軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

転生王女の休憩。

翌日の朝。

鏡に映る私の目の下には、見事なクマさんがいらっしゃった。

眠ろうと思えば思うほど目が冴えてしまい、羊を数えても効果なし。結局、眠気を覚えたのは空が白み始めてからだった。めっちゃ眠い。

前日の吹雪が嘘みたいに晴れていたので、出発するつもりでいたのだが、予想以上に雪が積もっていたので、翌日に持ち越された。

正直、助かった。旅先で倒れていたら、それこそ大迷惑をかけてしまう。

朝食を終えた頃に、リーバー隊長が戻ってきたと知らせを受けた。

出迎えの為に外に出る。空は晴れ渡っていたが、吹き付ける風の冷たさは、私のぼんやりしていた頭から眠気を吹き飛ばしてくれた。

積雪は二、三十センチくらいだろうか。誰かが雪かきしてくれた幅一メートル弱の細い道が、砦の門まで続いていた。

門をくぐってすぐの辺りに、外套を纏った大柄な人影が見える。たぶん、あれがリーバー隊長だろう。馬の手綱を部下に預けているところのようだ。

彼が厚手の外套のフード部分を背に落とすと、外套に張り付いていた雪も落ちた。精悍な顔立ちが顕になったが、顔色の悪さが遠目にも分かる。表情も酷く硬い。

なんだか不安になって隣を見上げるが、レオンハルト様の表情も同じくらい硬いもので、反射的に目を逸らしてしまった。

リーバー隊長は暗い表情のまま、こちらに背を向けた。そこで初めて、彼以外に誰かいる事に気づいた。門の陰にいる人物は馬を連れているようなので、もしかしたらリーバー隊長と一緒に来た家人なのかもしれない。外套のフードを被っているので、顔は見えなかった。

その人に何かを告げた後、リーバー隊長はこちらを向き、漸く私達の存在に気づいたようだった。

近付いてきたリーバー隊長は、「おはようございます」とバツの悪そうな顔で言った。目元には、私とおそろいの隈があった。

「昨日は留守にしてしまって、申し訳ありません。何か問題は起こりませんでしたか?」

「大丈夫です。皆様、とても良くしてくださったので。それよりも、奥様の……」

私が聞いた瞬間、リーバー隊長の肩がビクリと跳ねた。

思わず私も、言葉を途中で飲み込む。背中に嫌な汗が滲んだ。

「……実は」

重い沈黙の後、リーバー隊長は口を開く。怖いくらい真剣な目を見つめ返しながら、言葉を待った。

ゴクリと唾を飲み込む。

「妻が愛しすぎて離れがたく、遅刻をしました」

「…………は?」

間抜けな声が私の口から洩れる。

それが引き金だったかのように、リーバー隊長は声をあげて笑った。

「えっ、えっ……?」

「申し訳ありません。マリー様が可愛らしかったもので、つい」

「エルンスト……」

「いや、スマン。許せ。空気が読めないのは自覚しているが悪気はなかったんだ」

ため息をつくレオンハルト様を見て、リーバー隊長は顔の前で手を合わせる。

なんだかよく分からないけれど、からかわれたという事?

狐につままれたような顔で戸惑っていると、リーバー隊長は申し訳なさそうに眉を下げる。

「お気遣いくださったのに、失礼を致しました。ですが、どうかそんなに心配なさらないでください」

ああ、気を遣われたのは私の方なのだと、やっと理解した。

私が暗い顔をしていたから、わざとあんな言い方をしたんだ。申し訳ないと思う以上に、気になった。

奥様の容態は、本当に大丈夫なの?

