、覚えるのが大変」

「頑張り屋なのは知っていますが、あんまり根を詰めすぎないで」

休憩時間に逃げてきた身としては、その評価を受け取るのは心苦しい。視線を合わせず、小さな声で白状しても、テオの眼差しは優しいまま。

「そのくらいでいいんです。いや、姫様は息抜きが下手だから、もうちょっと自分に甘くても許されますよ」

テオは椅子を引き、向かいの席に腰を下ろす。

『自分に甘く』と言われても、加減が難しい。

元々、勤勉ではない自身の性質は理解している。手を抜くとそれが恒常化してしまいそうな気もするし、そのまま際限なく堕落しそうな恐ろしさがあった。

「もっとも、それが出来ないのが姫様なんでしょうけど」

意外と不器用ですよね、と付け加えられてぐうの音も出ない。

馬鹿にする意図は欠片もなく、ただ気遣いと親愛だけが込められた言葉に、気恥ずかしいようなむず痒さを覚えた。

「誰かが傍で見ていないと、倒れるまで働きそう……と思いましたが、止めて下さる方が出来ましたね」

テオの言葉が、一度途切れる。

目を伏せ、言葉を躊躇うような沈黙が数秒続く。何かを呑み込んだように見えたのは、気のせいだろうか。

顔を上げた彼は、静かな表情で言った。

「ご婚約、おめでとうございます」

「……ありがとう」

深みのある紅玉の瞳に見入ってしまい、返す言葉が少しだけ遅れた。

お祝いの言葉と笑顔に嘘はないと思う。でもきっと、それが全てでもない。何か胸に閊えているものがありそうなテオの表情が気がかりだった。

ただ、それを無理やり暴く事はしたくない。

でも見過ごしたくもない。

相反する気持ちで、方向性も定まらないまま、声を掛けようとした。

「テオ……」

「実は姫様に、相談したい事があったんです」

私の小さな呼びかけを遮るように、テオは笑顔で唐突な話を切り出す。

驚きに瞬きを繰り返してから、「相談?」とテオの言葉を繰り返した。

「はい。相談に乗ってくれます?」

私は、戸惑いながらも了承する。

「姫様が立案した医療施設の件なんですが、学び舎や研究施設も併設されると聞きました」

予想していなかった話題に面食らいつつも、頷く。

「せっかく優秀な薬師と医者を集めるのだから、医療施設だけじゃ勿体ないわ。どうせなら技術の研鑽と新薬の開発、それから、新しい医療知識を詰め込んだ未来のお医者さんも育てられたらお得じゃない?」

お得なんて言葉で済ませられないレベルの事業になりそうだけど、と内心で自主ツッコミを入れる。

「とはいえ、たぶん想像以上に難航すると思う。育った環境や学んだ知識、価値観すらも違う人達が一堂に会する訳だから、当然ぶつかるでしょう」

正直、問題は山積みだとため息交じりに本音を吐き出す。

まずは様子見で、施設ごとに別個で稼働させるのが良いのかもしれないけれど、その間に派閥という名の溝が出来そうで怖いんだよなぁ。

同じ医者同士でも、外科と内科の仲が悪いなんて話もよく聞く。それが医者と研究者と教師という別の職種の人達が、ちゃんとお互いを尊重し合って連携出来るのか。悩みは尽きない。

でも動かさなきゃ、何が問題なのかも分からないままだ。

「それでも、始める価値があると私は思っている」

そして問題を解決して、滞りなく動くように手を尽くすのが私の仕事。

一生かかっても終わらないかもしれないけど、そうしたら子供か孫に託そう。

私が言い切ると、テオは目を細める。眩しいものを見るような眼差しを向けられ、少し落ち着かない。

暫く口を噤んでいたテオは、テーブルの上で組んだ自分の手の辺りに視線を落とす。

酷く真剣な顔で考え込んでいた彼は、やがて顔を上げる。

「そこで、オレがお手伝い出来る事はありますか?」

「……え?」

思いも寄らない言葉を聞いて、呆気にとられた声が洩れた。