軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

転生王女の吃驚。(2)

よくやった?

混乱した頭で言葉を繰り返す。

母国語であるはずなのに、遠い異国の言葉のようにさえ感じた。意味が分かるけれど分からない。

「精鋭部隊でも難しいであろう大任を、よくぞ果たした。大儀であった」

まさか労われるなんて思ってもみなかった。

だからか、喜びよりも戸惑いの方が大きい。

ウロウロと視線を彷徨わせる私をどう思ったのか、父様はため息をつく。

「誉めているのだから、素直に受け取れ」

「……今までの言動を振り返ってから仰ってください」

つい憎まれ口を叩いてしまう。

だって、誉められた事なんて一度もなかった。父様が私に向かって言うのは、馬鹿娘とか猪とか、悪口ばっかりだ。

自覚はあるので的外れとは言わないけれど、私が捻くれた責任の一端は父様にもあると思う。

急に誉められても、どんな反応をしていいのか分からない。

「ならお前は今までの行動を振り返ってから言え」

私の可愛らしい憎まれ口は、的確にブーメランで返ってきた。

ぐうの音も出ないとはこの事だ。

「お前が疑い深く、落ち着きのある性格だったのなら、わざわざ嫌味など言わん。警戒心が薄く、前しか見ずに突き進む阿呆だから襟首を掴んでやっていただけだ」

物理的に襟首を掴まれた過去を思い出すが、そうではなく比喩だろう。

猪突猛進な私のストッパーになってやったんだから感謝しろと、そういう事か。

「今回はよくやったと思ったから、そう言っただけだ。他意はない」

考えなしだから叱って、頑張ったから誉める。

そんなの、普通の父親みたいじゃないか。

「……お褒めに預かり光栄の極みデス」

つん、とそっぽを向いて言う。

可愛くないのは分かっているが、今更、普通の親子みたいなやり取りしろって言われても無理だ。

父様はそんな私を一瞥し、小箱を手元に引き寄せた。

「顔が赤いぞ」

「!!」

咄嗟に頬を押さえてから、しまったと思った。

指摘されて慌てふためくなんて、喜んでいるみたいで悔しい。

別に喜んでないと言い返したかったけど、墓穴を掘るだけなので歯噛みする。

ツンデレみたいな返ししてたまるか!!

一人であたふたする私を放置して、父様は石を眺めた後、小箱の蓋を閉じる。どうやら持って帰ってくれるらしい。

「それで褒美は何がいい。道中で拾ってきた犬だけではなかろう?」

「……犬?」

犬ってもしかして、ラーテの事か?

「雇ってもいいんですか?」

「ラプターが動き出した今、手駒は一つでも多い方がいい」

ラーテが口封じしたとはいえ、間者が全員戻らなければラプターもなにかしらの手を打ってくるはず。

魔王の封印された石がネーベルの手に渡ったと推測し、刺客を送り込んでくる可能性も高い。そう父様も、考えているのだろう。

「お前が拾ってきた犬は、実力もある上に、有益な情報を手土産に持ってきたのだ。申し分ない。一旦は私の方で預かる形になるが、構わないか?」

「!? ……はい。宜しくお願いいたします」

驚きに声が裏返りそうになった。

ラーテを私一人の護衛にしておくのは勿体ないと思っていたので、父様の申し出自体は寧ろ有り難いくらいだけれど、驚いたのはそこじゃない。

父様が私に許可を求めるなんて、明日はきっと槍が降る。

傲岸不遜を人の形に固めたようなあの父様が。話す言葉が全て命令形な、生まれながらの王様であるあの父様が。

私を誉めたり、許可を求めたりするなんてあり得ない。

この父様、偽物なのでは?

もしくは既に、魔王に乗っ取られているなんて事はないよね?

「また何かくだらぬ事を考えているな」

父様は再び、呆れたように溜息を吐き出す。

どうやら私の心の声は、ばっちり顔に出ているらしい。

「お前は、私が認めるような功績を持ち帰った。だから、一人前の人間として扱っている訳だが、不満か」

「……一人前」

ぽつりと独り言みたいに呟いた言葉が一拍遅れで、じんわりと胸を温めていく。押さえた胸はとくとくと早鐘を打つが、嫌な感じではない。寧ろ……。

父様に認められる事は、別に重要ではないと思っていた。

失望されても構わないと本気で思っていたのに。心の声よりも早く反応をする心臓の方が、よほど正直だった。

認めたくはないが……どうやら私は、嬉しいらしい。

気を抜くと緩みそうになる頬を押さえて、なんとか表情を取り繕おうとする。そんな私を、父様は珍獣でも見るような目で眺めていた。

「お前は王女に生まれて良かったな」

「? ……どういう意味ですか?」

「市井に生まれていたら、間違いなく碌でもない男に騙されていただろう。周囲にいるのが、お前の素直さに付け込むのではなく、庇護しようとする品行方正な男ばかりであったことを感謝した方がいい」

これ、『素直』って誉めてないよね?