「慌ただしくて申し訳ありませんが、書類を渡すために家人を待たせているので、これで失礼致します」

「待ってください!」

立ち去ろうとしたリーバー隊長を、咄嗟に呼び止める。

「マリー様?」

「私の知人に、優秀な薬師がいます。近々ネーベルに越してくる予定になっておりますので、そうしたら一度、奥様にお会いする事は可能でしょうか」

私が必死に訴えると、リーバー隊長は目を瞠った。

次いで丸い榛色の瞳が、ゆっくりと細められる。彼は何度か見た快活な笑顔ではなく、静かな微笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。そのお気持ちだけで十分ですよ」

優しい拒絶に、それ以上食い下がる事は出来なかった。

去っていくリーバー隊長の背中を、レオンハルト様は黙って見つめていた。

その日の日中は、レオンハルト様は騎士達に混ざって雪かきをすると言うので、私は昨日と同じく、ヴォルター副隊長から借りた資料を読むつもりだ。

護衛にはヴォルター副隊長がついてくれるかと思ったが、留守中に書類仕事を溜めてしまったリーバー隊長が代わりを務めてくれる事になった。

静かな室内に、リーバー隊長がペンを走らせる音が響く。

私は資料を読もうとしているが、さっきから全然内容が頭に入ってこない。何度も何度も同じ箇所を読み返す始末だ。

「殿下」

「ひゃいっ!?」

溜息をそっと零した瞬間に呼ばれ、文字通り体が跳ねた。

ひっくり返った声が恥ずかしくて、両手で口を押さえる。恐る恐る顔をあげると、困り顔で笑うリーバー隊長と目が合った。

「驚かせてしまいましたか」

「……少しだけ」

なにが少しだよと、脳内でセルフツッコミする。

めっちゃビビってたやん、自分。

「少し休憩しますので、話し相手になっていただいても?」

「もちろんですが、お仕事は大丈夫ですか?」

もしかしなくとも、上の空の私を気遣ってくれているんだよね?

迷惑はかけたくないと思いながら問えば、リーバー隊長は私の心配を笑い飛ばす。

「優秀な部下が沢山いるので、少しくらいサボっても問題ありませんよ。貰い物の紅茶があるんです。小洒落た菓子はありませんが、代わりに茶飲み話として、腐れ縁の男の昔話くらいは披露出来ますよ」

そう言ってリーバー隊長は、悪戯を企む子供みたいな顔で笑う。

レオンハルト様の昔話という誘惑に、私が打ち勝てるはずもない。頭で考える前に体が頷いていた。

私が資料を片付け終わる頃に、トレーにティーセットを乗せたリーバー隊長が戻ってきた。大きくてゴツゴツした手で、彼は器用にお茶を淹れる。白磁のティーカップの六分目まで、茶褐色の液体が注がれた。

少し甘い香りがするし、色が濃いから茶葉はアッサムかな。ミルクと砂糖は必要かと聞かれたので、遠慮なく頷いた。アッサムはやっぱり、ミルクティーが一番好きだ。

「いただきます」

一口含むと、ミルクに負けない、紅茶本来の芳醇な香りが鼻に抜けた。甘さも濃さも、丁度いい。後味もすっきりしていて何もかもが好みだ。

「すごく美味しいです。紅茶淹れるの、お上手なんですね」

お世辞ではなく心から称賛すると、リーバー隊長は照れ臭そうに頭を掻く。

「情けない男だと思わないでくださいね。実は妻が好きなもので、必死に淹れ方を覚えたんです」

「なにが情けないものですか。寧ろ、素敵です」

「ありがとうございます。ちなみにレオンハルトは意外と雑なので、こういうのは苦手ですよ」

へえ、と呟いた声は、自分でも分かるくらい嬉しそうだった。

「料理が出来ない訳ではないんですが、細やかな処理や細工が苦手なのか、大味なものが出来上がります。アイツが作ったスープは、具材が異様にデカくて、味が濃かった。不味くはないんだけど美味くもないので、感想に困るんですよ。いいとこの坊っちゃんのくせに、飯なんて食えればいいだろって平気で言うんです」

男飯! って感じだろうか。

それを可愛いと感じてしまうのは、私の感性が特殊なのかな。

「家柄も良くて、能力も高い。おまけに男前とくればモテないはずもなく、同年代の女の子の関心は全部アイツが掻っ攫っていましたが、それでも同性にも好かれていたのは、そういう気取らない部分のお陰でしょうかね」

