作品タイトル不明
転生王女の考査。
結局、魔王に繋がるような手がかりは何も見つからなかった。
神殿の周辺を探しても、工事関係者に話を聞いても、めぼしい情報は得られず、空振りの連続。
とぼとぼと肩を落としながら砦へと戻り、明日からまた頑張ろうと気持ちを切り替えた、翌日。
地響きのような重々しい風の音と共に吹き付ける雪を眺めながら、私は呆然と立ち尽くしていた。
本日の天候、まさかの吹雪。北に位置するこの地方でも、時期的に珍しいとの事。
神様、私なにかしましたか?
「言うまでもない事かもしれませんが、本日は外出禁止です」
窓際に佇む私の隣に立ち、事務的な口調でそう言ったのは、イザーク・ヴォルター副隊長だ。
ガラスに映り込む彼は、能面の如き無表情。にも関わらず、面倒をかけるんじゃねえぞと言われている心地になった。
大丈夫です。
無謀さには定評のある私でも、吹雪の中を出かける勇気はございません。
「はい。今日は大人しく過ごすつもりです」
「ならば、結構です」
視線を窓の外から私へと移し、ヴォルター副隊長は端的に告げた。
「隊長は明日まで戻りません。御用がございましたら、私にお申し付けください」
「隊長様は、いらっしゃらないんですか」
「奥様の体調が優れないそうです」
「えっ!?」
弾かれたように顔をあげると、ヴォルター副隊長は軽く目を瞠った。
逡巡するみたいに視線が逸らされた後、目を伏せた彼は溜息を一つ吐き出す。
「天候が荒れる時は体調を崩しやすいと、以前にお聞きした事があります。いつもの事ですので、あまり心配なさらないでくださいと、言伝を預かっております」
「そう……ですか」
確かに天気が悪い日って、体調を崩す人が多いけれど。気圧の関係か、前世の私もよく頭痛に悩まされていた。
大丈夫かな……心配だ。体の弱い方に、この寒さは堪えるだろう。
魔王の件が落ち着いたら、一度、ヴォルフさんに見て貰えないか聞いてみようかな。病気を患っているのではなく、生まれつき体が弱いようなので、もしかしたら薬師の出番ではないと言われるかもしれないけれど。相談するだけしてみよう。
「落ち着いたら、お見舞いに伺えないか聞いてみましょう」
悩む私を見かねてか、レオンハルト様はそう提案してくれた。
頷くと、彼は自然な流れで私の頭を撫でようとして、止まった。たぶん兄妹の振りの名残だろう。今は兄ではないと理解した彼は、照れ笑いを浮かべて、やり場のない手をひらひらと振った。かわいい、とうとい、むり。私の語彙が死んだ。
「砦内に留まっていただければ、あとは自由にしていてくださって結構です。私は執務室におりますので、何かあったらお呼びください」
私達の遣り取りをスッパリ無視して、ヴォルター副隊長は話を進める。
好きに過ごせと言われても、皆がお仕事している時にウロウロするのもなんだし。大人しく読書でもしていようかな。もしくは……。
「なにかお手伝い出来ることがあれば……」
「結構です」
控えめに手を挙げての発言は、秒で却下された。
デスヨネー。知ってた。
乾いた笑いを洩らす私を気にした風もなく、ヴォルター副隊長は何かに思い当たったような表情でレオンハルト様を見た。
「オルセイン団長。もしお手すきでしたら、部下の鍛錬を見てやってはいただけませんか。貴方に憧れている若い連中が、ここ数日、浮ついていて困っております。厳しく指導し、現実を教えてやっていただきたい」
「それは構わないが」
レオンハルト様は少し困ったみたいに眉を下げて、私を見た。彼は私の護衛として来ているから、私を放置する事が出来ないと思っているんだろう。
そこで私は考えた。レオンハルト様が任務を遂行出来る上に、私の欲望を満たせる素晴らしいプランを。
「私も見学したいです」
「いけません」
私の発言は、再び秒で却下された。解せぬ。
レオンハルト様は眉間に皺を寄せて、ノーと言い切る。
「刃を潰した模擬戦用の剣であっても、ぶつかれば軽傷では済みません。危険だ」
レオンハルト様の格好良い姿が見られるチャンスを、逃したくない。でも粘ったところで過保護な彼が、是と頷く可能性は低いと理解もしていた。
「オルセイン団長が席を外されている間は、私が殿下の傍におります」
「……ヴォルター様が?」
ヴォルター副隊長が私のお守り役を買って出るとは思っても見なかったので、唖然としてしまった。
「ただ私にも自分の仕事がございますので、殿下には私の執務室で過ごしていただく事になりますが、宜しいでしょうか」
「もちろんです」
そんな遣り取りがあり、レオンハルト様は屋内の鍛錬場へ。私はヴォルター副隊長と共に執務室へと向かった。
ヴォルター副隊長の執務室は、几帳面そうな印象を裏切らず、綺麗に整頓されていた。室内は物が少なく、本棚と執務机、それと応接セットくらいしか置いていない。だが不思議と、無機質だとは感じなかった。
「自由にしていてください。本棚の本は、どれも好きに読んでくださって構いません」
ヴォルター副隊長は、所在なく佇む私を一瞥した後、執務机に積み上がった書類を手にとった。その後、こちらに意識を向ける事なく、黙々とペンを走らせている。
完全に放置するつもりらしい。正直その方が、気が楽ではあるけれど。
私は本棚に近付いて、並んでいる本のタイトルを眺める。