お前ちょろいけど大丈夫かよって言われてるよね?

「だ、男性を見る目には自信あります……」

自信のない声になってしまったが、これだけは言いたい。

レオンハルト様を好きになった事を後悔していないし、この事に関しては、自分を誉めてあげたいとすら思っている。

しかし父様は私の言い分など興味なさげで、ふん、と鼻で笑う。

「褒美はそれか?」

「え?」

「婚約者にレオンハルトを望むのかと問うている」

虚を衝かれた私だったが、理解する前に頷きそうになった。脊髄反射かよと我が事ながらツッコミそうになる。

だって、ずっと好きだった。

ずっとずっと、彼だけしか見えなかった。

幼い頃に芽生えた恋心は、褪せるどころか日増しに積み重なっていくばかりで、今や私の心の大部分を占めている。

でも同時に、片思い期間が長すぎて、叶う未来が思い描けない。

私がレオンハルト様を好きなのは、息をするように当たり前の事だけど。

レオンハルト様が、私みたいなお子様を好きになってくれる可能性って、本当にあるの?

「は……、」

是と答えるつもりだった声が、何故か喉の奥に閊えた。

たぶんレオンハルト様は、私との婚約が決まっても嫌な顔はしない。きっと、大事にしてくれると思う。私の気持ちを知っている彼は、私を無碍にはしないだろう。

いずれ結婚したとして、同じ気持ちにはなれなくとも、互いに信頼し合う夫婦になら、なれるかもしれない。

そこまで考えて、喜びに高鳴っていた胸が、凍り付くように冷たくなっていく。

それ以上を望むのは、贅沢ってものだ。

分かっているのに、嫌だと思う。

ゆっくりと頭を振ると、父様は訝しむように片眉を軽く上げた。

「違う、と?」

今回の旅で、色んなレオンハルト様の顔を見られた。

少しだけ距離が縮まった気がしたんだ。まだ、諦めたくない。

「そこは自分で頑張りますので、政略結婚を拒否する権利だけをください」

少しでも振り向いてくれる可能性があるなら、自分で潰してしまいたくない。

権力で縛り付けるのではなく、レオンハルト様の意思で、私の傍にいて欲しい。

父様は私の言葉を聞いて、意外そうに瞬いた。

「存外、強欲だな」

本当にね。

隣にいられる立場だけでなく、心まで欲しいなんて。

「父様に似たのでしょう」

憎まれ口を叩くが、咎められはしなかった。

「好きにしろと言いたいところだが、期間は設けるぞ。王女がいつまでも独身では、いらぬ争いを生む」

父様の言い分はもっともだから、反論はしない。

「具体的に、どのくらいお時間をいただけるのでしょうか?」

「前と同じ。隣国ヴィントの王太子が成人するまでだ」

「前と同じ!? あと三ヶ月もないではありませんか!」

鬼畜すぎないか!?

ていうか手柄を立てる前と、条件がほとんど変わってないじゃん!

「せめて私の成人まで待ってください!」

食い気味に訴えると、父様は目を細めた。その、機嫌良さげに緩む目を見て、ぞわりと背筋が凍る。

嫌な予感がした。

思いっきり、罠を踏み抜いてしまったような。檻の中に自ら飛び込んでしまったかのような、そんな心地だ。

「よかろう」

しかし父様は私の予想を裏切って、鷹揚に頷く。

「い、いいんですか……?」

「もちろんだ」

拍子抜けした私が念押しすると、父様は肯定した。

どういう意図なのか、全く分からない。

「自分から期間を早めるとは、良い心がけだな」

「……娘の誕生日もお忘れですか?」

私の誕生日は年末近くだ。あと半年以上ある。

確かに延びたと言うには微妙だが、背に腹は代えられない。

胡乱な目で見つめる私を無視し、父様は箱を持って席を立つ。

そして部屋を出る前に、一度振り返った。

「言い忘れていた。ヴィント王国の第一王子が、王太子の位を第二王子に譲ったそうだ」

「……え」

第二王子ってナハト王子だよね? 彼が次代の王になる?

確か彼はまだ、十二、三歳くらいだった筈。

……ん? つまり、王太子の成人までって、あと二年近くあったって事!?

「自分の力で口説き落としたいというのなら、あと半年、せいぜい励め」

捨て台詞を吐いて、父様は部屋を出ていった。

あ、あ、あのクソ親父ぃいいいいいい!!