軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

転生王女の覚醒。(2)

「……みっともないところを、見せてしまったな」

暫くしてから顔をあげた兄様は、ばつが悪そうに視線を逸らして呟いた。目が少し充血しているのは見ないふりで、頭を振るだけに留める。

それから、待っていてくれたテレマン先生の診察を受けた。

席を外す気配のない男性陣を、母様が一時的に追い出してくれた。

ありがとう、母様。

家族とはいえ、流石に男性に同席されるのは嫌だ。

終わるとすぐに二人とも戻ってきて、母様の隣で診察結果を聞いていた。

別におかしな光景ではないのかもしれないけれど……なんだろう。すごくシュールに見えるのは何故だ。

テレマン先生曰く、特に異常はないようなので、安静にしていたら回復するだろうとの事。

リハビリがてら、散歩などの軽い運動はしても大丈夫か聞いてみたら、まずは休息だと言われた。滋養のある食事と十分な睡眠をとって、運動はそれからだと。

一週間、ベッドから出ては駄目らしい……。しょぼん。

お大事にとの言葉を残し、テレマン先生は退室した。

しかし家族は誰も出て行こうとはしない。

薬を飲む為の水を用意したり、フルーツを取り分けたりしてくれている母様はともかく。椅子を勝手にベッドの傍へと移動して、ふんぞり返っている父様は何がしたいの。

ちなみに、何かしたいのに、何をしていいか分からずに右往左往している兄様は微笑ましいのでよしとする。完全無欠の王子様な兄様も、看病については詳しくないらしい。

母様に手渡された果物にフォークを刺し、一口齧る。

少量口に入れた果実は、ナシとリンゴの中間みたいな食感だ。少し酸味が強いけれど、咀嚼する度に瑞々しい味わいが口内に広がって美味しい。

私が飲み込んだのを見計らったようなタイミングで、父様は口を開く。

「お前が倒れていた間に城内をくまなく調査をしたが、異変は見つからなかった。動物も人間も、影響を受けた様子はない」

「そうですか」

良かった、と小さく呟く。

思い出すのは、ぼんやりとした夢の中の記憶。霞がかった景色のように、ところどころ曖昧になっているけれど、残っている部分はある。

泣いていたあの子達はきっと、もう誰も傷付けたくないはず。

「報告を受けた通り、魔王は消滅したと判断した」

父様は、そこで言葉を一度切る。

酷薄な印象を与える薄青の瞳が、ひたと私を見据えた。

「大儀であった」

「……!?」

一瞬、ぽかんと呆気にとられてしまった。あまりにも予想外だった為に、すぐに反応出来ない。驚きに固まった私と同じく、母様と兄様も動きを止めている。

おかしな息の止め方をしてしまったようで、一拍置いて変な咳が出た。

ケホケホと咳き込む音に我に返った母様は、慌てて私の背を擦ってくれる。兄様も母様とは反対側の枕元へと立ち、不安定になっていたお皿とフォークを受け取って、横に避けるなどのフォローをしてくれている。

「変な事を仰って、驚かせるのはお止めください! この子はまだ病み上がりなのですから!」

私の背を擦りながら、母様は父様を睨み付けた。

「変な事とはなんだ。誉めただけだろう」

父様の表情にさほどの変化はないが、少しムッとしているように見える。

ふてぶてしいのは相変わらずだが、少し顰められた眉が心外だと訴えていた。

「普段のご自分の言動を思い出してみては如何? 貴方が普通に誉める事自体が変な事なのです」

憤慨する母様に同調するように、兄様も頷いている。

「何かの罠かと勘繰りたくなりますよ」

「それに誉めるならもっと、相応しい表情と言葉があるでしょう。そんな態度で言われても、素直に受け取れるはずありませんわ」

「…………」

二人がかりで責められたが、父様に響いた様子はない。

無言で何かを考える素振りを見せた父様は、ふむ、と軽く首を傾げる。立ち上がった彼は、私の傍へと寄ってきた。

思わず身構えた私の頭に、大きな手が置かれる。

「ぅえっ!?」

わしわしと、遠慮のない力で髪をかき混ぜられた。

突然、頭を撫でられて目を白黒させる私を、父様は面白がるように眺めている。そして、満足そうに目を細めた。

普段はぴくりとも動かない口角が、僅かに弧を描く。

「よくやった」

「…………」

今度こそ、呼吸が止まった。

さっきも十分驚いたけれど、一応耐性があった。前にも一度だけ、誉められた事があったから。

でも、こんなのは想定外。

普通に父親が子供を誉めるみたいなの、驚くなと言う方が無理だろう。

しん、と沈黙が落ちる。

室内に人間が四人もいるというのに、誰も言葉を発しないという異様な時間が十数秒過ぎた。

「……明日は槍が降るな」

兄様が蒼い顔で独り言を洩らす。

弾かれたように顔をあげた母様は、私の頭に載った父様の手を、無言でぺいっと退かした。

「大丈夫よ、ローゼ。雪でも槍でも天変地異でも、母様が貴方を守るわ」

鳥の巣みたいになってしまった私の髪を手櫛で整える母様は、慈愛の籠った笑みを浮かべる。

「相応しい表情と言葉を選べと言ったのは、お前だろう」

「怖いものを見てしまったわね。薬を飲んで、少しお休みなさい」

父様の抗議を黙殺した母様は、私の頭を宥めるように撫でる。

酷いと思うよりも先に、分かると思ってしまった。父様の笑顔とか、見慣れてなさすぎて刺激が強い。見てはいけないものを見てしまった感さえある。

家族三人に散々な扱いをされても、父様は相変わらずのマイペースだった。

再び椅子に腰かけ、疲れたと言いたげな溜息を吐く。疲れたのは寧ろ、私達の方なんですが。

それから話の続きへと戻ったのだが、功労者として花音ちゃんとレオンハルト様、そして私と魔導師の皆に、褒美をくれるらしい。

「花音ちゃ……花音様には、何を?」

とても頑張ってくれた花音ちゃんには、私からもぜひ何か送りたい。でも、桃太郎みたいに金銀財宝用意したところで、地球に持って帰れるのだろうか。

あちらの世界からすると異物扱いになって、帰還を邪魔してしまったらと考えると迂闊な行動は出来ないからね。

私の言いたい事を理解したのか、父様は「客人の望みは物ではない」と言った。

「詳しい内容は本人に聞くといい。十日後には帰る予定だから、それまでに体を治せ」

「えっ!?」

花音ちゃんが近々帰らなければならないのは分かっていたのに、父様の言葉にショックを受けた。

十日後と具体的な数字を示されて動揺する。

「ズレなく帰す為には、一日でも早い方がいいからな」

「……そう、ですよね」

花音ちゃんの為を思えば、それが最善。でも寂しいし、哀しい。

項垂れた私の頭を、母様が撫でる。

「それから、お前とレオンハルトの褒美だが、私からは何もしない」

「え」

「どうせ同じ望みだろう。なんでも許可してやるから、さっさと話し合え」

父様は、ふんと鼻を鳴らす。

なんとも雑というか、投げやりな言葉だが、不満を持つ余裕さえなかった。

私とレオンハルト様の願いが同じもの……本当に?

期待と不安がせめぎ合う。素直に喜ぶ自分と、逃げ腰になって予防線を張る自分が同居している。

「後で寄越すから、それまでに支度を済ませておけ」

尊大に言い放つ父様に、私は上の空で頷いた。