私も同年代に生まれていたら、確実にレオンハルト様ファンクラブの一員だった。今も似たようなモンだけど。

「やっぱり、昔から女性に人気だったんですね」

「そうですね。ただ、当時のアイツは……あー」

リーバー隊長は途中で言い淀む。たぶん私に聞かせていい話題ではないと思ったんだろう。

「『若い頃は割と碌でもない男でしたよ』」

「!?」

「そう本人が教えてくださいました」

ギョッと目を剥くリーバー隊長に、私は笑って付け加えた。

するとリーバー隊長は驚きさめやらぬ様子で、パチパチと瞬く。その後、氷が溶けるみたいにゆっくりと眦を緩めた。

「アイツは貴方にそんな話までするんですね」

嬉しげな顔でリーバー隊長は呟く。感慨深げな声だった。

どういう意味かと問いたかったが、慈愛の籠もった笑みは一瞬で消えて、悪戯小僧みたいな笑顔に取って代わってしまう。

「なら遠慮なく暴露させてもらいましょう。確かにアイツは女性達にとって、良き恋人ではなかった。浮気するとか、暴力を振るうなんて事はもちろんない。優しい上に気が利くし、付き合い始めた頃の彼女達は世界で一番幸せだって顔で笑ってました。でも、女性は聡いから、そのうち気付くんです。熱量が全く違うってことに」

リーバー隊長の話を聞いていると、レオンハルト様の婚約者の話を思い出す。

レオンハルト様を愛していたけれど、気持ちに大きな開きがあって苦しいと、結局は離れてしまった人の事を。

「アイツの恋愛には重さってものが全くないんです。執着とか嫉妬とか、恋愛にはつきもののドロドロした感情が一切ない。だから女性が気持ちを試そうと別れを切り出せば、アッサリと手を離してしまう。オレに言わせれば、そんなもんは恋でも愛でもない。三十路になろうって男が初恋もまだとか、笑い話を通り越して怪談だ」

酷い言われようだ。

でもリーバー隊長の表情からは、嘲りや蔑みなどの悪い感情は一切窺えない。榛色の瞳は、口調とは裏腹に心配そうですらあった。

「レオンハルト・フォン・オルセインという奴は、そういう面倒臭い男です。それでもアイツが良いのですか?」

「っ!?」

思わず吹き出しそうになったが、すんでの所で耐えた。

私の気持ちはバレているかも、とは思っていたが、想像以上に筒抜けだったらしい。

咳払いで誤魔化しながら顔を上げると、リーバー隊長は苦笑していた。

「貴方は若く美しい上に、とても聡明な方だ。気立ても良い。微笑みを向けるだけで、貴方の愛を乞う男の行列が出来るでしょう。その中には身分も相応で、優しく、才気溢れる男だってきっといる。わざわざあんな事故物件に拘らない方が、きっと幸せになれます」

リーバー隊長の表情を見ると、止めておけという忠告というより、それでも良いのかと覚悟を問われている気がした。

覚悟っていっても、そもそも私達は恋人でもなんでもないんだけどね。私の一方的な片思いであって、成就の確率は未だ低い。

でも、そんなのは今更だ。

「前提が違います」

「え?」

「愛してくれる旦那様が欲しいのではありません。愛している方のお嫁さんになりたいんです」

レオンハルト様でなければ意味がないのだと、言外に告げる。

するとリーバー隊長は呆気にとられたように、口を半開きにして固まった。まんまるだった目が通常の大きさに戻るにつれ、口元が緩む。彼は額に手をあてて、「参った」と呟き、喉を鳴らして笑う。

「貴方はいい女だ」

妻と出会っていなければ惚れていたかもしれないくらい、とリーバー隊長は片目を瞑ってみせた。

リーバー隊長の方こそ、友達思いのいい男だと思う。

彼と奥様のために、なにか出来ればいい。力になれることがあれば良いのに。