軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

転生王女の恋話。

薄っすらとした光を感じて、重い目蓋を押し上げる。

カーテンの隙間から差し込む光で、室内は薄明るく照らされていた。どうやら朝が来てしまったらしい。

寝台から体を起こす。

全身が満遍なく怠く、頭は鈍い痛みを訴える。すっきりと晴れ渡る空とは真逆の、もやもやとするような不調。その原因は、考えるまでもなく心当たりがあった。

「……眠れなかった」

呟く声も、微妙に掠れている。

たぶん顔も酷い事になっているに違いない。ムニムニと表情筋を両手で揉み解しながら、目を伏せた。

眠ろうと目を閉じる度に、レオンハルト様の声や表情を思い出してしまう。

『目の前の誰かを見殺しにする選択が、貴方にないのは分かっているのに。オレは、そうしてくれと願ってしまう。貴方が傷付くくらいなら、全部見ないふりをしてくれと』

苦しそうな表情と声に、胸を抉られるようだ。

私は一体、どれほどレオンハルト様を傷付けてしまったんだろう。

無茶ばっかりする私を部屋に閉じ込めるのではなく、心配しながらも自由でいさせてくれた。私の大切な人達ごと、守ろうとしてくれたのに。

そんな優しい人に、あんな言葉言わせてはいけなかった。

それに、私の罪はそれだけじゃない。

もっと最悪な事に、私はそれを……嬉しいと感じてしまった。

『貴方が臥せっている間、生きた心地がしなかった』

低く掠れた声が、頭の中で再生される。

苦い心情を吐き出すレオンハルト様は、酷く苦しそうだったのに。私の耳には、まるで情熱的な愛の告白のように聞こえてしまった。

王女としての私は自分の軽率な行動を恥じているのに、少女の私は身勝手にも、レオンハルト様の言葉を喜んだ。

私がいなくなる事を怖いと感じてくれているのかと、歓喜してしまった。

立てた膝を抱えるようにして、頭を埋める。

ぐりぐりと頭を擦りつけても、罪悪感は消えるどころか増えるだけだった。

どれくらい、そうしていただろう。

部屋の扉が控えめに鳴った。

ノロノロと顔を上げると、室内は随分明るくなっている。かなり長い間、自己嫌悪に浸っていたらしい。

小さな声で返事をすると、扉が開く。

「おはよう、ローゼ」

現れたのは母様だった。

私の姿を見つけると、凛と咲く薔薇のように美しい 顔(かんばせ) を綻ばせる。

「体調は……」

寝台へ近付いてきた母様は、言葉と共に、一度足を止めた。

私の顔をマジマジと眺め、形の良い眉を顰める。

早足でこちらへと来た母様は、両手で私の頬を包んだ。柔らかな親指の腹が、私の目元をそっと辿る。

「酷い隈だわ。眠れなかったの?」

「えっと……、あんまり」

隈という分かりやすい証拠があるので、白を切る事も出来ずに言葉を濁す。

視線を泳がせる私をどう思ったのか、母様はハッと息を呑む。

「もしかして……具合が悪いのね?」

「……へ?」

「まだ体調が万全じゃないのよ! 侍医を呼ばせるから、大人しくしていなさい」

「ま、待って、待って、母様!」

予想外の言葉に呆けていた私だったが、真剣な顔で言い聞かせた後に部屋を飛び出そうとする母様を見て我に返る。

必死になって手を伸ばし、なんとか袖口を掴んだ。勢いで寝台から落ちそうになるのを、既の所で耐える。

母様はそんな私の体を支えつつも、今にも扉へと向かいそうだ。

「体調は悪くないわ!」

「嘘おっしゃい! そんな顔色で隈まで作って」

「ちょっと考え事をしていて、眠れなかっただけなの!」

「……考え事?」

母様は小首を傾げる。

艶やかな美女なのに、幼い子供のような愛らしい仕草も似合うのだから驚きだ。

「なにか悩んでいるの?」

母様の問いかけに逡巡した後、コクリと頷く。

すると母様は目を丸くする。頬を紅く染めて、視線をウロウロと彷徨わせた。

「母様?」

「……悩み事は、一人で抱え込んでいるより誰かに話した方がすっきりすると聞いたわ」

私から微妙に視線を逸したまま、母様は小さな声で言う。

「…………その、貴方が、嫌でなければなんだけど……」

迷いながら続けた言葉は途切れたけれど、先に続く内容は想像出来た。

自信なさそうな提案をするのに、どれだけ勇気を振り絞ってくれたんだろうと考えるだけで、心がほっこりと暖かくなる。

「母様、少しだけ話を聞いてもらえませんか?」

「! ……もちろん良いわ!」

母様は嬉しそうに破顔する。

満面の笑みを浮かべる美女を眺め、こんなにも可愛い人だったんだなあって、心の中でしみじみ呟いた。

支度をして朝食を摂った後、母様の部屋でお茶をする事になった。

人がいては話し辛いだろうと母様が人払いをしてくれたので、お茶は私が淹れた。美味しいと目を輝かせた母様は少女のように愛らしい。

暫し紅茶の味を堪能していた母様は、カップを置いてから私を見た。

「それで、何を悩んでいるの?」

一見、優雅な貴婦人のように落ち着いた様子だが、興味津々と言わんばかりに目が輝いている。

