軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

転生王女の覚醒。

瞼越しに感じた光に、揺蕩っていた意識が浮上する。

ぱかりと目を開けると、ぼやけた景色が映る。定まらなかった焦点は、瞬きを数度繰り返すうちに落ち着いた。

私の現在地は、自室のベッドの上。室内は明るく、今が昼間である事が察せられた。

凄く長い夢を見ていた気がする。

「……っ」

体を起こそうとして、痛みに呻いた。

なんだこれ。体中が滅茶苦茶痛いんですけど。

足が痛いとか手が痛いとか、場所を特定するのも難しいレベルで、満遍なく痛い。えっ、本当なにこれ。痛い。

前世で初めてスノボにチャレンジした翌日の痛みを、何倍にもした感じ。

……ということはこれ、もしや筋肉痛?

「いたた……」

「っ!」

涙目になりながら呻いていると、誰かが息を呑む気配がする。見ると、ベッド脇にいた女性が、椅子を蹴倒す勢いで立ち上がるところだった。

「ローゼッ! 目が覚めたのね!?」

母様は、覆いかぶさるように私を覗き込む。

突然の事に反応できなかった私は、目を丸くして固まった。

「良かった……。あ、侍医を呼ばなくてはね! それに薬と水桶と、あとは……」

強張っていた顔を緩めた後、母様は身を起こす。侍女を呼んで慌ただしく色々と手配をしていた。

戻ってきた母様は、用意してあったグラスに水を注いでから、私に向き直る。

「喉が渇いているでしょう。手伝うから、体を起こせる?」

頷いた私は、母様の手を借りて半身を起こす。背中にクッションを挟んで凭れかかるだけの簡単な動作さえ酷く疲れる。

グラスを受け取ろうとしたけれど、危なっかしいと判断されたようで、母様に介助されながら水を飲んだ。

喉、食道と水が伝い落ちていくのが分かる。何度かに分けて水分補給をして、はふ、と息を零す。

もう少し飲むかと問う母様に、頭を振った。

「なにか食べたいものはある?」

次の問いにも、少し考えてから首を横に振ると母様は眉を下げた。

「無理にでも、少しは食べてちょうだい。貴方、丸三日なにも食べていないんだから」

「三日!?」

三日も私、眠っていたの?

驚きに目を丸くすると、母様は苦い顔で頷く。

「どれだけ心配したと思っているの。もうこれ以上、寿命を縮められるのは御免だわ」

溜息を吐く母様の顔は、よく見ると青白い。

目の下にもうっすらと隈があるので、たぶんろくに眠れていないんだろう。

「……ごめんなさい」

小さな声で謝罪すると、母様の表情が緩む。

「果物を用意させるから、侍医の診察が終わったら食べなさい。薬はその後ね」

そんな会話をしていると、扉が鳴った。

「丁度、来たようね」

母様が入室を促す返事をすると、扉が開く。

すると現れたのは、侍医でも侍女でもなかった。癖のないプラチナブロンドと薄い青の瞳、端整な顔がそっくりな二人の男性。

「邪魔をするぞ」

相変わらずの無表情で言った父様の隣で、兄様は穴が空くほどに私を凝視している。

渋面を作った母様はつかつかと足音を立てながら戸口へと近づいた。

「邪魔だと理解されているのなら、出直してくださいませ」

居丈高に言い放って、躊躇なく二人を締め出す。

ふん、と鼻を鳴らしてから母様は、くるりと私を振り返った。反射的にビクリと肩を揺らす私に、にっこりと綺麗な笑顔を向ける。

「侍医でも薬でもなかったわ」

う、うん。見えてたよ。貴方の旦那様と義理の息子さんだったよね。

心の中で答えつつも、母様の迫力に気圧されて言葉には出来なかった。

「いくら身内とはいえ、支度の出来ていない淑女の寝室に入るなんて。あの方は配慮や気遣いというものが出来ないのね」

「はぁ」

それはそう。

父様の辞書がいくら更新されても、その二つの単語は永久に追加されないだろう。

母様がぶつぶつと愚痴を零していると、再度、扉が鳴った。

母様は眉間に皺を刻みつつ、扉を眺める。返事をするのではなく、近づいてノブに手を掛ける。

ゆっくりと開けると、しゅんと萎れた兄様が立っている。彼の手には、薬らしき包みと、切り分けたフルーツが載ったお盆があった。

たぶん、侍女に無理を言って運搬役を買って出たんだと思う。

「…………」

「…………」

母様と兄様は互いに無言のまま、十数秒が経過した。

母様は大きな溜息を吐き出すと、立ちふさがっていた場所から脇に避ける。兄様はぱっと顔を上げた。

「入っても良いのですか?」

「……頼んでいた薬が届いたのですから、仕方ありませんわ」

不機嫌そうな顔ながらも、そう言って兄様を招き入れる。

そうして今度こそ扉を閉めようとしたら、別の影が戸口に立つ。

侍医であるテレマン先生……と、彼の背後に立つ父様だった。

「……陛下」

「侍医を届けたのだから、私も入る権利があるな」

真顔で言うセリフではない。

睨み付ける母様の横を、ふてぶてしい顔で父様は通り抜ける。間に挟まれたテレマン先生が気の毒だが、彼は微苦笑しているだけだった。流石、年の功。こんな父様と母様を見ても動揺しないのは凄いと思う。

「ローゼ」

傍へと駆け寄って来た兄様は持っていたお盆を、らしくもなく乱雑にテーブルに置く。身を乗り出すように、私を覗き込んだ。

「気分は? どこか痛いところはないか?」

そう問いかける兄様の方が、ずっと痛そうな顔をしている。目の下の隈は濃く、顔色は母様以上に悪い。私よりもよっぽど病人のようだ。

全身が筋肉痛だけれど、それ以外の不調はない。「大丈夫」と答えるが、兄様の表情は晴れなかった。

「心配をおかけしました」

「いや。お前が無事でいてくれただけで私は……」

兄様は笑顔を浮かべようとして、失敗したみたいな顔で言葉を詰まらせる。俯いた彼は、私の手を取る。私の手を両側から握りこんだ大きな手は、小さく震えていた。

どれだけ、心配をかけてしまったんだろう。

何度も倒れて、何度も寝込んで。

私が危険に晒される度に、兄様はどんな思いでいたのか。

兄様は立場上、感情のままに動く事は許されない。表面上は冷徹な王太子の仮面を被っていても、優しく心配性な兄様が、何も思わない筈はなかったのに。

「兄様……ごめんなさい」

手を伸ばして目元の隈を指の腹で撫でると、兄様の顔がくしゃりと歪んだ。

額を兄様の肩口に押し付ける形で、抱き締められる。

私が生きている事を確かめるように腕の中に閉じ込めたまま、何も言わなくなってしまった兄様の背を、黙って擦り続けた。