戦術、陣形等の戦に関する専門書から、地図、歴史書、医学書など分野は多岐にわたる。但し、小説などの娯楽系の本は一冊もなさそうだ。
本の背表紙を辿るように、空間に人差し指を滑らす。ふと、気になる一冊を見つけて、手を止めた。
抜き取った物は、他の本とは毛色が違った。紙の束を厚紙で挟み、穴を開けて紐を通して綴っただけのソレは、職人の手による装丁ではなく、素人が作った物に見える。
開こうとして躊躇ったのは、日記や報告書の類だったらまずいと思ったからだ。
「本棚に入っている物は、好きに読んで良いと言いましたよ」
投げかけられたのは、私の心情を正しく読み取った上での言葉。しかし、視線をヴォルター副隊長に向けても、彼はチラリともこちらを見てはいなかった。
手元の書類に視線を落としたまま、彼は言葉を続ける。
「ネーベル北東部の民話を集めたものです。退屈しのぎになるか分かりませんが、宜しかったらどうぞ」
「民話!」
へー! それは面白そうだ。
どうせなら地図と照らし合わせながら見たいな。歴史書とも見比べてみたい。
「是非読ませていただきます」
ウキウキしながら地図と歴史書を棚から取り出していると、視線を感じた。肩越しに振り返ると、さっきまで書類から目を離さなかったヴォルター副隊長が、私を凝視している。
驚きと戸惑いが入り混じったかのような表情で見つめられ、私も困惑した。
えっ、見ていいって言ったのに何で不思議そうな顔をしているんだろう。
もしかして社交辞令だった? 京都のぶぶ漬けみたいに、言葉の裏を読むべきだったの? いやいや、知らんよ。私は読んで良いって言ったから読んだんだもん。駄目なら駄目って言ってもらわなきゃ分からんし!
自分の浅慮を棚に上げ、心の中で言い訳をする。でもバカ正直に口に出す事も出来ずに、冷や汗を流していた。
「だ、め、でした?」
恐る恐る聞くと、ヴォルター副隊長は弾かれたように我に返る。頭を振った彼は、いいえ、と呟いた。
「先程も言ったように、好きに見ていただいて構いません。……ただ少し、意外だっただけです」
「意外?」
「率直に申しますと、本当に読むとは思いませんでした。姫君が興味を示す内容だとは、欠片も思っておりませんでしたので」
ああ、なるほど。
別に読んでもいいけど、どうせ興味がないから読まないよなって意味だったのか。
「個人的には、とても興味深いです」
「……歴史書と地図は、どうされるおつもりですか?」
「民話には地域性や歴史的な背景が、教訓という形で反映されている事が多いので、見比べたら面白いかと……」
正直に答えていたが、次第に声が小さくなった。言っている途中で気付いたからだ。
この楽しみ方ってもしかして、かなりマニアックなのか? と。
でも完全な趣味って訳じゃないんだ。
ほら、魔王探しに役立つかなって思ってもいるんだ。本当だよ?
……前世は、古地図片手に街歩きしていた女子高生だったけれど。友達に枯れた趣味だって言われたけれど。そういうツアーだってあったし、私だけが特殊ではないと信じたい。
ヴォルター副隊長は、無言で席を立つ。
「少々お待ち下さい」
そう言って彼は、部屋の出口へと向かう。扉を開けて出る際に一度だけ私を振り返り、「私が戻るまで、絶対にここを離れないでください」と言い含めた。
待つこと、数分。
戻ってきたヴォルター副隊長は、両手に資料を抱えていた。ソファーの端っこに座って待っていた私の前に、どさりと紙の束が置かれる。
驚き顔で固まる私をよそに、ヴォルター副隊長は資料の束を机に並べていく。
「今、お手元にあるのは、簡易版として作成したもの。こちらが詳細に書き写したものです。ざっとですが地域別に纏めてあります。それから右端の数字ですが、同じ題材を元に派生したであろう話ごとに割り振ったものです。こちらの紙に番号と題材を明記してありますので照らし合わせてください」
一息に捲し立てられ、面食らった。
早口でありながらも、声の調子が乱れていない為か聞き取りやすいのは流石だと現実逃避気味に思う。
ヴォルター副隊長の顔をそっと窺ってみると、無表情には変わりなかったが、心なしか目が輝いている気がする。
彼は私の視線に気づいた様子もなく、四つ折りになった大きめの紙を開いた。
「この地図には、さきほどの題材ごとに割り振った数字別に、分布図を書き込んであります。細かい地形が知りたければ、こちらをご覧ください。私の手書きですので参考程度になってしまいますが、宜しければ」
「あ、ありがとうございます」
唖然としながらも礼を言って受け取ると、そこで漸く私と目が合った。はた、と我に返った様子だった。
ヴォルター副隊長は唇を引き結び、気まずげに視線を逸らす。
「……失礼を致しました」
目を丸くして見守っていた私だったが、だんだんと現状を理解してきた。
ヴォルター副隊長の反応には、覚えがあった。
あれだ。マニアックな趣味の同志を見つけた人だ。それもちょっとオタク気質なやつ。滅多に巡り会えないから、嬉しくなっちゃって自然と早口になるんだよね。あと、自分はこういうオタクですよって伝えたいがあまり、一方的に捲し立てちゃう。分かる。あと話し終わった後に我に返って、恥ずかしくて居たたまれなくなるやつ。超分かる。
「……大切に読ませていただきますね」
微笑みかけると、ヴォルター副隊長は小さく頷く。
相変わらず表情に大した変化はなかったが、少しだけ照れているように見えた。