私に悩み事があるというのが嬉しいのではなく、相談に乗れるという事を喜んでいるのだと分かっているから嫌な気持ちには全くならなかった。

話すと決めたけれど、何処から話したらいいものか。

少し迷ってから、ゆっくり口を開いた。

「……母様もご存知かもしれませんが、私には……その、好きなひとが、いるでしょう?」

「えっ」

「えっ」

母様の驚きの声に、私は反応する。

まさか冒頭の冒頭、前フリ段階で躓くとは思ってもみなかった。

私の恋は各方面にだだ漏れだと思っていたが、凄い顔で固まっている母様を見るに、そうでもなかったらしい。

「す、好きな人……? それは、お友達とか、そういうのではなく? 好ましい男性がいる、と?」

改めて言葉にされると恥ずかしくて、俯きながら小さく頷く。

すると母様はショックを受けたように青褪めて、 蹌踉(よろ) めく。

「どこの馬のほ……ではなく、何処のどなたかしら?」

ゴホンと咳払いしてから、母様は私にずいと顔を寄せた。

室内には二人だけとはいえ、大きな声で言うのは恥ずかしい。口元に手をあて、母様の耳元で密やかに告げる。

「近衛騎士団長の、レオンハルト様です……」

間近にあった吊り上がり気味の綺麗な目が、際限まで見開かれた。

「……近衛騎士のって……あの、オルセイン騎士団長?」

小さな声で問われて、「はい」と答える。

母様の戸惑いも当然かもしれない。

三十代半ばの母様の方が、私よりもレオンハルト様の年に近いのだから。

「驚きました?」

苦笑して言うと、母様は躊躇ってから頷いた。

そして少し考える素振りを見せた後、納得したようにもう一度頷く。

「軽薄で軟弱な貴族のお坊ちゃまが、私の可愛い娘を誑かしたのかと焦ったけれど、違うようね。彼なら頼りになるし、誠実に貴方一人を愛し抜いてくれるでしょう」

「い、いえいえ、まだ私の片思いのようなもので」

口籠りながら否定するけれど、がっつり私の希望的観測が出てしまっている。

『のようなもの』って何だ。

大切だって言われたからって、早速図に乗っている事が恥ずかしい。

「あら、大丈夫よ。貴方に好かれて、好きにならない男なんてこの世にいないわ」

母様ってば親馬鹿。残念ながら世の大半の男性は、私に興味がないと思いますよ。

「それで、彼がどうしたの? まさか振られた訳ではないでしょう?」

振られてはいない。寧ろ……。

「……大切だって、言われました」

吐息を零すように呟くと、母様は「あら」と少し頬を染めた。

「私が臥せっていた時、生きた心地がしなかったって」

「情熱的ね」

「それと同時に、怒られました。なんで自分の命を粗末にするんだって……すごく、凄く苦しそうな顔で」

俯いた視界に、握りしめた自分の手が映る。ぎゅうっと込めた力のせいで、スカートには皺が寄っていた。ぐちゃぐちゃなソレは、今の自分の心みたいだった。

「私が無茶をした事で、たくさん傷付けてしまいました。……それなのに私は、喜んでしまったんです」

怒ってほしかった訳じゃない。苦しめたかった訳じゃない。

それは確かな筈なのに、心の隅っこの方で、喜んでいたのも事実。

私の為に怒ってくれる。私の事で苦しんでくれる。

私に心を動かされてくれるレオンハルト様が愛しいと、歓喜している自分がいた。

「あんな優しい人をたくさん苦しめておきながら、『私がいなくなったら、傷付いてくれるんだ』って……一瞬でもそう思った。酷い女です、私は」

醜い心の内を吐露すると、気持ちは軽くなるどころか重さを増した気がする。

自分の汚さに向き合うのは、とても怖い。それでも、コレを見ないフリして隠したまま、次には進めないとそう思った。

少しの沈黙。

母様がそっと吐息を零した。顔をあげると、酷く優しい眼差しとかち合う。目を丸くする私を見て、母様は眦を緩めた。

「……母様?」

「もっと淡い初恋のようなものだと思った。でも違う。私が傍にいない間に貴方はちゃんと大人になって、良い恋をしているのね」

母様は少しだけ寂しそうに、目を細める。

「ねぇ、ローゼ。恋は綺麗なだけのものではないわ。狡くもなるし、身勝手にもなる。傷付け合う事も沢山あるでしょう」

実感の籠もった言葉は、母様自身にも覚えのある感情だからだろうか。

「それでも傍にいたいと願うなら、話し合うしかないわ。答えはお互いの中にしかないんだもの」

そうだ。

一人でウジウジしていても、答えなんて見つかりっこない。

レオンハルト様が私の狡さを許してくれるのかは、彼だけが決められる事だ。

怖くても、ちゃんとレオンハルト様と話そう。そして、気持ちをちゃんと伝えなきゃ。

「母様、ありがとうございます」

「娘の恋愛相談を聞けて嬉しかったわ」

お礼を言うと、母様は手を伸ばして私の頭を撫でる。

女神みたいに慈愛の籠もった眼差しが、ふと寂しげに陰る。

「……あんまり早く、お嫁に行かないでね?」

少し間をあけてから、眉を下げて拗ねたように呟いた。

「気が早いですよ」と返しながらも、私は嬉しくて微笑んだ。